第45話 リリvsフィレム
(三人称視点)
「はあああっ!!」
「たあっ!!」
リリとフィレム。
夕暮れの王都で二人が対峙する。
フィレムの剛剣が、リリの長耳を掠める。
ティグルとの決闘の時よりも早く、生涯最高の鋭さで放たれた横薙ぎ。
それを下からサーベルで掬い上げる事で、リリは容易く受け流した。驚異的な反応の速さ。
示し合わせたように二人が距離をとる。
初めて交わった剣を通じて、二人は互いの状態を見極めているのだ
(今の私にはわかる。リリ、本当に強くなったんだな)
お互い既に満身創痍。魔力も僅か、身体はボロボロ。
だがそれは、剣を手放す理由にはならない。
剛剣と柔剣。別々の剣技を得意としつつも、互いに【極点】に触れた者同士。
同じ領域に達した二人の強さはほぼ互角。
(――いや。私の方がやや劣る。リリの精神は既に最高潮に達している)
拮抗した実力ならば、勝敗を分けるのは精神の強さ。
【蟻の巣】を倒しきったばかりのリリは、この戦いで自分の成長を、そしてもっと高みへ翔ける事を確信している。
最高潮の彼女はフィレムを成長の糧とするために、ボロボロの状態でも勝負を挑んできたのだ。
自信と高揚に満ち溢れた今の彼女は、フィレムよりもきっと強い。
(――良いぞ。お前を超えた時、私は更なる高みに登ることができるだろう)
フィレムは獰猛に笑った。
強敵でなければ喰らい甲斐がない。好敵手をこの手で打ち倒し、乗り越えてこそが騎士だ。
「私は理想を叶える。この国と民を守る誇り高き騎士に。
その為には誰よりも強くならねばならない。全てを守る為に私は、騎士の頂点を目指す」
「リリも夢があるよ。最強の剣士になること。だから絶対負けない。フィレムを超えて、剣士の頂点に辿り着く!」
そしてリリも、考えることは同じだった。
どちらからともなく、喜悦の息が漏れた。これ以上の言葉は不要。後は剣で押し通るのみ。
「たぁっ」
鋭い掛け声と共に、今度はリリが距離を詰める。
滑空するように低空を這い、フィレムの懐へ潜りこもうとする。
至近距離ではフィレムの攻撃は大きく制限され、圧倒的不利に陥るだろう。
「点火」
対してフィレムは足元から炎を吹き出してリリを牽制しつつ、無動作で高速移動。
半円の焦げ跡を地面に残し、リリの背後から剣を振り下ろす。
リリは見向きもせずに半身になって剣を躱わす。
夕日が生み出した剣の影を頼りに、攻撃の軌道を読んだのだ。
最低限の動きでの回避。予想外の動きにフィレムの反応が一手遅れる。
(詰める)
なけなしの魔力を振り絞り、リリは魔術を発動した。
妖精族の魔術感覚をフル活用し、穴が空いた翅を補うように風の翅を生み出した。
即座に後退するフィレムとの距離を、一瞬で詰める。
炎の牽制にも怯まず突貫する。フィレムが二手、遅れる。
その遅れはもはや致命的だ。
(速い!)
(届く)
利き腕ではない左手で、リリの剣は空色の軌跡を描く。
狙いは上半身。フィレムは咄嗟に剣を盾にするが、リリはそれすら読んでいた。
不可視の風の刃が、炎を噴き出すフィレムの足を切り裂く。
サーベルはフェイク。体勢を崩したフィレムを追撃すべく、鋭く剣を斬り上げる。
寸分狂わず命中したその一撃は、腕の腱を断ち使用不能にする。
そのはずだった。
(この手応え……威力を吸収された!?)
「狙いが素直過ぎるぞ」
ティグルから盗んだ技術。力の吸収。
体勢を崩しつつも、瞬間的に脱力しクッションのように力を受け止めたのだ。
結果、皮膚と肉の一部が斬られるも、腱までは届かず。
そしてカウンターでフィレムの拳が、リリの下顎を正確に捉えた。
錐揉み回転しながら吹っ飛ぶリリ。
フィレムは追撃せず。その場で血を溢しながら息を整える。
(ぶっつけ本番で吸収を真似てみたが、受け止めたエネルギーが体内で暴れ狂っている。おかげで全身内側からズタズタだ。
ティグルはこんなイカれた技を、無動作で反動なしに使いまくっていたのか……!?)
戦慄すると同時に、目指すべき高みを自覚して笑みが溢れる。
そしてそれはリリも同じ。
回転することで威力を受け流したリリは、そのまま地面に着地して息を整える。
口元から血が溢れ出ても、鼻血が出てもお構いなしだった。
「フィレム……リリ、すっごく楽しいよ。ずっとこうして戦っていたいくらい」
「ああ……私もだ」
両者が再び剣を構える。
魔力による自然回復の促進で、二人は最低限の体力を取り戻す。
だが代償にお互いの魔力は尽きた。後は純粋な剣技での戦い。
夕日が沈み、静寂の夜が訪れる。
「だが、最後に勝つのは私だ……!」
「ううん。勝つのはリリだよ……!」
曖昧な決着など許されない。
ふらついたままの二人は、勝敗を付けるべく三度衝突した。
◆
自分の剣が砕けてしまったので、代わりにティグルは魔剣クラレントを携えて帰路についていた。
【極点:弐式】は本来成熟した肉体で使う技。それを無理矢理行使したティグルの身体は、反動で全身の筋肉と血管が、破れたゴム風船のように穴だらけになっていた。
(リリは無事だろうか……? この身体でどこまで助けになれるかわからないが……)
そうしてふらつきながらもたどり着いた先で、ティグルが見たものは。
笑いながら剣を交える、リリとフィレムの姿だった。
「――――」
二人ともボロボロだった。
いつ倒れてもおかしくないほどの傷と出血。
それでも二人は剣を手放さず、夢中になって剣をぶつけ合っていた。
それはまさに、ティグルが夢みた光景の一つであった。
(ああ……そうか)
ティグルは前世で戦った、あの青年の言葉を思い出した。
互いに剣を交え高め合う道。
それに憧れ、過ちを認め、敗北を乗り越え、足掻いた先に訪れた結末。
それが今目にしている、二人の戦いなのだと。そう理解した。
(アーサー、見ているか?
俺の新しい人生は、生き方はきっと、間違っていなかった。
お前の歩んできた道には、きっとこんな光景が沢山あったんだろうな)
今は亡き戦友を思い、ティグルは静かに口元を緩めた。
そしてはたと視線を向ける。ティグルとリリの応援に駆けつけた、学園の教師陣たちが到着した所だった。
「ティグル! 無事……ではないか、だがどういう状況だ、なんであの二人が戦ってる?」
「ガリウス先生、救援ありがとうございます。でももう、俺たちの出番はありません」
「み、みんな血だらけじゃないですか! 早く止めないと!」
「止めないでくださいマルル先生。二人はようやく辿り着いた所なんです。俺たちが邪魔しちゃいけません。見てくださいよ、あの嬉しそうな顔」
慌てるガリウスとマルルを制止して、その場に座り込む。
二人の決着を見届けるために。
「がんばれ、二人とも」




