第39話 フィレムvsレオルド
(三人称視点)
レオルド・ユーウェインは耳を疑った。
実の娘フィレムが突然、当主の座を賭けて決闘しろと言い出したからだ。
「正気か?」
「私は本気です。父上」
レオルドは深いため息を吐いた。あり得ないことだった。
自身に逆らわないよう生まれた時から施してきた威圧教育に反抗された事実も、フィレムが自身に勝てると思い込んでいる事実も。
「……ここまで愚かな娘だったとは、予想外だった。私はどこで道を間違えたのだろうな」
「父上、剣をお抜きください。騎士たるもの、誇りを賭けた決闘からならば逃げることはしないでしょう?」
「……それで私を挑発しているつもりか、フィレム」
安い挑発だと気づいていたが、それ故にレオルドの心は波立った。
絶対的支配者である自分に逆らおうとする愚かな女。それを自らの手で処罰しなければ気が済まない。そんな醜く汚れた誇りが、レオルドの手を動かした。
側に立てかけていた剣を取る。紅蓮の炎が吹き荒れる。
「一つ聞かせろ。なぜ私と決闘するなどという下らん真似を考えた」
「気づいたからです。私が目指すべき理想と、父上の理想は異なることに」
「理想だと? あの平民共に感化されたか? 貴様は今や負け犬なのだ、思い上がるな」
「敗北から学ぶこともあります。全てを捨て去ってようやく気づくこともあります。私はそれをあの二人から教えてもらいました」
迷いなく答えたフィレムの紅眼には、ギラギラと滾る光が宿っていた。
何かを決意した者、覚悟した者の眼差し。自分の娘がその光を湛えている事実に、レオルドは酷く気分を害した。
「……気味の悪い眼差しだ」
「きっと今の父上には、理解できないものでしょう」
その言葉が引き金になった。
【紅獅子】から放たれる圧が増す。
第一線から退いたとはいえ、腐っても元円卓の騎士。レオルドの実力は本物だ。
フィレムは知る由もないが、その実力は現在ティグルと戦っているイードゥと遜色ないものであった。
ティグルに敗れたフィレムに、勝ち目などあるはずもない。
「フィレム。貴様に剣と魔術を教えたのは、この私だ」
「はい」
「貴様の手の内など全てわかる。技量、火力、経験。全て私の方が上だ。その事実を知っていて尚、私に歯向かうというのだな」
「もう私は、父上と同じ道は歩めません。貴方を倒し、自分の騎士道を進みます」
「育ててやった恩も忘れ、子が親に牙を剥くというのだな!」
「父上。私の人生に貴方という枷は要らない。
孤高であっても誇り高く、己が身を賭して民と王国を守ること。何者にも打ち勝つ最強の騎士となること。
それが私の思い描く夢です。かつて私が貴方に見た、理想の騎士の姿です。
けれど今の父上は違う。今の貴方は、ユーウェインの名と我欲の為に生きている。
他者を踏み台にし、その手と牙は血に濡れすぎた。貴方とは、決して道は交わらない」
「わかったような口を聞くな愚か者が! 子が親に歯向かうなど断じて許さん!!」
平行線だった。
薄々わかってはいたことだが、もはや二人は言葉で通じ合えない所まで来てしまった。
「……同じユーウェインの血を引くものとして、父上の罪は私が裁きます。それが私にできる、最後の親孝行です」
「もはや貴様を娘だとは思わぬ、獅子の怒りを買ったその代償、命をもって償え!」
そして、レオルドが剣を抜く。
炎の魔力が込められ赤熱化した剣は、フィレムの身体を容易く消し炭にするだろう。
同じ剣術。同じ魔術。同じ剛剣使い。純粋な力のぶつけ合い。
ならば勝負は、一瞬で決まる。
(思い出せ)
命の危機を察知した本能が、フィレムの世界を緩やかにする。
恐怖はない。むしろ落ち着いている。
ティグルと戦った時とは違う、視野と世界が広がったような感覚。
心と身体が一致する。心身合一の領域。
(乗り越えなければならない。父上という恐怖の象徴を。その術は覚えているはずだ。私ならできる)
かつてあれ程強大で絶対的に思えた父親という檻が、今ではとても矮小に見えた。
あの夜ティグルから教えられた、剣の頂を垣間見た衝撃に比べれば。眼前の恐怖など、なんと脆いことだろうか。
(ありったけの力を。私に残った全てを掻き集める。一点に集中する)
今日まで鍛錬を欠かさなかった肉体は、フィレムの指示に忠実に答えた。
全身を巡る熱が移動する。フィレムの足元、その一点へ。
(余力を残すな。その一点以外は捨てろ。液体のように柔軟に、滑らかに、力の移動を妨げないように)
脱力する。重心が沈む。
柔らかく解れたフィレムの身体は全ての支えを失い、僅かに前傾する。
今まさに必殺を放とうしていたレオルドが、異変に気づく。
(なんだ、その技は……?)
フィレムは二度、その極致を見た。
一度目は校外演習。圧倒的な破壊力と、力を吸収する埒外の技術。思わず目を疑う程だった。
二度目は月下の決闘。彼女はその技に直に触れ、己の力が呑み込まれていく感覚を覚えていた。
(正確に思い出せ。イメージしろ。力の移動する道筋を、肉体を導火線にしろ。
そして――)
己の身で二度も体感した武術の極地。その技術。
ならば自分にもできるはずだ。できなければ、あの男に勝つなど到底出来はしない。
微塵も疑うことなく、フィレムはそう信じていた。
彼女は学園の頂点に君臨していた天才であり女王、【雌獅子】なのだから。
(――集めたエネルギーを、解き放つ)
己が理想と才能、そして能力を微塵も疑うことなく信じた彼女の身体は。
筋肉と骨を導火線とし、爆発したエネルギーは足元から剣先へ澱みなく。
自身の肉体を焦がしながら、音とレオルドを置き去りにして。
その一瞬、確かに彼女は、剣の頂に指先を掛けた。
(【極点】、いや――)
フィレムの炎の魔力を注ぎ込んだそれは、もはやティグルの【極点】とは別種の物。
二度の経験だけで、原型から派生した新たな技を彼女は生み出したのだ。
彼女だけの極地。頂点に突き進むためのオリジナル。その名を。
「――【極点火】」
空気がうなり、爆ぜるような衝撃が吹き荒れた。
書斎に留まらず、屋敷中の窓が全て吹き飛び、あまりの轟音に使用人達は耳を塞いだ。
誰もが起こった出来事を理解できなかった。軌跡を焦がし、剣先から黒煙を噴かせたフィレム以外には。
レオルドの剣を持つ右腕が斬り飛ばされ、炭となって地面に転がった。
「――う、おおああああぁぁぁぁあぁ!!!???」
遅れてやってきた激痛に、右肘を抱えながら蹲るレオルド。
もはや戦意など残されていない。心が既に屈していた。完全なる敗北であった。
【紅獅子】が堕ち、【雌獅子】が新たなユーウェインの幕開けを告げるその瞬間だ。
「ああああああ!! 腕がっ、私の腕がああぁぁぁぁ!!??」
「――――」
無様に床を転げ回る父親の姿を、冷めた目で眺めながらフィレムは近づく。
見様見真似で初めて行使した【極点】。
発動には成功したが、ティグルのように無傷とはいかなかった。
爆発したエネルギーは彼女の肉体を傷つけ、筋肉と内臓に小さくないダメージを与えていた。
そんな様子をおくびにも出さず女王としての仮面を被ったフィレムは、悲鳴をあげるレオルドの口に無表情に、無慈悲に剣を向ける。
未だ熱を残した刃が、彼の口内を焦がし煙をあげた。
「ぐ、ひぃっ!?」
「……勝敗は決しました。父上には育ててくれた恩もあります、大人しく従って頂けるならば命までは取りません。だから――」
「――とっとと私に、当主の座を明け渡せ」




