第36話 ティグル&リリvs【蟻の巣】
(三人称視点)
先手を取ったのは、【蟻の巣】の傭兵達だった。
再びの遠距離攻撃。だが今度は弓矢ではない。
「うわっ!?」
「煙幕か。姑息な真似を」
何かの魔術か小道具か、瞬く間に薄暗い路地裏は濃煙に包まれた。
リリの柔剣術の前では矢が通らないことは把握していた。それ故の搦手。
煙に紛れて、傭兵達が二人に近づく。
【暗視】の魔術が付与された魔道具を装着した彼らは、悪視界での行動をものともしない。
「リリ、頼んだ」
「任せて。【風刃】!」
風で作られた不可視の刃が、煙と傭兵達をまとめて吹き飛ばそうとする。
だがその軌道は煙のお陰で丸見えだ。傭兵達は難なく躱した。
リリのその行動も、彼らの予想の範疇である。
二人の足元。市街地から呼び戻し地下に潜伏していた蚯蚓型の魔物が、足元から二人を飲み込まんと大穴を開ける。
「退け」
察知していたティグルが足踏みを一度。【極点】で強化されたその衝撃は地面を透過し、魔物本体に直撃した。
地面が揺れる。穴を開ける前に魔物の頭部が爆ぜる。接近していた傭兵達がよろめく。
宙に舞い上がり被害を逃れたリリは、隙を見せた傭兵達に反撃する。
「【風刃乱舞】――」
「させねぇよ?」
「こちらがな」
魔術発動の詠唱、その一瞬の間隙を狙ったイードゥが【狂月】で斬撃を飛ばす。
それをティグルが【孤月】で迎撃し、空中で二つの円環が重なった。
銀色と血色の斬撃がぶつかり、金属を引っ掻くような不協和音を奏でる。そして空色の刃は自由に飛び回る。
煙幕と共に無数の傭兵達がその身を引き裂かれ、遅れて魔物と人間の血臭が満ちた。
「お前の相手は俺だ。よそ見の暇など与えん」
「そりゃ楽しみだ。お前の首を切り取って妖精ちゃんに見せつけてやるとしよう」
『頭領! 加勢します』
「外国語……? 何言ってるのかわかんないけど、ティグルの邪魔はさせないからね」
戦場の一瞬の空白を突き、リリは【風装】の詠唱を終える。
風の魔術と妖精の翅。二重の推進装置を得たリリはもう誰にも捕まえきれない。
「まずは後衛!」
「!? 来るぞ、構え――」
警告を放とうとした傭兵の大男が、リリのサーベルの餌食になった。
超スピードを叩き出したリリはそのまま大男の陰へ。
小柄な身体はすっぽりと隠れ、大男はリリを護る肉盾と化した。
『怯まず撃て!』『巻き添えにしても構わん!』
「リリの方が早いよ。――【妖精風刃】!」
“溜め”を必要とするリリの大技、【妖精風刃】。
魔術に長けた妖精の感覚をフル活用したこの魔術は、ただの【風刃】とは異なっている。
妖精の翅の羽ばたきが竜巻を生み出し、そこから無数の風の刃が放たれたのだ。
『速い――ガッ!?』『コイツ強いぞっ!』
まるで花びらのように自由自在、かつ不規則な動きで飛び回る不可視の刃。
煙幕という可視化装置を失った後衛に、防ぐ術はない。
花びらの弾幕は建物の下にいる、ティグルを取り囲む傭兵達にも襲いかかった。
ティグルとイードゥだけを器用に避け、不可視の刃が踊り狂う。
『あの妖精、前より強くなってやがる!』『避けろ!』
(いい攻撃だ。広範囲かつ回避困難な魔術。上手く戦場を混乱させたな、リリ)
「うろちょろ飛び回って邪魔だなァ……」
鬱陶しげな表情を浮かべるイードゥに、ティグルは容赦なく剣を打ち込む。
極点で超強化されたそれは鋼鉄を容易く砕く威力だったが、イードゥは片手の剣だけで受け止めた。
「大した剛剣だ。その年でその実力ってなら確かに化け物だな。フィレムのお嬢さんが負けるのも頷ける」
「お前らはフィレムに雇われているのではないだろう? 背後で糸を引いてるのは誰だ」
「教える訳ないだろ? お前はここで惨めに死ぬんだから」
血肉を啜るような音がした。
ティグルと鍔競り合いをしている剣。イードゥの魔剣が、ティグルの極点を吸って脈動していた。
「……普通の剣ではないな。俺の力を吸い取っているのはコレか」
「いい見た目してるだろ? 俺のお気に入りだ――【血刃】」
「!?」
魔剣が赤黒く明滅する。
次の瞬間その刃から、どろりとした赤黒い液体が飛び出した。
まるで血液の刃。慌てて飛び退いたティグルの頬に、微かな傷跡が刻まれる。
イードゥが再度、不気味な笑みを浮かべる。
「今の打ち合いでわかっただろ? お前の剛剣より俺の剛剣の方が強い。剣ごと俺をぶった斬れなかった時点で明白だ」
「――――」
「【極点】って言ったか、体内のエネルギーを一点集中させる技術。確かにそれがあれば俺の剛剣にも対抗できるだろうが……」
イードゥが続け様に剣を振るう。
血色の刃を寸前で躱し、いなし、避けられないものは極点を使った剣で受け止める。
だが、剣を打ち合う度にティグルの魔力が、脈動する剣に吸われていく。
少しずつ少しずつ、鑢をかけるようにティグルの力が削がれていく。
「そりゃ針の先で剣を受け止めるようなもんだ。どう考えても剣術向けの技術じゃない。そんな曲芸紛いの技が果たしていつまで続くもんかね?」
「……」
イードゥの言葉は事実であった。
前世から極点を常に使ってきたティグルだが、それは剣術にはそぐわない技術だ。
力を一点に集めるという性質上、その攻撃は“線”ではなく“点”となる。
線上の相手を斬る、という剣の強みが活かせなくなっているのだ。
極点が真価を発揮するのは槍や弓といった、元々“点”の攻撃を得意とする武器だろう。
――にも拘らず、ティグルが【極点】にこだわるのは何故か。
「そうでもしないと生き残れなかったからな」
「あん?」
「自分より格上の相手に勝つ為には、己の全てを一点に投げうつしかない。そんな自殺紛いの無茶無謀を重ねて、今の俺は成り立っている」
格上に勝つための技術。それが極点。
鍛え方や思考の正道を知らぬまま、ティグルはただ一人で戦える技術を独学で編み出した。文字通り血肉を削りながら。
それは即ち、格上殺しを幾度となく経験してきた事実を意味する。
極点が移動する。剣から足元へ。
一瞬の力点移動、コマ送りのように変化するバランス。
その超越的な技術の前に、イードゥの剣は反応が一瞬遅れる。
イードゥが前のめりに崩れるのと、ティグルが石畳を蹴り上げたのは同時であった。
「ッ」
弾丸の如く顔面に向けて飛来した石片は、イードゥの視界と体制を立て続けに崩す。
その頃にはもう、ティグルの極点は剣先に戻ってきている。
「【極点:朧斬り】」
魔を断つ剣技はイードゥの魔剣を強かに打ち、その吸収能力を一時的に無効化させた。
そのままティグルは極点を移動。剣と剣の接点を中心に、まるで風車のようにティグルの身体が回転する。
重力も慣性も無視した超軌道に、イードゥは更に一手遅れる。
「テメッ、やっぱ曲芸師なんじゃねぇか!?」
「【朧斬り】」
イードゥの上を取ったティグルは、魔剣ごと叩き斬る勢いで剣を振り下ろす。
魔力そのものを斬る朧斬りの前に、魔剣の魔力吸収能力は無意味。イードゥはダイレクトにティグルの剛力を味わうことになった。
「効っ、かねぇなあああ、これっぽっちじゃあなぁ!!」
それでもイードゥは受け止める。魔剣に左手を添え、全力で振り下ろしに抗う。
ティグルより優れた体格と筋力。技術だけでは埋められない力の隔たりが、ティグルの刃を寸前で押し留めたのだ。
再三の鍔競り合い。拮抗した武力。
ならば勝敗の天秤を傾けるのは、外部の要素に他ならない。
『ウオオオォォォ!!』
地面に居た傭兵達の一人。その中でも頭一つ抜けた実力者であろう巨漢が、横合いからティグルに襲いかかった。
リリの【妖精風刃】をすり抜け、その巨大な連接棍でティグルの頭蓋を叩き潰そうとする。
ティグルはその傭兵に視線を向けない。向ける必要がない。
「だから、ダメ」
空中より急降下したリリが連接棍の力を霧散させ、あらぬ方向へと受け流す。
ティグルが背中を預けた初めての戦友は、自分の役目をはっきりと自覚していた。
「いくよ、ティグル」
「ああ。思い切り頼む」
その背中から伸びた竜巻から、再び【妖精風刀】が放たれる。
暴風の如く荒れ狂うそれは、再起しつつある傭兵達を吹き散らす。
そして、その刃がティグルにも命中する。
(巻き添え……!? いや、これは)
「俺だけの力で足りないなら、他者から分けて貰えばいいだけだ」
【極点】の能力の一つ。エネルギーの吸収。
リリの【妖精風刃】を取り込んだティグルの剣は、イードゥの守りを打ち崩しその身を切り裂いた。




