第18話 虎の尾を踏む
「……何の用だ」
リリを庇える立ち位置に移動する。
フィレムの取り巻きだった貴族連中。さっきの模擬戦とは違い、どこか剣呑な雰囲気を感じ取ったからだ。
奴らからの返事はない。
代わりにリーダー格の男が指を鳴らすと、各々が自分の武器を取り出した。
模擬戦の練習用の武器ではなく、人を殺せる本物の武器を。
「……ひっ」
側のリリから、怯えの声が漏れ出る。
その様を見て機嫌を良くしたのか、リーダー格の男がにたりと口元を歪めた。
「そうそう、その顔だ……本来平民ってのは、俺たち貴族を見たらそういう顔をすべきなんだ」
「理解が追いつかないな」
「だろうな。だから見苦しいんだよティグル・アーネスト。お前らみたいな平民が貴族に刃向かったり、あまつさえ頂点になれるかもしれない、だなんて思い上がる様を見ているのは」
恍惚の表情から一点、俺に対して憎悪の表情を向ける男。
「それは悪かった。で、今からその武器でどうするつもりなんだ?」
「寝ぼけてんのか? お前らを再起不能にするために決まってるだろ。二度とフィレム様の前に出てこれないようにな」
どうやら冗談の類ではないらしい。
彼らの敵意と殺気は本物だ。集団で俺たち二人を痛めつけようとしている。
「さっきは油断したが、今度は魔術も使ってやる。そこの妖精共々たっぷり後悔させてやるよ」
「……俺はいい。だがなぜリリまで狙う?」
「あ? フィレム様の命令だからに決まってるだろ」
バカにしたような顔と口調で、貴族の男は真相を語ってみせた。
「今日編入したばっかのお前は知らねえだろうが、そこのバカ妖精は今まで、何度もしつこくフィレム様に決闘を申し出てたんだぜ?
まったく身の程知らずにも程がある。フィレム様がお前みたいな羽虫の相手をするわけないのにな」
「っ」
リリの表情を見る限り、彼らが言った内容は本当のようだった。
そうか、彼女たちのさっきのやり取り。二人は顔見知りのようだったが、そういう事情だったのか。
「断っても断ってもしつこくまとわりつくもんだから、フィレム様も鬱陶しそうにされていたぜ? けど害虫駆除にフィレム様の手を煩わせる訳にもいかない。だから俺たちがこうして駆除しにきたってワケ」
「リ、リリは……ただ、どっちの方が強いか決めたかっただけで――」
「それ自体が不敬だって言ってんだよ。貴族と平民を比べるなんざ烏滸がましいし、ましてや決闘なんざあり得ない!
貴族が上で平民は下! 戦うまでもなく結論は出てんだよ」
「……!」
その言葉を聞いて俯くリリ。
調子づいた貴族たちが好き勝手にリリを罵倒する。
「まあそのしつこさだけは認めてやるけどな? なんせ手足をもがれてもまーだ懲りてないんだからよ。さっきフィレム様に話しかけてた時には正直呆れたぜ」
「妖精ってバカだから学習しないんでしょ。つーわけで今日は徹底的にやるから。今度こそ二度と剣が握れねぇようにな」
「もちろんティグル、てめーもだ。お前もそこの羽虫みたく反抗的なのはわかったから、この機会にきっちり上下関係を叩き込んでやるよ」
「これからもこれまでも、学園の頂点はフィレム様のものだ。その邪魔をする奴は学園から叩き出してやる」
――。
――――。
「リリ、下がっていろ。奴らの相手は俺がする」
俺は剣を抜いた。
彼らの言い分は聞いたが、やはりその価値観は理解できない。
剣術とは、武とはそんなものではない。身分の違い程度で戦う機会すら与えられないなど、あっていいはずがない。
そして彼らは自身の価値観を武力で押し通そうとしている。
ならばこちらも武で応えるのみ。
「安心してくれ、殺しはしない。骨折くらいはさせてしまうかもしれんが」
「はぁ? 人数差わかってんのか? 前より人数も多いし、本物武器も魔術もある。編入したての平民が勝てる訳ないだろ?」
「やっぱ平民ってバカだわ、この程度の簡単な事実もわからないなんてな」
今のはお前らに言った訳じゃないんだがな。
リリの方に視線をやる。顔は青ざめ、その手は震えていた。
「ティ、ティグルだけじゃ危ないよっ! リリも一緒に――」
「リリ。無理はするな。急がなくてもいい」
声を震えさせながら、それでも健気に剣を取ろうとする彼女を、優しく止める。
薄々気づいてはいたが、やはり彼女はトラウマを完全に払拭できてはいない。
模擬戦と違い、本物の武器を向けられるとダメなのだろう。
恐怖とは理屈ではないのだ。時間が掛かることは承知済みだった。
「これから始まるのは本物の戦いだ。十全に実力を発揮できない今のリリでは、入り込む余地はない。……なに、一人で戦うのには慣れている。リリは下がって見守っていてくれ」
「う、うぅぅっ……!」
ぽろぽろと、大粒の涙を流してしまうリリ。
一番辛くて苦しいのは、彼女だろう。
そんな彼女に対して俺ができるのはこれくらいだ。これくらいしか思いつかない。
嗚呼、剣だけしか能のない我が身が口惜しい。人より多くの生涯を生きて、どうして少女一人救えないのだ、俺は。
「――っぶ、ぶはははっ!!」
そして。
苦しむリリと俺の耳に、そんな笑い声が聞こえた。
「見ろよあの羽虫、ビビってやがるぜ!? あれだけフィレム様に啖呵きっておいてこの有様かよ」
「だっせー。へたれ妖精はさっさとお山に帰りな」
「もはや剣士失格だろ。もう学園にいる意味ないからさっさと退学すれば?」
……そうか。
彼らはきっと“敗北”を知らないのだな。
恵まれた環境、恵まれた地位。
何ら苦労することなく育ち、歪んだ価値観を違和感も抱かずに呑み込んでしまう。
だからリリのように敗北から立ちあがろうとしているものを、こうも簡単に侮辱できてしまう。
「貴様らに一つ、言っておくことがある」
ならば、俺が与えよう。
彼らの価値観を破壊し、二度とこんな口が聞けないようになる程の、圧倒的な敗北を。
「俺を侮辱するのはいい。実際俺が世間知らずなのは自覚している。至らぬ点があれば叱責してくれる事自体は、感謝の念すら抱いている」
「ハァ?」
人は敗北してこそ成長する。
俺自身がそう学習したのだ。彼らが真に俺より優れているのなら、きっと同じように学習するだろう。
「だが……だが。リリを侮辱するのは、断じて許容できない。故にお前らを叩き潰す」
そして俺が剣を抜いたもう一つの理由は、これだ。
俺だけを侮辱したのなら、適当に撒いて終わりだったろう。
だが貴様らは、俺だけでなくリリも侮辱した。
心底、苛立った。こんな気分は生まれて初めてだった。
「随分肩入れするじゃねーか。思えば授業中もずっとくっついてたな、そんなにその羽虫が気に入ったのか?」
「ティグル……? どうしてそこまで、リリの為に……」
「友達だからだ」
リリが目を見開く。
さっきリリが言いかけた言葉を、俺ははっきりと告げる。
俺は友達の作り方をよく知らない。
だが友達とは、こういう場面で使う言葉なのだろう?
「“友達は大事にするもの”。それくらいは俺でも知っている。だから友達を侮辱した貴様らには、俺が敗北を味わせよう」
「威勢だけはいいな平民っ! いつまでその友達ゴッコが続くか見物だなァ!?」
貴族共が魔術を発動する。
そして俺は模擬戦で使わなかった、【極点】を解禁した。
足元の石床が、ひび割れる。




