第2話 新たな人生
(一人称視点)
「今の、記憶は……」
頭がズキズキと痛む。視界がぼやける。
けれど今見た光景は、はっきりと覚えている。いや体験と言うべきだろうか?
孤独に生きたある男の生涯。あれが夢ではなく実際にあった現実であると、俺は確信していた。
「なら、今の俺は何なんだ……? どう見ても今の体は、あの老いた体じゃない」
咄嗟に自分の体を見やる。
皺も筋肉もない、まだ未熟な少年の肉体だった。
右手には剣が握られていた。……そうだ、思い出した。
俺は日課の素振りをしようとして、突然立ちくらみがして倒れたんだ。
そしてあの記憶を思い出した。俺と俺、二つの記憶と人格が混じり合っている。
「どちらの俺も紛れもなく本物だ。ならばこれは、転生……生まれ変わったとでも言うのか?」
そうとしか考えられない。転生だなんてただの与太話だと思っていたが。
前世の俺と今世の俺の記憶には、いくつかの共通点が存在する。
年代、地形、歴史など。偶然の一致とは考えづらい。仮に生まれ変わりだとしたら、前世から恐らく数百年は経過している。
「確かにあの時、やり直す機会を切望していた……けれど、まさか本当に?」
今の俺には健康な体と、若さという膨大な時間が残されている。
あの後悔ばかりの晩年とは比べようもない程に、理想的な環境を得たのだ。
ならば、次に俺の為すべきことは何か?
「――剣の頂を目指す」
自然と言葉に出ていた。
もう後悔はしたくない。自分の心に嘘はつかない。
かつて俺は孤独を望んだにも関わらず、それを生涯貫けなかった。
認めよう。俺は人との関わりに飢えていた。
なら、今世は違う生き方を歩もう。
「今度こそ俺は最強になる。前世とは違う生き方で……孤独を貫くのではなく、他者と交わり競い合い強くなる。あの青年のように」
死んで生まれ変わっても、最強になるという俺の野望の火は消えていない。
俺の剣を歴史に刻み、今度こそ誰からも認められる最強の剣士となる。
それが死んでも変わらない、俺の存在証明だ。
「……せっかく生まれ変わったというのに、考えることは結局同じか。思ったよりも俺は、剣の虜になっているようだな」
決意を固める一方で、俺は思わず苦笑してしまう。
目標と道筋がはっきりしたからか、前世よりも俯瞰的に自分を見れている気がする。
心身合一、思考も感覚も明瞭だ。この身体の具合も確認したいし、さっそく剣を振るってみるとしよう。
「――どうしたの!? 大丈夫ティグル!??」
と、考えた矢先。俺に向かって駆け寄ってくる、一人の女性を捉えた。
彼女は今生の俺の母親……イルマ・アーネスト。
俺の叫び声を聞いて慌てて家から飛び出したのだろう。顔を青くしてこちらを見ていた。
「どこか怪我をしたの!? 一体何があったの!」
「……大丈夫だよ、母さん。ちょっとめまいがしてびっくりしただけなんだ」
一瞬悩んで、俺の前世のことは伏せておくことにした。
彼女は少し過保護な所がある。余計なことを言えば混乱を招くだろう。
俺の正体についてはひとまず、心の中だけにしまっておく。
「そうなの? てっきり剣でどこか怪我をしたものだと……」
「本当に大丈夫だよ母さん。もう落ち着いたから」
「そうね……? でもちょっと別人みたいに、落ち着き過ぎな気もするけれど……?」
「き、気のせいだよ。とにかく大丈夫だから、俺は剣の練習を続けるよ」
俺の体に怪我がないことを確認したのか、イルマは安堵の表情を見せた。
……あぁ。こうして人に心配されるというのは、いつぶりの出来事だろうか。
無償の愛を与えてくれる人がいる。これが家族というものなんだな、ティグル。
前世と違い、今生には家族がいる。
ならば俺もそれを大切にしよう。剣士でなくとも、人との繋がりは今の俺に必要なものだ。
それを実践することが新しい人生を歩むための、第一歩となる。
「もう、お父さんに似て剣が好きなのはわかるけれど、怪我だけはしないように気をつけるのよ?」
「……ありがとう、母さん」
「え? 突然どうしたのティグル?」
「い、いや、なんでもないよ」
……その一歩目はなんだか気恥ずかしくて、誤魔化すように俺は素振りを再開するのだった。