頭の上の数字
レストランの中へ泳いで入店したエアリアルに、店内のお客達がわっとざわめきました。
時折小魚が通り過ぎていく程度でほとんど空っぽだった謎の水槽に、ようやく主役が現れたのですから当然です。
「3名じゃ!」
捕らえた若者を引きずって入店するや水路の中のエアリアルを指さし、叫ぶアンクに、店員達は慌てて水路側の豪華な二人席と、エアリアルの為の特別なメニューを用意しました。
幸いな事に特別なメニュー表はまだ埃をかぶってはいませんでした。
「さて、男よ、まず名を名乗ると良い」
「アリ……と……申します」
アリはすっかり縮こまっていました。
アンクはそのいかにもな「温室育ちのお坊ちゃま」といった風な見た目に対して、意外にも怪力だったのです。
レストランへ向けて引きずられる間、首を締め上げてくる腕に少しばかりの手心を求めようにもびくともしなかったのでした。
「ではアリよ、お前にはどのような奇跡を与えれば良い?」
「さ、さっきの金貨は……」
フン、とアンクが鼻で笑いました。
「ア〜リ〜?お前はもっと野心を持つべきじゃあないか?曲がりなりにも王族に目を向けられたのじゃ、後生出会えぬ幸運と心得よ!?そこは欲張れ!」
「い、いきなり言われても……」
「あの、ご注文は……」
「え?あ、マトンカレーで!」
「12番のミートソースコシャリ。それと200番の生鯖を彼女に。して、アリよ、どのような奇跡を望むのじゃ?」
「とりあえず……考えさせて下さい……」
「ふふ……苦しゅうない、迷え迷え……」
ニヤニヤとアリを見つめるアンクは、次に彼が何を言い出すのか分かりきっているようにエアリアルには見えました。
アリはしばらく沈黙し、重苦しく考え込む様子を見せ、そうこうしているうちに料理が来てしまいました。
運ばれて来たカレーをゆっくりゆっくりと食べる彼の表情は緊張した面持ちで強張ったりわずかにニヤついたりハッとしてうろたえたりと百面相していて、しかし、最後にはちらりとガラスの向こうのエアリアルを見て、それから一瞬、空の皿を前に待ちぼうけているアンクを恨めしげに睨みました。
そして、フッと短くため息を吐き、言いました。
「誰でもいいので彼女欲しいです……!」
「"非リア"なる者であったか」
「何が!悪いんです!?」
「いいや何も、俺も非リアじゃ、仲間じゃの」
「えっ……」
アリはエアリアルを再び見ました。
「では、その願い、手伝ってくれよう」
「待っ……あの……やっぱり」
アンクが指をパチンと鳴らすと、何か言おうとしたアリの動きが止まりました。
その時、アリは、激しいめまいと眠気のようなものに襲われていて、次の言葉を紡ぐ事も、目の前のアンクや食べかけのカレーを見る事すらも出来ませんでした。
そしてそれはすぐに終わりました。
「ん、あれ?どこだっけここ……」
「レストランじゃ」
船酔いでも起こしたような顔をしてうつろに周りを見回すアリに、アンクは一言答えました。
「あ、そうでした、ね……?……!」
アリは、アンクの頭の上に「5」という数字が出ているのを見ました。
「見えるか?この数字が」
「それは、一体……?」