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第4話 出立と来襲



 そうしてあっという間に、出立(しゅったつ)の日が訪れる。



「ティグル。これを持っていきなさい」



 その日、母に渡されたのは謎の液体が入ったガラス瓶だった。



「母さん、これは?」


「回復薬。ティグルに何かあった時の為に、ずっと前に買っておいたものよ。結局使う機会はなかったけれど家に置いていても仕方がないから、ティグルが持っていなさい。

貴重なものだから、大事な時に使うのよ?」



 知らなかった。俺のためにそこまで考えてくれていたのか。

 渡された瓶を大切に仕舞(しま)う。怪我をしてもこれで治せると考えれば心強いな。


 家を出る前に、振り返って別れの挨拶を告げる。



「……ありがとう。お世話になりました、父さん、母さん」


「もう、そんな他人行儀みたいな挨拶いらないわ! ……心配だから、手紙くらいはちゃんと書いてね?」


「ハハ、父さん達の事は気にするな! 思う存分楽しんでこい!」



 転生した直後は、お礼を言うのにも気恥ずかしさを覚えたものだが……

 この数年間ですっかり言い慣れてしまったな。今ではこんなにも素直に、感謝の言葉を家族に伝えられる。


「行ってきます」





 半年に一度、村を訪れる行商人の馬車に相乗りさせてもらい、王都レガリアへ向かう。

 無論タダではないし、食料問題は自分で解決しなければならない。

 ある程度の金銭と干し肉は両親が用意してくれたが、後者については正直物足りない。

 育ち盛りのこの身体には、もっと栄養価の高い食料が必要だ。


 という訳で。



「やはり栄養補給は魔物の肉に限るな!」



 深夜。寝静まった行商人の馬車から抜け出し、俺は一人()を駆けていた。

 周囲の光源は月明かりのみ。しかし俺の感覚は、こちらを睥睨(へいげい)する魔物の群れを捉えていた。



「大方闇夜に紛れて馬車を襲おうと目論んだのだろうが……あいにく俺は山育ちでな。魔物の気配には敏感なんだ」



 魔物。それは獣が魔力と呼ばれる不可思議な力を取り込み、変質した生物のことを指す。

 そこらの獣とは桁違いの力を持ち、中には魔法まで扱うものもいる。

 多くは人間に敵対的で危険。しかし、その肉は美味(うま)い。



「Grrrr……」



 そして俺の眼前(がんぜん)に現れたのは、(うな)り声を上げる狼の集団であった。

 月光を反射して美しく輝く白銀の体毛。

 この特徴的な体毛には、覚えがある。



「シルバーウルフが二十匹程度か。そこそこの群れだな」



 シルバーウルフは比較的メジャーな魔物であり、成体の大きさはおよそ二メートルといったところ。

 これだけの数がいれば、運が悪ければ村が一つ滅ぼされるだろう。一匹残さず駆除するとしよう。



「干し肉ばかりでは食い足りんのでな。悪いが腹の足しになってくれ」


「Grrrraaa!!」




 シルバーウルフの武器は統率性と優れた嗅覚、そして牙。

 それらに気を配っていれば、俺にとっては大した敵ではない。



「――【極点(きょくてん)】」



 調子を確かめるように、その()の名を呟く。

 父との訓練では危険すぎて使えなかった技。実戦で使うのは、今生(こんせい)では初めてか。


 狙いは真正面、愚かにも真っ直ぐに飛びかかってきたシルバーウルフ。

 一回り小さい体格を見るに、まだ年若い個体なのだろう。

 実戦経験の乏しさが、此奴(こやつ)の命運をわけてしまった。



「フッ」



 鋭く息を吐き、剣を振り下ろす。

 一刀両断。迫るシルバーウルフの身体はバターのように、真っ二つに引き裂かれた。


 遅れて(あふ)れた骨肉と臓物(ぞうぶつ)が、俺をすり抜けて左右に散らばる。



「……!?」


「出たとこ勝負だったが、上手(うま)くいったな。とはいえやはりこの身体では、加減が必要か」



 人間が動作を行うとき、必ず何処かに“力の集中点”が生まれる。

 体重、重心、遠心力、その他諸々(もろもろ)の要素で点の場所は変動するが、その場所こそが最も強い力(・・・・・)を持つ場所となる。

 剣術においてはいかにその“点”を相手に叩きつけるかが肝要(かんよう)だと、前世の俺は考えた。


 ――ならば、身体中の全ての力をかき集め、一点に集中させるのが最も効果的である。

 そうして編み出した技が【極点(きょくてん)】。身体中の力を一点に集中し、最小の動きで最大の力を発揮する技。

 ただでさえ重く鋭い斬撃を、より小さく一点に収束させれば破壊力は凄まじいものになる。

 いかなる防御も受け流しも通用しない、単純かつ最強の剛剣術(ごうけんじゅつ)だ。

 ……まあ、あの男(・・・)には届かなかったのだが。



「Gaaaa!!」



 横合いから突っ込んでくるもう一匹のシルバーウルフ。仲間の犠牲を無駄にしまいと、果敢(かかん)に挑みかかってきたか。

 だが警戒度が跳ね上がっている。

 重心が後ろに寄っているのを見るに、これは様子を(うかが)う為の“溜め”の動作。

 致命傷を与える噛み付きではなく、体勢を崩し確実に仕留める体当たり(タックル)か。


 だが生温(なまぬる)い。その程度の判断、その程度の威力では、俺の命に届きはしない。



「【極点】」



 攻撃箇所を予測し、体内のエネルギーをその一点に集中させる。

 相手の攻撃を防ぐには、それより強い力で(あらが)えばいい。

 棒で鋼を叩いても、逆に自分の手が弾かれてしまうのと同じ。

 結果、俺の体幹(たいかん)はびくともせず、逆にシルバーウルフの身体が弾かれる。



「Gyan!?」


「二匹目」



 防御用に集中させた力を、剣へと移動。

 最適かつ最高値に引き上げられた運動エネルギーは、容易(たやす)く狼の首を刈り取った。



「ふむ、もう少し調子をあげても大丈夫そうだな。この身体でどの程度まで【極点】を扱えるか、試し切りとしてはもってこいだ」


「GoaaAaaa!!!」



 一際(ひときわ)体格の大きいリーダー格の号令。遠巻きに囲んでいた狼達が、一斉に飛びかかる。

 【極点】はあくまで一箇所にのみ力を集め、攻撃力と防御力を高める技術。

 同時に複数箇所は強化できない。今のやり取りでこの技のカラクリと弱点を見破ったか。



「賢い奴らだ。無論、容易くやられはしないが」



 ――同時攻撃が防げないならば、敵のタイミングをずらせばいいだけの事。

 右腹部、左腕、右肩、右手、首、左膝、左肩、頭部、左足首。

 【極点】の連続発動。力の奔流(ほんりゅう)が身体の中を()(めぐ)る。(ふせ)ぎ、(はじ)き、(かわ)し、()らす。

 俺は最小限の動きで【極点(力の集中点)】を動かし、シルバーウルフの連続攻撃を無傷で(さば)き切る。



「Guuaa!?」


「……まあ、防御面はこんなものか」



 全盛期の十分の一、といったところか。

 【極点】を扱うには、その力に耐え切れる程の強固な肉体が必要になる。

 鍛えてきたとはいえ、青年の肉体ではこの程度が限界だろう。



「では次は、攻撃面のテストといこうか」



 魔力を練り上げる。

 筋力だけでは俺の肉体が動きについてこれない。魔力を使って全身の能力と自然治癒力を

一時的に向上させる。


 嵐のように絶え間ない連続攻撃。その僅かな間隙(かんげき)

 獣達の呼吸の合間を()って、足元に力を集中――



「【極点】」



 ――開放。瞬間、|爆【は】ぜる足元。

 土塊が飛び、狼達を吹き飛ばし、衝撃波と共に俺の身体は浮かび上がる。



「Ga!?」



 シルバーウルフが気づいた時には、俺は既に剣を振り下ろしていた。

 夜闇(よやみ)銀閃(ぎんせん)が舞い、狼の頭が宙に飛ぶ。



「三匹目」



 剣とは基本的に“線”の攻撃だ。

 だがそれでは効率が悪い(・・・・・)。“線”の斬撃を“点”にして、後は刃の上を滑らせるように点を動かす。それが最小で最大の威力を出す、最効率の方法だ。

 正直シルバーウルフ相手にこの技術は過剰威力だろうが。


 ――三匹目を斬った勢いを殺さず、再び地を蹴る。

 |二度(ふたたび)三度(みたび)剣を振るう。その度に悲鳴と血飛沫(ちしぶき)が飛び、俺の身体を温めていく。



「四、五、六、七」



 これほど血を浴びたのはいつ振りだろうか。

 身体が熱を帯びていくと共に、全盛期の(たかぶ)りが(よみがえ)ってくるのを感じる。

 ああ、これだ。剣を振るい、それのみに没頭(ぼっとう)する感覚。どこまでも飛んでいけるのではないかと錯覚するほどの全能感。

 この夢中と衝動(しょうどう)を知ってしまえば、死んでも忘れられない。



「八、九、十」



 剣を振るう。剣を振るう。剣を振るう。

 全盛と比べれば未だ未熟。しかし逆に考えれば伸び代があるということ。

 俺の剣はどこまで辿り着けるのだろう。嗚呼(ああ)、早く確かめたい。

 学園にも、俺と同じような剣士がいるのだろうか。

 もし共に剣を高め合えたのなら……どれだけ俺は強くなれるのだろうか。



「十一、十二……む?」



 そんな事を考えながら剣を振るっていると、いつの間にか周りに狼は居なくなっていた。

 近くにいた個体は全て斬り伏せてしまったらしい。半数以上仲間を失ったシルバーウルフが、遠巻きにこちらをじっと見つめていた。



「……慎重(しんちょう)になったか。あるいは実力差を実感したか」



 恐らく後者だろう。狼の顔には、怯えの色が混じっているように見える。

 残された群れの長は逃走か追撃か、判断を迷っているようであった。



「残念だが誰も逃す気はないぞ。魔物は人間に害を為すからな」



 あと、貴重な食料でもあるからな。

 俺は魔物の肉が食べたい。



「――Gaaaa!!」



 逃げきれないと観念したのか、それとも群れの長としてのプライドか。

 生き残ったシルバーウルフ達が、一斉に飛びかかってきた。



「その意気や良し」




 その覚悟には、剣をもって(こた)えよう。




「【極点】――」



 剣先に一点集中。腰から背骨ごと、捻るように身体を回転。

 一点に蓄積(ちくせき)された全エネルギーを開放する。三百六十度、全方位攻撃。



「――【孤月(こげつ)】」



 収束した一点から放たれた力は、衝撃波となってシルバーウルフを()み込んだ。


 空気が弾け、地面が砕け散る。音が遅れて鼓膜を叩く。


 数瞬(すうしゅん)の後、残されたのは静寂(せいじゃく)と、原型を留めないほど破壊されたシルバーウルフ達の残骸だった。



「む、しまった。勢い余って粉砕してしまった。これでは肉が食えない」



 攻撃面での【極点】の試し切りは、こんな所か。

 結論。音の壁は越えられるが、制御が難しい。

 俺の我流(がりゅう)で編み出した剣術は、全てこの【極点】が(もと)となっている。

 肉体強度を引き上げつつ、制御を安定させるのが今後の課題だな。



「さて、食えそうな部位だけ持って帰るか。久しぶりに魔物鍋でも楽しむとするかな?」



 火照(ほて)った身体を冷ます夜風(よかぜ)心地(ここち)よさを感じながら、俺はシルバーウルフの解体作業にとりかかった。





「な、なんだその格好(かっこう)はー!?」



 翌朝。

 魔物肉を夜食に頂いて満足した俺は、起きてきた行商人に絶叫された。

 現在俺は半裸である。着ていた服は返り血がこびりついて取れなくなったので捨ててしまった。



「色々あって服が汚れちゃいまして……ああそうだ、お土産があるんですが」



 そして俺は余ったシルバーウルフの肉を取り出した。



「昨晩散歩中にシルバーウルフに襲われまして。返り討ちにしたので肉を取ってきたのですが、よければ一緒に食べませんか?」



 流石に数十匹分の肉を一晩で食べ尽くすことはできなかったので、腐る前にお世話になっている行商人にも振舞おうと考えた、のだが。




「シ、シルバーウルフ!? ランクCの危険生物じゃないか、騎士団が出張ってくるレベルだぞ!? 一体何をしていたんだ君は!?」


「らんく? よくわかりませんが全員狩ったのでもう襲ってきません。大丈夫です」


「いや、そういう問題ではなくてだな……そもそも魔物の肉は有毒だぞ、食える訳ないだろう!」


「?」



 それは知っている。

 だが適切な調理法と摂取量を守れば十分食えるし、死ぬこともない。ちょっと腹が痛くなるだけだ。

 むしろ魔力と栄養を補給するならうってつけの食材なのだが……。

 前世ではよく食べていたが、もしや現代で魔物食は廃れてしまったのだろうか。



「無理強いする訳にもいきませんし、じゃあ残りも俺が頂きますね」


「もしかして君もう食ったのか!? なんてこった……ご両親になんて言えば」



 ……顔を青ざめさせて慌てる行商人を説得するのに幾ばくかの時間を要した。

 なお、服は行商人から新しいのを買った。今後は余計な出費を増やさないように気をつけようと思う。


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