第43話 【極点:弐式】
(三人称視点)
遥か昔。【剣鬼】が一人山に籠り、剣の研鑽を続けていた頃。
長い修練の果てに【極点】を生み出した彼は、壁に突き当たっていた。
“【極点】だけでは通用しない。生き残る為には、更なる力が必要だ”
彼が生きた時代は過酷であった。
大気中の魔素が濃く、人類が安住できる地はほんの僅か。
そこら中を魔物や魔族が闊歩し、暴虐の限りを尽くし人類に仇なしていた。
懸命に築いた人類の都市が、一夜にして魔物に滅ぼされたという例も少なくない。
そして彼が棲家としていた山奥も、その例外ではない。
人間である彼を見つければ、たちまち襲いかかってくる魔物ばかり。
剣を振るって抵抗するが、彼も当時は全盛に程遠い実力。何度も生死の境を彷徨った。
魔物は他人から守ってくれるが、自分を守ってはくれないのだ。
【極点】は強大な魔物の防御を貫くために編み出された格上狩りの技。
だがそれを用いても、刃の届かない怪物達がいる。
“【極点】で人間一人から掻き集められる力には限度がある”
“どんな守りも正面から斬り裂くような、圧倒的な力が必要だ”
そう考えた彼は、解決の糸口を探して剣を振るった。
人が立ち入らないこの魔境において、彼の師は魔物だけだった。
魔物の力を盗み、技を盗み、それを斬り伏せ己の糧としてきた。
今度もそれは変わらない。彼は今まで通り、獣から生きる術を見出そうとしていた。
”魔物の中には、周囲の魔力を取り込んで強化する個体もいる“
”だがそれができるのは、魔物の強靭な肉体あってこそ。人間の俺が同じ真似をすれば、肉体が耐えきれずに破裂するだろう“
【極点】は、体内のエネルギーを一箇所に集める技だ。
その箇所に掛かる負担は尋常ではない。肉体の限界を見極め、限界ギリギリまで力を蓄える必要がある。
そこに外部から力を取り込めば、器から水がこぼれるように肉体は容易く崩壊するだろう。
力の精密制御を行える優れた柔剣使いであれば、外部のエネルギーも上手く取り入れられるかもしれない。
だが彼に柔剣術の才は無かった。有るのは剛剣術の才のみ。
故に、彼の取り得る選択肢はただ一つ。
”――器の強化。体外の力を取り込んでも自壊しない、魔物のような強靭な肉体を作りあげるのだ“
”その為には……魔物の肉を喰らい、己が肉体に取り込む必要が、ある“
◆
こうして極点の次なる段階、【極点:弐式】は完成に至った。
それは千年の時を経て今、ティグルの肉体に再臨した。
「なんだそれは……なんだその力はァ!?」
目の前の光景に、イードゥの表情から既に余裕は消え失せていた。
魔人と化した己が、まるで矮小な蟻のように見える程の巨大な力。
太陽の如きそれは彼の悲鳴すらも取り込んで、一層大きく膨らんだ。
「――万物には“力”が宿る。重力や魔力、剣と剣がぶつかり合う衝撃もそうだ。
俺はそれらを体内に留め、自在に循環させ解き放つ技術を編み出した。それが【極点】だ」
人間の皮を脱ぎ捨て、全盛の姿――【剣鬼】として姿を露にしたティグルが、凪のように囁く。
その肉体は先ほどまでとは違い、明らかな変質を遂げていた。
「だが内外の力を留めておく為には、相応の器が必要となる。どれだけ相手の力を吸収し蓄えても、肉体という器を超過すれば自壊する。
故に俺は、魔物の肉を取り込む事で器を強固にした」
筋肉と血管が膨張し、張り詰めた風船のように膨らんでいる。
亀裂から水が漏れ出すように、目鼻や耳穴からどくどくと血が流れ落ちる。
丹田に留められたその点は、あまりのエネルギー密度に発光し、生じた熱が血汗を蒸発させていた。
「器が大きくなればなるほど、身体の外にある力を己のものにできる。
そして今の俺ならば肉体の内外問わず、森羅万象……星そのものから力を取り込むこともできる。
――これが、【極点:弐式】だ」
膂力を、重力を、魔力を。
大地を。空を。命を。
風を、音を、熱を、光を。
魔人と化したイードゥの力さえも。
黒洞のように、餓虎は星々を際限なく呑み込んでいく。
「魔物を、喰らう……? 俺と同じように魔を取り込んだ? そうか、魔の毒に耐性があったのはそのせいか!!
だがありえねぇ! 自然、いや星のエネルギーそのものを取り込むだと!? 正気の沙汰じゃねぇ、どんな生き方すればそんなイかれた結論に辿り着く……!?」
リリも極点を使う際、力不足を補う為に外部から力を取り込んで補強はしていた。
だがこれは次元が違う。人間の殻を脱し、肉体が変質するまで吸収と集中を繰り返した形態。
魔人と化した今のイードゥだからこそ、その埒外の技量と力を理解してしまう。
自身の命すら顧みないこの極限の技を、果たして誰が模倣できるというのか。
この形態となったティグルに、もはや取り込めないものはない。
世界の全てを喰らい尽くし己の力とする。敵を斬り伏せるその瞬間まで。
(……とはいえ、今世では肉体も未成熟だし、魔物の肉もあまり取り込めていない。前世と比べれば爪の先程度の力だが――)
剣を構える。
周囲の熱が奪われ、王都が凍りつく。光が奪われ、夕夜の如く闇が広がる。
奪った全てを一点に集め、万象を斬り裂く極点と化す。
(――お前を斬るには、十分な力だ)
「ッオォォォオオオオ!!! 魔剣クラレント!! 俺にもっと力を寄越せええぇぇぇぇ!!」
「最期に教えてやろう。【極点】とはつまるところ、ただの“溜め”に過ぎない。肉体の硬質化も破壊力も、力の吸収もその付随品でしかない」
死を目の前にして、イードゥが必死の形相で力を掻き集める。
だが落ちる恒星の前に、ちっぽけな蟻の力にどれだけ意味があるというのか。
「“溜め”は解き放ってこそ意味がある。全てを一点に溜め、放つ。それが【極点】の真髄だ」
ティグルの力と星の力。全てを凝縮した極点が剣先に宿る。
そして開けられた小さな穴から逃げ出すように、凝縮されたエネルギーは指向性を持って解き放たれた。
「弐式――【極点星滅】」
ティグルの体内で循環し練り上げられたそれは、剣撃に乗って莫大な力の奔流と化した。
全てを吹き飛ばす爆風。王都中に響く轟音。星が落ちたと錯覚する程の光。
それらも全て呑み込み、全てを無駄なく一点に集め、斬った。
「――――」
一切の無駄を生まず全てを注ぎ込まれた一閃は、無音であった。
力の拡散によって生まれる爆風も轟音も光も、ティグルの剛剣は全てを凝縮したのだ。
結果音もなく、風の流れすら乱さず、ただ“斬った”という結果だけが残された。
「しまったな」
膨張する肉体を抑え込み、極度の疲労感に襲われながらティグルは呟いた。
ティグルの剣は反動で砕け散り、イードゥは塵も残さず消し飛ばされていた。
そうなるように斬ったのだから当然だが、一つだけ誤算があった。
遥か空に浮かび上がる雲。それらが巨大な刃に切り裂かれたかのように、音もなく分かれていった。
「最後の最後で、制御の一部を手放してしまった……剣の頂には、まだ程遠いな」




