第15話 模擬戦という名の集団暴行
「模擬戦か、いいぞよしやろう」
俺とリリの前に近づいてきた生徒達。
気になる態度ではあるが、戦いを申し込まれたとあっては断るわけにはいかない。
「ただ先約が居てな、リリとの戦いが終わるまでは待ってもらいたいのだが――」
「あん? 俺らよりそこの妖精との約束が優先か? 俺たちは貴族サマだぞ?」
「やはり貴族だったか。ではリリと戦っている間にそっちの戦う順番を決めてくれないか?」
「喧嘩売ってんのかテメェ……」
集団のリーダー格らしき男が青筋を立てている。どうやら先着順ルールに納得できないらしい。
だが確かに一理ある。彼ら全員と模擬戦をする時間はおそらくないだろう。先着順ではどうしてもあぶれてしまう。それは俺としても不本意だ。
……そうだ。閃いたぞ。
「じゃあ全員で戦おうか」
「は?」
「一対一では時間が足りないからな。全員で俺に掛かってくるといい。これなら文句ないだろう?
あ、もちろんリリも一緒に斬り掛かってきていいぞ」
「ええぇ……?」
困惑するリリと青筋を立てている貴族たち。
なんか思ってた反応と違う。
「……上等だよ。テメェのその舐め腐った態度、後悔させてやる」
「お、受けてくれるか。やはり戦士とはそうでなくては」
「ティグル、すごくめちゃくちゃなこと言ってるよ?? ほんとに大丈夫??」
「心配するなリリ。俺は多分そこそこ強いぞ」
各々が木製の武器を取り出し、俺も木剣を構える。
待ちに待った、同世代の騎士達との戦いが遂に始まった。
「愚かな平民に俺たち貴族の恐ろしさを刻みつけてやるよ……!」
◆
(三人称視点)
(――ちょっと目を離した隙に大乱戦になってるー!!?)
新人教師マルル・フレイヤは内心で戦慄した。
彼女の目の前では、編入してきたばかりの生徒、ティグル・アーネストが貴族達にタコ殴りにされていた。
(何がどうしてこうなったの!? 私一対一って言ったよね!?
しかもあれって、フィレム・ユーウェインの取り巻き貴族達だ……!)
マルルがこのクラスを受け持って数ヶ月経つが、彼らに対する評判はお世辞にも良いものではなかった。
平民を公然と侮辱する態度。貴族としての格が上ならば、教師相手でもそれは変わらない。
そして何より、この学園の悩みのタネである、ユーウェイン公爵家の一派なのだ。
(もしかして『身の程を思い知らせてやろう』とか考えて貴族達の方からティグル君に絡んできた……!?)
マルルの予想は当たっていた。
ガリウス・ガーランドを倒し、最強の剣士になると宣った平民。
貴族至上主義の彼らにしてみれば、ティグルは実に不愉快な存在だろう。
そしてマルルが目を離した隙を見計らって、ティグルに模擬戦という名目でちょっかいを掛けたのだ。
この学園での平民の立場を思い知らせるために。
(と、止めないとっ! いくらティグル君でもこの人数差じゃ――)
マルルはティグルの実力を評価はしているが、あくまでそれは常識の範疇での話だ。
人数差というのは、単純かつ圧倒的な戦力差を生み出すことを彼女は知っている。
せっかくリリが復帰してくれたというのに、このままではティグルが不登校になってしまう。
それを危惧した彼女は魔術を発動させる為の杖を取り出そうとして、目の前の光景の違和感に気づいた。
「あれ……? 全部捌き切ってる……?」
大人数の貴族に囲まれながらも、ティグルは一切のダメージを受けていなかった。
◆
(一人称視点)
――これは楽しいなぁ!!
「クソがっ、なんで攻撃が当たらねぇ……!」
「もっと距離詰めろ! 次こそ逃すんじゃねーぞ」
「こいつ、ちょこまか動きやがって!」
「どこ狙ってんだ下手くそ!」
貴族達の口汚い罵声も気にならない。戦場ではその程度当たり前のことだからだ。
剣の振り下ろしを、一歩横に逸れることでかわす。
槍の突きを、剣で打ち払うことでいなす。
大剣を、棍棒を、槍斧を、逸らして受けてぶつけて防ぎ切る。
「どうした。まだ一発も俺は当たってないぞ」
「この、平民風情がッ」
この模擬戦が始まってから、俺は一度たりとも攻撃していない。
俺とて戦力差くらいは見ればわかる。俺が攻撃に移ればすぐに終わってしまうだろう。
せっかく誘ってくれたのにそれでは味気ない。そこで俺は一切攻撃せず、防御に専念することにした。
「こんな奴魔術があれば!」
「模擬戦は魔術禁止と先生が言っていたぞ。文句を言う前に打ち込んでくるといい」
「うわっ、おい邪魔するなよ、俺に攻撃が当たるところだったぞ!」
「敵を囲んでも油断するな、相手がこうして同士討ちを狙ってくるかもしれないからな」
「こいつ後ろに目でも付いてんのかっ」
「魔力と空気と影で大体わかるぞ。もう少し動きを隠して攻撃するんだ」
一つ一つ問題点を見つけては、俺のできる範囲で指摘していく。
基礎はできているがまだまだ未熟。俺と真剣勝負できる域には達していない。
ならば俺が彼らを引っ張るべきだろう。より武術の高みへと。
剣の道とは違えども、同じ武人の先達としてはこのくらいはしなくては。
「しかし想像以上に楽しいな! 他者に物を教えるのがこんなに面白いとは!」
「何ヘラヘラ笑ってんだテメェ!! ぶち殺すぞ!!?」
怒られたので俺は笑顔を引っ込めた。
確かに一方的にやられている相手に笑われたら不愉快か。
相手の気持ちをもっと考えなくては。反省。
「す、すごい……囲まれてるのに全部の攻撃を捌いてる!」
チラと視線をやると、リリは囲みの外で戦いを呆然と眺めていた。
前世では数百の魔物の群れに一人で突っこんだこともある。この程度の包囲攻撃など問題にならない。
リリも貴族達と一緒に参加してくれていいのだが。遠慮してくれているのだろうか。
無理強いする訳にもいかないし仕方ない。彼女の剣術はまた後で見せてもらうとしよう。
「それにしても……」
攻撃を踏んで飛んで弾いて躱わして、あることに俺は気づいた。
彼らの武器は多種多様だが、剣術使いは特に多い。
そしてその攻撃には、一定の法則性がある。
「その剣術。“柔剣術”だな。どこで習った?」
「うるせぇ! さっさとくたばれイカサマ野郎!!」
「ちょっとくらい会話してくれよ……」
返事は貰えなかったが、既に俺の中では確信を抱いている。
彼らの多くが使っているのは“柔の剣術”。
俺の得意とする“剛の剣術”とは、対を為す剣術である。
……俺を負かしたあの青年も、柔の剣術を得意としていた。
「その剣術は“受け流す”事に特化したものだ。いわばカウンター向けだな。闇雲に攻撃するだけでは活かしきれないぞ?」
「黙ってやられてろゴミクズ!!」
「さっきから暴言がキツすぎないか?」
ここまで大勢が柔剣術を使っていることを見るに、おそらく柔剣術を得意とする剣の流派が存在するのだろう。
そしてアヴァロン王国ではそれが大きな勢力を持っている。
反対に俺のような剛剣術の使い手は少ない。あれは体格を活かした技術だから、向き不向きがあるのはある程度仕方がないが。
俺やガリウス先生の方が少数派なのだろう。
成程、これが現代の剣術の趨勢という訳か。面白い。
「少数派の剣術が頂点に立つ……。悪くないな、俄然やる気が出てきたぞ」
「さっきからテメェ何をブツブツと――」
その瞬間、校舎の方から鐘の音が響き渡った。
授業終了の合図だ。ピタリと貴族達の動きが止まる。
「……残念。今日のところはこれで終わりか」
「平民風情が、いい気になるなよ……!」
リーダーの少年が捨て台詞を吐く。ぜえぜえと息が上がっていた。
「ハァハァ、テメェは、少しはやれるみたいだが、所詮あの方には届かない……」
「――ほう」
「いいか平民、平和に過ごしたかったら、俺たち貴族に逆らうんじゃねぇ。それが平民なりの、賢い生き方だ……」
「わかったまた戦ろう。そうだ、今日の放課後一緒に鍛錬でも――」
「死んどけ。行くぞお前ら!」
そう言って疲労困憊といった様子で、彼らは去っていった。
とても有意義な時間だった。また是非戦いたいものだ。
「しかしなぜ彼らは俺の所に来たんだろう。リリの知り合いだったりするのか?」
「違うけど、知ってるよ。あの貴族さん達」
最後まで参加しなかったリリが、小さな声で俺に教えてくれた。
「フィレム・ユーウェイン。一年生で……ううん、多分この学園の生徒で一番強い人間さん。あの貴族さん達は、いつもその人間さんの周りにいる人達なんだ」
「フィレム・ユーウェイン……」
この学園最強の生徒。
その言葉を聞いて俺の脳裏にふと、赤い髪の少女が浮かび上がった。
編入試験の際、こちらをじっと見つめていた彼女。
もしかすると彼女こそが、フィレム・ユーウェインだったのだろうか?
「ならばいずれ俺が倒すべき相手だな。最強の剣士になるからには、まずはこの学園の頂点に立つ所からだ」
フィレムはきっと近い将来、俺の前に立ちはだかるだろう。
ならば急ぐことはない。彼女の正体などいずれわかることだ。
己の内の野望が燃え盛るのを感じつつ、俺はグラウンドを後にした。
◆
――急ぐことはない、と思っていたのだが。
思ったよりも早く、答え合わせの瞬間はやってきた。
「…………」
「…………」
紅蓮の髪と瞳。見る者に気高き雌獅子を想起させる少女。
フィレム・ユーウェインが、俺の前に立ちはだかっていた。




