第35話 因縁の衝突
(三人称視点)
「しくったなぁ」
【蟻の巣】の頭領、イードゥは思わず舌打ちした。
「魔物をぶつけりゃ正義感に溢れた騎士様は、俺たちの所にやってくると踏んだんだが。まさか俺が妖精ちゃんに先に見つかるなんてドジ踏むとは」
「頭領。この後どうするんですか」
「どうもしねーよ。まだ計画の範疇ではある。プランを切り替えればいいだけだ」
あの妖精ちゃんは殺すけどな、とイードゥは付け足す。
「学園や市街地を盾にしてでも引き籠られると面倒だったが、俺らの方に向かってくるなら話は早い。
プランDに切り替えろ。市街地に潜伏させてた魔物もこっちに戻せ」
「迎撃、ですね」
「そうだ。人気のない場所の方が都合がいい。身の程知らずのおチビちゃん達に、大人の怖さを思い知らせてやろうじゃねーの」
イードゥの不気味な笑いに呼応するように、赤黒い光を放つ“魔剣”が脈を打っていた。
◆
(一人称視点)
「最優先は周囲の被害を抑えること。そして魔物を生み出している主犯を見つけ、倒すことだ」
学園を出た俺たちは高速で移動しながら状況の確認を行う。
リリが主犯と思わしき気配を見つけてくれたので、それを辿っている。恐らく敵は移動しているだろうが、まだ近くにはいるはずだ。
「これは俺の勘だが、敵は犯罪や殺人に忌避感を持たない集団。恐らく傭兵まがいの犯罪集団だろう。体格も戦闘経験も優れている。フィレムより強いやつもいるかもしれない」
「え、ティグルそんなことまでわかるの?」
「リリが襲われた時に残っていた攻撃痕から、おおよそ検討はつく。それにこのへばりつくような悪意の気配は、一度嗅いだら忘れもしないさ」
リリに導かれながら王都を移動していくと、俺にもその気配がわかるようになってきた。
人混みに紛れ巧妙に気配を紛らわせているが、今度は逃しはしない。
だが同時に、気づいたこともある。
「誘導されてるな」
「うん、リリの時と一緒だ。人気のない方に誘い込もうとしてるみたい」
向こうもこちらの追跡には気づいているはず。
そして俺たちを始末するなら、なるべく人気のない場所の方が都合がいいだろう。
追跡されていることを逆手にとって、俺たちを自分の有利なフィールドに誘い込もうとしているようだ。
「ティグル、どうするの?」
「このまま突っ込む。俺たちとしても人気のない場所の方が都合がいい。人がいる市街地で暴れられたら困るからな」
「りょーかい! 正面突破だね」
「ああ。罠を張っていようが関係ない。真正面から食い破ってやろう」
◆
そして細い路地を通り抜け、王都の奥まった人気のない方へ進む。
せりたつ建物の壁が日光を遮り、薄暗く澱んだ雰囲気が漂っている。
リリを初めて見つけた廃倉庫と似た空気だ。
「!」
リリに向けて無数の矢が放たれたのはその時だった。
統率された動き。熟練の隠蔽技術と狙撃技術。
常人ならばこの奇襲でやられていただろう。だがリリは違う。
「ていやっ!」
リリが空色のサーベルを振るうと、魔術による風が吹き荒れる。
まるで蜘蛛の糸に絡められるように、迫る矢は空中でその推進力を失った。
「こんな弓矢じゃリリに届かないもんね!」
「――気をつけろリリ。ようやくお出ましだぞ」
俺たちを囲む寂れた建造物。
その屋根の上に、全身黒づくめの集団が立っていた。
身長、性別、種族もバラバラ。だが俺たちに向けられた殺意と、幾つもの死線を潜り抜けた者が放つ覇気は共通であった。
――その中でも一人。背が高く浅黒い肌をした男。
別格だ。目の前の集団の中でも飛び抜けて強い。
間違いなくフィレム以上。いやあるいは……
「やっぱり……あの格好、覚えてるよ。リリを襲った人達とおんなじだ」
「よう。元気してたか妖精ちゃん? こんなに早く再会するとは思ってなかったぜ」
マスク越しにもわかる、歪んだ笑みを浮かべながら浅黒い男は話しかけてきた。
「てっきり剣士はやめると思ってたんだがなぁ。あれだけ酷い目に逢っても諦めないとか、強情にも程があるぜ」
「……だったらリリを殺せばよかったでしょ。なんで止血までして生かしたりしたの」
「“殺せ”って命令ならそうしてたけどな。“再起不能にしろ”って命令だったから俺たちは従っただけだ。それに――」
「――お前みたいな面白いオモチャ、すぐに壊したら勿体無いだろ?
腕を斬り落とした時のあの絶望の表情と泣き喚きっぷりったら、今でも思い出して興奮しちまうよ」
「――――」
周囲の黒づくめ達から、くすくすと静かな嘲り声が聞こえてくる。
リリは悪意に満ちた眼差しを全身に向けられても、表情を歪めることはしなかった。
「……やっぱりあなた達は悪い人だね。あの時のリベンジ、させてもらうから」
「威勢のいいこと言うようになったねぇ。そこの少年に元気づけてもらったのかな?
ああ、もしかしてお二人さんそういう関係――」
「――口を開けば下衆な台詞ばかり。リリの前でそれ以上醜い言葉を喚き散らすな」
浅黒い男の言葉は途切れる。
【極点】で音の速度を超えた俺が斬りかかったからだ。
「へぇ。やっぱり強いな。調査通りだ」
「!」
その高速の剣撃は、男の持つ剣で受け止められていた。
一目でわかる、普通の剣ではない。血を塗り固めたような赤黒く脈動する剣。
近づくだけで不吉な予感がする。だがそれだけではない。
「今の……俺の力を、吸収したのか」
「あのお嬢様との戦いで使ってたな。相手のエネルギーを吸収する技、だったか?
悪いがそりゃお前だけの専売特許じゃねぇんだわ。世界は広いんだぜ? クソガキ」
俺の中で男の危険度が数段跳ね上がる。
見た時点で強敵だとは分かっていたが、剣を合わせたらそれ以上だった。
この相手は、恐らく今の俺より……
「リリ。……俺はあの男との戦いに集中したい。だから」
「うん。ティグルの背中はリリが守るよ。他の誰にも邪魔はさせない」
「ありがとう。一緒に戦ってくれ」
「泣けるねぇ〜。素敵な友情ごっこだ。見てるこっちが恥ずかしくなってくるよ」
周囲の黒づくめが一斉に剣を抜く。
今生で未だ経験したことのない、濃密な殺気に包まれる。
「そんな青臭いガキが未来を失って、絶望する顔が好きなんだ。……興奮しちまうなぁ、お前らがどんな顔してくれるのか、今から楽しみだ――!」
そして長く濃密な、殺戮の一日が幕を開けた。




