入学式遅刻!?
俺は一条北斗、春休みをまったり怠惰に過ごしている元中学生だ。元、とつけたのはまだ高校生にはなっていない微妙な時期だからだ。
つい先日卒業式を終え、俺は晴れて義務教育から解放された。中学校を卒業した者は就職と進学のどちらかを選べるが、大半は進学を選ぶ。俺もそうするつもりだ。
もう入試には受かって無事に学校が決まっているので、こうして春休みを楽しんでいるわけだ。普通の奴なら友達と思い出を作ったり話したりして春休みを過ごすのだろうが、生憎と俺はそんな相手はほぼいない。
断じて全くいないわけではないが、そいつらともそんなしょっちゅう話さないので今はこうしてネットサーフィンに励んでいるわけだ。サーフィンとは言っても、俺が訪れるサイトはチェスの対戦ができる『Chess.cod』くらいしかないが。これは自慢になるが、俺は実は世界五本指に入る強さだ。さて、今日も敵を嬲っていくとしますか。
マッチングを待ちながらしばし画面を眺めていると、程なくして対戦相手が見つかりゲームが始まった。俺が白番つまり先手だ。序盤のセオリーに沿ってお互いの駒組が行われ、相手が定跡を外してきた。定跡は序盤の最善とされる手ではあるが、お互いに深くまで研究をしていた場合一向に戦いが始まらないことも多い。そのため、あえて外すことがある。まぁここまでで見ると典型的な相手だな。
「――来たか」
相手のビショップ、将棋でいうところの角行が俺の駒が効いているマスに突っ込んできた。そしてその手は、戦闘の始まりを告げていた――。
10分以上にもわたる激戦の末、立っていたのは白の、つまり俺の王様だった。そしてすぐさま、王様を次の戦場へと向かわせる。戦場を転々とさせるのは申し訳ないが、俺のために我慢していただこう。
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そんなチェス漬けの毎日を過ごしていたら、いつの間にか入学式の当日の朝になっていた。悲しいかな、俺は準備を全くしていない。終わった。
「死ぬ―!!」
俺がそう叫びながら部屋を走り回っていると、玄関のチャイムが鳴った。仕方なく
「誰ですか?」
とモニター越しに言った。こんな時間に来る奴は1人しか…、
『もしもーし、北斗?行く時間だよー?』
でしょうね。おまえくらいしか俺の部屋に来たことないもんな。
「立花か。先に行っててくれ。間に合いそうにない」
『高校デビューっぽくそのクソ怠惰な性格は直さないわけ?』
「もちろんさ。直したところでメリットは1つもない」
『ハァ、またいつもの言い訳ね。じゃ、お先に』
スタタタと走り去る音をモニター越しに聞いてから俺はぼそっと呟く。
「入学式に遅刻するなんていないだろうに」
ちなみにさっきのは守屋立花という俺の女友達で、小学生からの付き合いだ。どんな縁か知らないが、学校ではすべて同じクラスになっている。
さ、そろそろ学校に向かおうか。俺はすぐに制服に着替えると、リンゴを口にくわえながらローファーを履き、外に出て鍵をかけて歩みだす。
今日は入学式ということもあってかとても背中が軽やかだ。
立花は自転車通学で時間的に困らないだろうが俺は徒歩通学であるためこのままだと遅刻するかもしれない。そのため少し早歩きをして向かう。早歩きを始めて少ししてからスマホを開くと7:40を示していた。立花のやつ結構急いでそうに見えたが、8時より前じゃないか。俺は登校時刻の門限を知らないがおそらく8:30前後だろう。ならゆっくり歩いて行っても大丈夫そうだな。
かれこれ空想にひたりながら歩いていると校門が見えてきた。スマホの時刻は8:28を示している。校門を抜けると校舎のようなものが見えてきた。そこで俺は足を止めて、学校側から配られていた案内図をズボンのポケットから取り出し、校舎を目指し歩き出した。
ていうかこの学校広すぎるな・・・。新1年生の校舎まで2分以上かかるじゃないか。そして人がやけに少ないな。まあ後から来るんだろう。俺はまた歩みだした――。
校舎に入りしばらく歩いたが、残念ながら生徒の姿を見つけることはできなかった。いったいどこへ行ったのやら・・・。少々不安を抱きつつも俺は教室に何とか到着し、_____俺は怪奇現象を見た。
「え?誰もいない?」
生徒で溢れかえっているはずの教室には誰一人として人がいなかった。流石に怖くなってきたぞ。
俺は確認のためスマホの設定を開き、タイムゾーンを確認する。そして――、
「マレーシア時間じゃねぇか」
マレーシア時間は日本時間より1時間遅い。そのため今俺のスマホに表示されている時刻8:31は現在時刻ではなく、現在時刻は9:31ということになる。
生徒が誰もいなかったのは、すでに入学式の会場に向かっていたからか、、、、
「終わったな。初日から遅刻だよ・・・」
先生や生徒が帰ってきたら怒られるなり笑われるなりされるだろう。お先真っ暗な高校生活が始まりそうだ。
結局20分ぐらい陰キャ生活をどのように過ごすか考えていたところで声が聞こえ始め、次第に大きくなっていった。そしてその後すぐに教師を筆頭に生徒が入ってきた。髪を青にそめたやけにチャラそうな教師は俺を見るなり、
「あはは、俺も長いこと教職(4年)をやっているが入学式に遅刻した奴は初めてだぞ!」
「そうですか・・・」
教師の笑い声に続いてどっと生徒の笑い声が起きる。この高校は全国でもトップ5に入る超進学校だからみんな冗談とか聞いても何も言わないようなタイプなんだろうとか思っていたが、どうやらそうでもないらしい。
「それで、なんで遅刻したんだ?一条」
例の教師が不思議そうに問いかけてきた。この教師、入学式初日で生徒全員の名前把握してんのか。見かけによらず真面目な面もあるのかもしれないな。
って、今はそんなことを考えてる場合じゃない、なにか返さなくては。
正直に遊びでマレーシア時間に設定していたことをいうか?いや、だめだ、そんなことしたらみんなに馬鹿な奴だと思われて詰む…
「おおい?どうしたー?」
もういい。なるようになれ!
「スマホのタイムゾーンをマレーシア時刻にしていたんです、それで時間勘違いして遅れました…」
教師だけでなく、後ろに続く生徒たちからもどっと笑いが起こった。これ絶対馬鹿にされてるやつだ…終わったな、俺の高校生活…
みんな腹を抱えて笑っている。
そこまでか…?時間を間違えたぐらいで、別に面白くはないとおもうんだが…
次の瞬間、教師がみんなの気持ちを代弁するかのように言った。
「それにしても、入学式に一時間半遅れてきたうえに、カバンまでわすれてきた奴はさすがに前代未聞だろ…きゃははははは」
ん?カバン?
教師の笑い方がキモすぎることには気づかず、俺はゆっくりと周りを探した。
すぐに、席がわからないためカバンを席の横にかけたはずがないことに気づいた。
そして、いやな予感をいだきつつ_______________________というか教師の言葉でもう希望はなかったが、縋るように期待して肩にカバンがかかっていないか確認する。
当然、カバンはかかっていない。
頬がだんだん紅潮していくのがわかった。
そして、俺は過去最大級に赤面した。
教師はそれを察してか、
「まあいいさ。そんなこともある…ある?いや、ないか…うん、ないな!
ああいやまあ、とりあえずこの話は終わりだ、ささ、みんな席に着けー!」
と、フォローになってないフォローを俺に入れてきたのだった。
正直そこからの記憶は飛んでいる。さっきの出来事がショック過ぎて何も頭に入ってこなかった。
過去を悔やんでいても仕方ないので、俺は気を取り直して教師の話に意識を傾けた。
「で、ここからが本題だ。知ってるとはおもうが、うちの学校は入試の成績だけでクラスを分けない。今日これからみんなにはクラス分けテストなるものを受けてもらう訳なんだが、それと入試の成績を3;2の割合で評価し、総合的な結果でクラスを分けることになる。だから、今日ここにいるメンバーは同じクラスにならない奴のほうが多いぞー。ま、そんなとこだ。あ、11:00からテストを始めるから、5分前には座っとけよー」
クラス分けテストがあることは知ってはいたが、やっぱ変な高校だな。
入試の成績で分けたほうが二度手間にならないだろうに…
さて、どうしようか…
立花はめちゃくちゃ頭いいから超高得点を取るだろうが、10年も同じクラスというのも飽きてくるし、ちょっと低い点数取っとくか…
ふぁあ、それにしても眠い。昨日は趣味のデザートづくりの新レシピをいろいろと試していてあまり寝ていないから、いつもに増して眠い。まだ試験開始まで15分もあるし、少し仮眠をとるとしますか。
そして俺は深いねむりに落ちてしまった。
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目を覚ますと、シャーペンを走らせる無数の音と、教師の「あと10分ー」という声が聞こえてきた。
やがて寝起きの頭が動き出し、状況を理解した。
すぐに試験問題の表紙を確認すると、英語(80分)と書かれている。
まじか。一時間半も寝ちゃってたのか、俺。
だが、幸い英語は俺の大の得意科目だ。ただの手の運動だとおもうくらいには。
遅刻プラスカバン忘れという誰も経験したことのないであろう黒歴史を作ってしまったからには、「あいつ頭もわるいんだ…」みたいな展開になるのはぜったいに避けねばならない。10分全力で手を動かして、せめて平均点をとれるように頑張ろう。
10分後。10分間全力で手を動かしつづけた俺はなんとか4分の3ほどの問題を解くことができた。
書いた問題は全部正解できているはずだから、単純計算で7割5分の得点か。他のやつらは最後まで解ききっているだろうから、正答率も考えるとちょうど平均くらいだろう。
狙いどおりだな。睡魔にあらがえなかったのは予定外ではあるが。