エアリアル
明くる日、昼の砂浜には、たくさんの釣り餌を詰め込んだ買い物袋を手にしたアンクの姿がありました。
「おい、人魚!いるか?」
呼びかける叫び声には、風の音が答えるだけでした。
「……やはり夢でも見たのじゃ」
しばらくの間、答える声を待ったアンクは、立ち去る事を決めます。
その時、水が跳ねる音と、水中で泡を吹くような声が聞こえてきました。
「王子様!」
「!?」
「私はエアリアルですことよ!」
「……どこから漏れた?」
その事実は彼にとって、人魚との出会いが夢ではなかった事より、エアリアルが自分の名をむしろ誇りに思っていそうな様子より、はるかに大きな衝撃でした。
「我ら人魚には、水の記憶がなんだって教えてくれますのよ」
「記憶……?教えた……?そんな事が!?」
「ええ、街の川から流れてきた水に聞いたのよ。"若様に関しちゃさすが第四皇子様だぜ、お駄賃の量が違うんだ"と」
アンクは、五秒ほどのめまいを覚えました。
「お前、今、うちの道化の小便と話したと言ったのか?」
「大便だったかもしれませんわよ」
まるで「王様の耳はロバの耳」です。
驚き呆れて、アンクは少し後ずさりました。
「ああんそんなにおたじろぎにならないで?幻術を生業として建てられた大国の方こそなかなか際どいのではなくて?」
「そこ、まで、割れるか……」
アンクは唖然とするばかりでした。
しかしハッとして弁明します。
「いや待て我が国は幻術ほぼ関係無しに真っ当な建ち方しとるが?」
「幻術で大きく見せた見栄っ張りなお城と都でも?」
アンクは痛い所を突かれたとばかりに天を仰ぎました。
「……正直、女王からしてこの国の者は皆こう……金の使い方が狂っておるわな。費用のほとんどがいつか来る戦争用なぞ問題どころの騒ぎじゃないわ」
実は、この王国の王城の地下では、たくさんの高価な兵器が埃を被っているのです。
そこへ更にこれから埃を被る新品の兵器もどんどん詰め込まれているのでした。
「それで、今度その都に連れて行って下さるとか?」
「ははぁこやつめ本人より先に本題に入りおる……それなのじゃ、お前を車輪付けた水槽に入れて連れて行くか、いっそこの浜から街をつらぬき王都まで続く水路を作ってしまうか、お前のその化け物っぽい見目が残る程度に何かしらを海の魔女に捧げて足を生やしてもらうかの三択になるが」
「水路が欲しゅうございますわ!」
エアリアルは目をキラキラと輝かせていた。
「いつでも地上を出入り出来るという事でしょう?そんなの一択じゃありませんの!」
その一言から、アンクの父である領主へ話が通り、街にエアリアルの話が広められ……。
「……時に王子様、街の人達がまだあのチカチカを当ててきなさるのでまぶしくってかないませんわ」
静けさに満ちた夜、いつもの砂浜で、エアリアルはアンクへ気だるげに報告していました。
「撮影禁止としておるがのう、やはりなかなか減らんか」
そこでアンクがここぞとばかりに荷物から何かを取り出します。
「ほれ、ひとまずグラサンでもつけておくが良い」
と、説明も無しに渡されたサングラスを難なく着けるエアリアルを見て、アンクはもう驚きませんでした。
「本当に真っ暗になるのね……でも深海と違って安心するわ」
「ただでさえ暗いのにか?」
「ここには私を見ものにしたいだけの人間しかいませんもの、深海は危険だけれど。それにこれをつければ星が見えなくなってもっと落ち着くわ」
「本当は星が苦手だったのか?」
「月のある日はいいの。でも暗い夜にたくさんの星を見上げているとね、深い海の底で、私を餌食にしようとする大きな魚達の眼光に取り囲まれている気分になるのよ……」
「ふははは!奇想天外が過ぎるぞお前!ではそれは生涯大事につけておるが良い!」
それは、お礼のお土産を除けば、アンクからエアリアルに贈られた最初のプレゼントでした。