第40話 リリvs【蟻の巣】
(三人称視点)
ティグルがいなくなった路地裏で。
リリと【蟻の巣】の残党が、静かに対峙していた。
『チッ、男の方を取り逃した。風の魔術が邪魔すぎる』
『あの妖精、前に戦った時より数段強くなってやがるな』
『機動力ではこちらが劣る。先に小娘を始末してから頭領の応援に向かうぞ』
(……やっぱり外国語だ、この国の言葉じゃない。この人たち、外から来たのかな)
何やら話こむ黒づくめの傭兵達を、リリは油断なく睨みつける。
先ほどのやり取りで数は減ったが、まだ多くの傭兵が残っている。
足止めに徹した結果ティグルを追跡される事態は防いだが、代わりに残党の全てをリリが相手取る事態になってしまった。
(大丈夫。リリはあの人たちより強い。怖がる必要はない、けど――)
リリの懸念は一つ。傭兵達の中に、頭ひとつ抜けて強い巨漢がこの場に残っていたこと。
棘付きの連接棍を振り回すその巨漢は、リリが攻撃したにも拘らずピンピンとしていた。
(あの人間さんだけすごく強い。ちょっと厳しいかも)
『……お前ら、男の方は追わなくていい。頭領がアレを使うと決めた以上、絶対に生き残れはしないからな』
その巨漢……【蟻の巣】の副リーダーが、リリに聞き取られないよう外国語で指示を出した。
凶悪な連接棍を振り回し、空気が唸り声を上げる。
『まずは妖精を確実に始末する。そしてその首を持って、あの小僧を追撃するぞ。失敗は許されない』
『『『了解』』』
(あ、来る)
言葉は伝わらずとも、剣士としての本能がリリに警鐘を鳴らした。
巨漢の踏みつけ。先程のティグルと同じ攻撃手段。
リリは宙に浮かび上がり、飛んでくる石片を受け流す。
だが。
「Gyaaooo!!」
(魔物!? まだいたの!?)
傭兵達が呼び寄せたもう一匹の蚯蚓型の魔物が、リリの背後から飛び出した。
リリを飲み込もうと大口を開く魔物。挟むように、傭兵達が遠距離攻撃を放つ。
毒の矢、煙幕、石弾。どれもリリにとっては致命的。
「【星流し】!」
だがリリの柔剣は、それら全てを受け流す。
風が軌道を曲げ、タイミングをずらし、柔らかく包むようにして位置を調整。
そしてまとめてリリが弾き返し、方向操作で跳ね返した。
流された方角には蚯蚓型の魔物。
一斉に攻撃を口内に受けた魔物は断末魔の悲鳴をあげ、倒れ伏す。
そして生まれた一瞬の隙に、再びリリは魔術を乱射する。
「【風刃乱舞】!」
『ぐっ! こいつ!?』『下がれ!』
どうせ周囲は敵だらけなのだ。全方位に魔術を乱射しても問題はない。
わざと制御を手放した分、リリの行動に自由が生まれる。
「とうっ」
混乱する傭兵達の中に、あえて突っ込む。
魔術の嵐の中、小さくすばしっこい妖精を捉えることは至難の業だ。
背後から奇襲したり、敵の身体に隠れたり、同士討ちを誘ったり、ど真ん中で魔術を発動させたり。
誰もリリを捕まえられない。力を逸らし相手に返す柔剣使いは、乱戦でこそ輝くのだ。
『どけっ!!』
だが、もちろんそのセオリーは相手も知っている。
巨漢の連接棍使いが激しく吠えたかと思うと、地面が隆起し味方ごとリリを吹き飛ばした。
(土の魔術!?)
「小娘。柔剣使いとして優れていることは認めてやる。だが一対一ならばどうかな!?」
岩の攻撃を掠めたリリは、錐揉み回転をしながら飛んで距離を取る。
頬から赤い血を垂らしながらも、冷静さを失わず戦略を組み立てていた。
(連接棍使い以外の人達が距離を取った。巻き込まれないようにするのと、リリの同士討ち作戦を防ぐため)
『ウオラアアアァァァ!!!』
雄叫びを上げながら連接棍を振り回す巨漢が、宙に浮くリリを正確に捉えた。
放たれる棘付きの鉄球。回避しきれないと踏んだリリは、剣を添え受け流しを図る。
だがあまりの重さと精密なエネルギー制御に、完全に受け流すことはできなかった。
蹴飛ばされた小石のように、何度も地面をバウンドしながら転がるリリ。
「う、ぐあっ!?」
(すごい、重さ……! 剛術の使い手、それもリリに力を操られないよう、ガチガチに制御してる!)
『【岩鎧】ィ!』
攻守が交代する。
魔術で岩の鎧を纏った巨漢が、追撃を仕掛けるために突進してくる。
数百キロはあるであろうそれにぶつかるだけで、リリの全身の骨は砕け散るだろう。
(あの人間さん、強い。もしかしたらフィレム以上かも)
口元から溢れた血を拭い、ふらつきながらも立ち上がる。
リリの直感は正しい。いつも学園で見ていたフィレムの姿から、おおよその実力は察していたのだ。同じ剛術の使い手として、フィレムと巨漢の実力はほぼ互角。
(つまり……あの人間さんに勝てないようじゃ、フィレムにも勝てないってことだよね)
「――絶対勝つ!」
リリが覚悟を新たにするのと、鉄球が飛来するのはほぼ同時だった。
彼女の姿がかき消え、立っていた場所が砕かれ地面が揺れる。
(手応えがない。外したか)
避けられたことにに気づいた巨漢は、鎖を引っ張り手元に連接棍を戻す。
だが、リリの姿が見えない。
(いない? 鉄球の裏に隠れたのではなかったのか?)
飛んだ可能性を考え、上空に視線をやるも見当たらない。
その瞬間、彼はリリの策にようやく気づいた。
『まさか!』
「隙あり!」
引き戻される鉄球の裏、巨漢から見て死角となる場所。
僅かな棘を足場にし、まるで張りついた花びらのように、リリは身体をぴたりと貼り付けていた。
(軽すぎる! 俺が重量の変化に気づけなかっただと!?)
(近づけた! 狙いはあそこ、鎧の隙間!)
引き戻される鉄球を盾にして巨漢の懐に肉薄したリリは、迷わず一点を剣で突く。
それは太腿の内側。動脈が通る人体の弱点であり、背の低いリリが狙いやすく、逆に巨漢にとっては守りにくい場所。
『ヌゥン!!』
だが剣が突き刺さる直前、巨漢は体内の力をその箇所に集中させた。
剛術の特徴、力の集中。ティグルの【極点】程ではないものの、一時的に硬直し防御力を増したその箇所は、刃の侵入を見事妨げた。
「硬っ! それなら!」
リリは防がれるや否や、即座に狙いを変更。
巨漢の股を潜り抜け、背後から膝裏を狙う。
だが巨漢は再び反応してみせる。土魔術で足元を隆起させながら自身を回転。
狙いのずれたリリの刃は鎧に弾かれ、それを掴もうと巨漢の腕が伸びる。
「【風装】!」
風の鎧でするりと抜け出し、そのまま巨漢の身体を駆け上がるリリ。
背中、頭上、脇腹、腕下。巨漢の身体をコースにして、縦横無尽に走り回る。
こうなっては連接棍など役に立たない。必死に両腕でリリを捕まえようとするが、重力を無視して自由に飛び回るリリを捕まえられない。
周囲の傭兵達も、巻き添えを恐れて攻撃できない。
(部下に俺ごと攻撃指示を……ダメだ、その威力を利用されて鎧を貫かれる!)
(鎧の隙間を狙ってるのに、全身硬すぎて刃が通らない! リリだけの力じゃ足りない!)
戦況は膠着状態へと移行しつつあった。
互いに決め手に欠け、何もできない状態が続く。
だがそれはリリにとって不利な状況だ。妖精族の体力の低さというデメリットを抱える彼女は、今の鬼ごっこを長時間続けることはできない。
(……やるしかない。リリが一人で乗り越えるしかない!)
ふわり、とリリの身体が浮き上がる。
巨漢の身体に張り付くのをやめ、二対の翅で遥か空へと舞い上がる。
「リリだけの力じゃ足りないなら……他の所から持ってくればいいんだ」
集中する。覚悟を決める。
次の一撃を失敗すれば、間違いなくリリは死ぬ。
だがその死線を乗り越えた先に、彼女の目指す頂があるとも理解していた。
ならば、彼女が足を、剣を止める理由はどこにもない。
(リリの強みは機動力。だったらそれを、全部攻撃力に転換する)
(“溜め”の気配……くるか!)
誰の攻撃も届かない上空に飛び上がったリリを見上げ、巨漢は最大防御体勢を整える。
次の一撃で決着が着く。優れた戦士である二人は、互いにそう確信していた。
(リリにはティグルみたいな、すごいパワーはない)
(だけど……その技を、真似することはできる)
武術、そして魔術において、“溜め”はなくてはならない要素だ。
どんな動作にも溜めがあり、それがなくては力を発揮できない。
いかに最小の溜めで、最大限の力を発揮できるか。
それが戦士にとって共通の技術であり、強さの指標でもあった。
(ティグル。リリに剣を教えてくれてありがとう。もう少しだけ、力を貸してね)
リリはその“溜め”の技術の極地を知っている。
何度も見て、触れて、学び続けた。そして憧れ続けた。
ならば掴まなければならない。リリの目指す最強は、その星の先に立っているのだから。
「【極点】――!」
風の魔術と翅の推進力で、一直線に降下する。
全神経を、全体重を、全魔力を。
風を、重力を、衝撃波を。
(リリの全てを、この一撃に注ぎ込む)
「てやああぁぁぁああ!!!!」
翅を折り畳んだリリの速度は、容易に音速を超えた。
鎧を纏った巨漢に、回避などできるわけもなく。
岩の魔人と、流星が交錯した。
吹き荒れる砂煙。何かが激しくぶつかる音。
呆然と眺めていた傭兵達は、迫る砂煙に目を覆う。
だが彼らの想像よりも、その規模は小さかった。
衝撃のエネルギーを逃すことなく、卓越した技術で一点に注がれたからだ。
「――――」
砂煙が晴れ、隕石が落ちてきたようなクレーター痕が現れる。
そこには鎧を貫かれ、倒れ伏す巨漢と……傷だらけになりながら立ち上がる、リリの姿があった。
「……えへへ。リリの勝ち〜」
ティグルやフィレムほどの力がなくとも、柔剣術で外部から力を取り入れた結果。
リリの刃はその一瞬だけ、確かに鎧を貫く必殺の一撃と化したのだ。
(最後、ちょっと制御できなくて力が逃げちゃったけど……
でも出来た。あの一瞬だけ、リリはちゃんと【極点】を使えてた)
技術は継承される。
転生し、時を超え、新たな時代を築く天才達へと。
そして彼らは切磋琢磨し、より強く頂へと駆け上がるのだ。
(すごくいい気分……気持ちいい! まるで山を登り切って、山頂から景色を見渡してるみたい!)
彼女はまた一つ成長した。
剣士としての高みに登り、新たな世界と価値感が目の前に広がっていた。
それを見て、好奇心旺盛な彼女が止まれる訳がない。
「やっぱり、剣術って楽しい……! 今のリリ、もっと強くなれる気がする」
純粋無垢な笑みを浮かべながら、リリは残された傭兵達に近づく。
傭兵達は後ずさる。副リーダーが倒され、傷だらけになりながらも笑みを浮かべる妖精に、傭兵達は明らかに恐れを抱いていた。
「もっとリリと戦おう! その度にリリの夢に、最強の剣士に近づけるんだから!」
そして妖精騎士は翅を広げ、空色の軌跡が宙に描かれた。




