第21話 一人じゃない
(三人称視点)
「【極点:孤月】」
それは流れ星というには、あまりにも苛烈で暴力的であった。
初めて見るティグルの剣術。それは今までリリが見てきた剣術の中で、最も頂に近いものであった。
剣を学び始めて間もない彼女ですら本能的にそう理解してしまう程の、神業。
「す、ごい……」
いつか味わった、自身の価値感を粉々に破壊し、魂が震え上がる程の衝撃。
無意識に溢れたその呟きには、純粋な驚きと感動が込められていて。
さっきまで身体を縛り付けていた恐怖が消え去っていることにすら、気づいていなかった。
(あの女の騎士さんの剣術もすごかった……けど、今のティグルの剣術は、もっとすごかった……!)
――リリの恐怖は、理屈でどうにかなるものではなかった。
だからこそ理屈ではない、“憧憬”こそが恐怖を塗り替えられる。
かつて魔物に殺されかけた死の恐怖を、初めて見た剣術が塗りつぶしたように。
敗北によって植え付けられた恐怖も、ティグルの剛剣が塗りつぶしてしまった。
(知らなかった。こんな……こんな剣術があったなんて。極めた剣が、あんなに綺麗だったなんて!)
その景色は憧憬となり、リリの心に決して消えない夢を焼き付けた。
リリを縛りつける恐怖が、圧倒的な“現実”に塗りつぶされたのだ。
そして、彼女の心はティグルの剣で埋め尽くされて、恐怖が介在する余地など欠片もなくなった。
リリはティグルの剣に、夢中になっていた。
(どれだけ時間をかけたんだろう。どれだけ修行を重ねたんだろう)
……憧れとは、時に無尽蔵といえる程の活力を生み出す。
自分の価値感を一変させ、人生を激変させた存在に憧れ『真似したい』と思うのは、生物として自然なことだ。
リリは生まれた時から、そうして憧れの星を追いかけてきた。
そして今、天上から落ちてきたティグルという流れ星が、目の前で戦っている。
(リリも、ああなりたい……)
そしてその星は、リリの新たな道標となる。
(あの憧れに、天上の星に、リリも追いつきたい)
彼女がかつて見た、追いかけるべき夢の流れ星。
恐怖で黒く塗りつぶされていたそれを、彼女は再び思い出した。
以前よりも明るく、燦然と輝くその極点を、リリはもう二度と見失わない。
(……不思議。この星を追いかけたい気持ちに比べたら、)
リリが立ち上がる。
翅を広げ、指先にまで力が行き渡る。
(トラウマなんて、ちっとも怖くない)
心と身体が合一となる。
翠緑の瞳に、確かな決意の光が灯る。
身も心も軽くなって、どこまでも飛んでいけるような気がした。
――多様な魔術攻撃が、ティグルとリリに迫る。
彼女は現状と、自身がやるべきことを把握し、己が剣の柄に指を掛けた。
“できるの?”
その指先に、追い越した過去の自分が縋り付くのを感じた。
“また負けて、挫折して、ティグルも見失うかもしれないよ?”
「――――」
心の内に沸いたそんな弱音を、
「大丈夫。もう一人じゃないもん」
リリは優しく斬り払って。
二人で買った、空色のサーベルの柄を撫でた。
彼女を縛る枷は、もう世界に存在しない。
◆
――そして、時は現在へと舞い戻る。
「――【星流し】」
一瞬の出来事だった。
うずくまっていたリリが飛び立ったかと思うと、その空色のサーベルで迫る魔術を全て弾き、あらぬ方向へと吹き飛ばした。
遅れて着弾した魔術が、辺りを破壊し轟音が鳴り響く。
「なっ――」
驚愕する貴族たち。そしてそれは、ティグルも同様。
目を見開くティグルの前に、妖精は静かに降り立つ。
「ごめんねティグル。心配掛けちゃって」
「リリ……」
「でももう大丈夫。リリも戦えるよ」
そしていつも通りの元気な笑顔で、空色のサーベルを構えてみせた。
それだけで、ティグルには十分だった。
(リリに何が起きたのかは分からんが……表情を見ればわかる。別の感情で恐怖を乗り越えたか)
「わかった。だが、あいにく俺は誰かと組んで戦った経験がなくてな」
「じゃあ、リリは魔術をなんとかするね。それ以外はティグルに任せていいかな」
「――ああ、役割分担だな。それで行こう」
剣術を見るのは、互いに初めての二人。
にもかかわらず、互いに背中を預け合うことを難なく受け入れた。
阿吽の呼吸。剣鬼と妖精の共闘が成立する。
「なんだあの妖精……戦えないんじゃなかったのか!?」
「あれだけの魔術を一瞬で……クソ、第三射を用意しろ!」
「おい……あの二人相手に俺たち、本当に勝てるのか?」
一方、貴族たちの間には明らかに動揺が広がっていた。
必殺と思われた一撃を、難なく退けられたのだから無理はないが。
「【極点】」
そして、それを大人しく見ているティグルではない。
閃光と化したティグルが、凄まじい速度で彼らに肉薄する。
「さて、そろそろ決着をつけようか」
誰も反応できない。
敵陣の真ん中で、次々と敵を薙ぎ倒していく。
攻撃を躱し、防御を貫き、峰打ちだけで冗談のように人間が吹っ飛ぶ。
既に貴族達の人数は、半分を割っていた。
「や、やばい! こいつ止められねぇ!」
「チッ、魔術を使え! 多少巻き添えにしても構わない!」
リーダーの男の指示によって、貴族を巻き込む威力で魔術が放たれる。
魔力の奔流が彼らを呑み込もうとする直前、ティグルは思わず笑みを浮かべた。
「そうか、これが誰かに背を預けるという感覚か。悪くない」
――魔術と彼らの間に、小さな影が割り込んだ。
妖精騎士リリ。彼女の持つ空色のサーベルが、魔力を纏って淡く輝く。
「【星流し】」
魔力に干渉する技術。ティグルの【朧斬り】と同じ原理。
まるで竜巻に吹き飛ばされたかのように、魔術が霧散する。
「は!? またコイツ――」
「怯むな! そこの妖精を狙え!」
魔術が通じないと見るやいなや、貴族はリリを狙う作戦に切り替えた。
人質にでもするつもりだろう、と考えつつも、ティグルはリリの剣術に驚嘆を露わにしていた。
(リリの剣術は初めて見たが――まさかこれ程とは思わなかった。
間違いない。彼女は天才だ)
……殺到する貴族達の武術を、舞い散る木の葉の如くひらりと避けていく。
それだけではない。迫る攻撃を剣で受け流し、別の方向へ逸らしているのだ。
(あの剣術は紛れもない“柔剣”。俺の剛剣とは対を為す、受け流しに特化した技術)
そしてリリにかまけて隙だらけになった貴族達を、ティグルが容赦なく薙ぎ倒す。
二人は未だ傷一つ負っていない。
(妖精族は成長しない。つまりあれは筋力ではない。
彼女が身につけた技術、それだけであの剣術を成り立たせている)
純粋な技術によってのみ振るわれる剣。
軽さに特化したサーベルを使うとはいえ、あそこまで自在に動ける使い手が果たしてどれ程いるだろうか。
(常人には不可能、俺でさえ真似できないだろう。あの翅で飛び回る戦法も相まって、きっと同じ芸当ができる剣士は他に存在しない。
まさに彼女にしかできない天性のセンス、神業と言っていい!)
リリがティグルの剣に夢中になったように。
ティグルもまた、リリの剣術に惹かれていた。
(誰から教わるでもない、見様見真似であそこまで辿り着いたのだ。妖精という種族の軽さと特性を活かした、柔剣の天才!
これほどの逸材は前世でもお目にかかれなかった。あの男に匹敵する天才やもしれぬ)
弾き、受け流し、力をいなす。
くるくると飛び回るその様はまるで妖精のダンス。
彼女の踊りに、誰の手も刃も届かない。
「無駄だよ貴族さん。今のリリ、無敵だよ」
「クソったれ! なんで攻撃が当たらない……!」
「おいヤバいぞ! もう前衛がほぼ残ってない」
「は!? 俺たち魔術専門だぞ!? 前衛なしで剣士二人を相手にすんのか!?」
(素晴らしい……! リリはきっと将来、歴史に名を残す剣豪となるだろう。
いやそうなるよう俺が鍛え、磨き上げる。
そしていつか共に剣を合わせ、共に頂点へと登りつめたい!!)
思いがけず見つけてしまった、才能の原石。
ティグルもまた、己の夢を追い求めて笑みを浮かべる。
夢想者が二人。動機と覚悟が違う。
二十人近くいたはずの貴族は、もう殆ど残されていなかった。
「なんだよこれ……なんで俺たちが負けてる!?」
「俺たちは貴族だぞ!? こんなことをしてただで済むと思ってるのか!?」
「フィレム様が黙っていないぞ……!」
「何とでも吠えるがいい」
そして前衛が全滅し、残すは魔術師のみ。
騎士の中でも魔術に特化した彼らは、近接戦闘は不得手だ。
「今更貴族など怖くはない。俺たちの道を阻むのなら、誰であろうと打ち倒すのみ」
「リリはリベンジ大歓迎だよ!」
そして、二人揃って剣を振るって。
数分後には、彼ら以外に立っている者は誰もいなくなった。




