神童アリオンによるチート令嬢の育て方【名門ハーツ学院特待生アリオンの大誤算】
その日、僕は学院から渡された依頼書に指定された場所に来ていた。
「だからこれを見てください。学院から正式に発行されているものですから。それに学院から僕が来る事を事前連絡してあるはずなのでその確認をしてください」
正式な学院からの依頼書を持参しているにもかかわらず門番は何度説明しても首を縦に振らない。
「ふん。確かに学院から家庭教師を派遣してくるとの連絡はあったが、カリオスト子爵様のご令嬢に対してこのような者を寄越すとは考えられん」
もう、何度目か分からない問答に僕は正直うんざりしていた。
確かにこの門番の言っている事も理解出来る。僕は今年学院に入学したての十二歳になったばかりなのだから。
そんな僕に貴族令嬢の家庭教師なんて務まるはずがないという先入観は当然だろう。
――ハーツ学院。
十二歳〜十八歳が通う学院で勉学の他に貴族に必要な教育や魔法の使い方から護身用の剣術まであらゆる分野で王都一のレベルと実績を誇る伝統ある学院である。
国内の住民であれば年齢さえ達していれば身分関係なく受験することが出来てあたかも誰にでも門は開かれているように謳っているが、実際は高度な知識と高額な授業料が必要で、幼い頃から英才教育を施されてた貴族の子女か裕福な商家の子息が主な生徒だった。
それでも学院長の方針で平民から極めて優秀な生徒を特待生として授業料免除にて入学させている。ただし授業料免除の対価として彼等は学院長からの依頼をこなす事が義務づけられているのだが。
そして僕は今年その特待生として入学していた僕に対する学院長からの依頼は次のようなものだった。
◇依頼内容:カリオスト子爵家令嬢のフローラ嬢の家庭教師。
◇対象者詳細:子爵家の長女。現在十一歳で来年春に当学院を受験する予定だが学力は及第点。しかし実技が合格基準点に達していない。
◇依頼期限:来年の受験合格まで。
◇依頼報酬:成功報酬は学院授業料。なお、失敗した際は無報酬とする。
神童と呼ばれた僕には達成出来る目算はついていたが最後の報酬のところが厄介だった。依頼に失敗して無報酬なら学費が払えず退学になるからだ。
僕は気を引き締めて準備万端に子爵邸へと向かったが思いもしないところで失敗の芽が現れた。
(……能力をひけらかすのは好きじゃないけど仕方ないか)
「ちょっとこれを見てください」
「まだ居たのか、早く帰……」
『レヴィテーション』
魔法を唱えると、僕の身体はふわりと宙に浮く。これは結構な上級魔法だ。ついでなので、鳥よりも速い速度で辺りをぐるぐると飛び回ってやった。これが使える人はそうはいない。
通りがかった人たちが僕を見て歓声を上げた。
「ち、ちょっとここで待て!」
少し青ざめた様子で門番は慌てて確認しに門の中に入って行く。数分後、やってきた執事の案内で広い庭を通って屋敷内の応接室に通される。
「少しここで待つように」
案内してくれた執事の言葉に頷いて暫く待つと数分後にドアの開く音と共に壮年の男性と幼い女の子が入ってきた。
「アリオン・メビウスと申します。この度は学院よりお嬢様の家庭教師の依頼を命じられて参上致しました。こちらが依頼書になりますのでご確認をお願い致します」
僕は先に挨拶をしてから依頼書を提示し、ゆっくりと丁寧なお辞儀をした。それを見た男性が頷くと話を始めた。
「ダグラム・フォン・カリオスト子爵だ。そしてこちらが娘のフローラになる。詳しい事は依頼書にあるが最初に君に聞いておく事がある」
「はい。どのような事でしょうか?」
質問の内容はだいたい予想はつくが、あえて相手に優先権をゆだねる。
「学院からの連絡によると君は今年学院に入ったばかりの一年生との事。学院で右も左も分からない君を家庭教師として送り込んできたからには相当な自信があるのだろうが率直に聞く、娘を学院に合格させる自信はあるか?」
予想どおりの内容に僕は事前に用意しておいた模範解答を話した。
「はい、もちろん自信はあります。確かに僕は今年入学したばかりです。ですが僕は今年の入学試験にて首席合格を果たしております。それはつまり入試対策に関してならば僕以上の適任者は居ないと言うことであり僕を全面的に信用してくださる事がお嬢様の合格に繋がる事をお約束します」
(よし! 完璧だ!)
僕は子爵家当主を前に自信を全面に押し出してアピールをしたのだが子爵はなにやら考え込んでいる様子だ。
(何か心配事があるのか?)
そう考えていると、横からフローラが発言をする。
「お父さま、私は問題ありませんので彼に頼まれてください。学院首席ならば頭は良いのでしょうし、もしも教えるのが下手ならばまた先生を変えてくだされば良いだけの事ですわ」
(また先生を変えるだって?)
「分かった。君に娘の家庭教師を正式に依頼しよう。但し、いくつか条件があるのでその確認をしてから大丈夫ならば契約書にて契約をしてくれ」
子爵が出した条件とは。
◇娘の家庭教師をする際には必ず侍女等を同席させること。
◇時間は授業後から夕食前まで、学院が休みの時は必要に応じて行う。
◇月に一度定期試験を行う。その時に成績向上が見られない場合は学院に報告し、家庭教師の変更を申し立てる。
以上のような常識的な内容だったが、さっきの言葉がすごく気になる。でもやらないという選択肢はない。
「仰せのままに。つきましては学習が出来る部屋と実技の訓練が出来る場所の提供をお願いします。それと家庭教師を行うに先立ってお嬢様の今の状態を知りたいですので面談の許可をお願いします」
「分かった。あとは執事の指示に従ってくれ。娘を頼むぞ」
カリオスト子爵はそう告げると部屋を出て行った。
◇◇◇
僕は彼女と向かい合って座り、先ずはお互いが改めて自己紹介をする。
「フローラ・カリオストですわ。ハーツ学院系列の初等部に通っていますが正直いって勉学はあまり好きではありませんの。実技に関してはサッパリで初級の魔法も発動しなくて困っています。こんな私でもハーツ学院に合格出来るのでしょうか?」
(おおう。最初から聞きにくい事を自分からぶっちゃけるとは)
「アリオン・メビウスです。アリオンと呼んでください。まず、勉学が好きではないとの事ですが全く出来ない訳ではないのですよね? おそらくですが、僕が教えればきっと勉学が楽しくなると思います。実技に関してもです」
僕はフローラ嬢に微笑みながら断言した。
「それは本当なの? 分からない事をやらされるくらいなら皆とお茶会してたほうがよっぽどいいのだけど」
少しふてた様子で彼女は僕をジト目で見てくる。
「では少しだけこの場で証明をしましょうか。フローラ嬢は実技の方はサッパリだと伺いましたが何故だと思いますか?」
「さあ? 適性がないからじゃないの?」
まだ信じられないようでフローラはあまり乗り気でない生返事を返してくる。
「では、申し訳ありませんが右手を出して僕と握手をして頂けませんか?」
「握手? それが魔法とどう関係するの?」
フローラは疑問を口にしながらも右手を差し出す。僕はその手を握り小さく魔法を唱えた。
『魔力接続コネクト』
――ピリッ。
「えっ!?」
手の違和感にフローラはビクッとして慌てて握っていた手を離してじっと手を見つめた。
「お前、お嬢様に何をした!?」
傍らで見ていた執事が怒鳴りつけてきたが、僕はそれには答えずフローラに説明を始める。
「お嬢様が魔法を使えない理由は魔力を上手く引き出す事が出来ていないだけです。なので今、少しだけそれを手助けをする魔法を使わせて貰いました」
僕はそう説明すると彼女に分かりやすく初級魔法の唱え方を教えた。
「どうてすか? 今の説明で理解出来たのでしたら次は実践してみましょう」
彼女は小さく頷くと空に指先で魔法陣を描き呪文を唱えた。
「体に巡る魔の力よ我の周りを照らし出せ『ライト』!」
力ある言葉に体から集められた魔力の粒子が彼女の指先から小さな光の球体となり現れ、ビー玉くらいの大きさで輝きだした。
「凄い! 初めて魔法の行使に成功したわ! あれだけ色々な先生が教えてくれても一度も成功したことが無かったのに!」
フローラは自らが発生させた光球に興奮してはしゃぐ。
「いかがでしたかお嬢様? これが魔法を使う実技の楽しさです。これでも実技はつまらないですか?」
「ううん。凄く楽しいわ!もっと教えて頂戴!」
フローラが催促するのを執事と侍女達は驚愕の表情で見ていた。
その後も魔力の流れについてや魔法の原理についての説明を丁寧に行い、彼女もそれを真剣に聞いていた。
「――残念ではありますが今日は時間のようですね、明日より夕刻の鐘が鳴る頃に伺いますので宜しくお願いします」
「そうなの? とても残念だけど明日を楽しみにしていますわ」
その後フローラは手を振って僕が帰るのを見送ってくれた。
(ふう。一時はどうなるかと思ったけど予定よりも簡単に行きそうで助かったな)
そう思いながら満足気にしていた僕だが実際にはレベルHARDの依頼だったとは知らず呑気に宿舎に帰るのだった。
◇◇◇
「なんだと? フローラが乗り気になっているとは本当か?」
執事からの定期報告に子爵は大急ぎで娘を呼び出し、アリオンについて問い正した。
「ふふん。これを見てお父さま」
フローラはそう子爵に言うと、とても嬉しそうな表情で『ライト』の魔法を使って見せるのだった。
「お……おおっ!」
その光景を目の当たりにして子爵は愕然とする。
「――そうか、いい家庭教師に巡り会えたようだな。しっかりと勉学に励んで学院に合格出来るように教えて貰いなさい」
「はい! 今まで何をやっても上手くいかずにお父さまには心配ばかりかけていましたがやっと胸をはって前に進める気持ちになりました。お父さまありがとう」
「やっとフローラが笑ってくれて本当に嬉しく思うよ」
子爵はそう言いながら娘の頭を優しく撫でた。
「お父さま。今日はお仕事の時間は大丈夫なのですか? もし時間がとれるなら私と庭のお散歩でもしませんか」
「おお、もちろん大丈夫だとも」
娘に大甘の子爵は娘からの久しぶりの誘いに顔を緩めて頷いた。
◇◇◇
次の日の夕刻、アリオンは学院の授業が終わると約束どおり子爵家を訪れていた。
門ではあの門番が不服そうな顔で通してくれた。
(なんか嫌な目線だけど、通してくれたからいいか)
僕は内心苦笑いをしながら屋敷のドアを叩いた。
「お待ちしておりました。フローラお嬢様がお部屋でお待ちになっております」
執事に連れられて僕は彼女の部屋のドアを叩いた。
「お待ちしてましたわ。今日は何を教えてくださるのかしら?」
部屋に入るとフローラがやる気満々で僕を迎えてくれる。
「――今日は教科書の問題からやってみましょうか。お嬢様の今の学力を知っておきたいですので」
「えー、魔法の勉強では無いのですか?」
フローラはあからさまに嫌そうな顔をする。
「まあまあ、そう言わずに。それにこの問題を解けるようになると出来る魔法が増える可能性があるんですよ」
「えっ? それを早く言いなさいよ、それで何をすれば良いの?」
俄然やる気になるフローラに僕は微笑みながら一枚の紙を渡す。
「ではこのテキストを解いてみてください。その間に僕は次に教える魔法の準備を済ませておきますので」
彼女は後で待っているごほうび魔法講義の為に必死でテキストに取り組んでいった。
「――出来たわ! アリオンみてみて! これで合ってるかな?」
終わった用紙の答え合わせを促してきたので僕はざっと確認してみた。
「ふむ。なかなかの出来ですが、こことこことここが少々おかしな解答になっているようですね。この場合はこうしておけばこうなるわけです」
「ふーん。アリオンって私よりひとつ上なだけよね? なんでそんなに物知りなの?」
「そうですね。世の中の事を知りたいと思ったら勉学を極めるのが一番効率が良かったからでしょうか」
「むー。それって答えになってるの?」
「さあ、どうでしょうか? ですがそのおかげでお嬢様の家庭教師になれたので無駄ではなかったのではないでしょう」
「そんな答えじゃ騙されないからね。でもいいわ、次は魔法を教えてくれるのでしょう? 今日は何かしらね」
フローラの機嫌も良くなったようなので今日も害のない魔法を教える事にした。
ひと月がたち、定期試験の日がやってきた。
「ではこれから学院の入試模試を始めます。時間は六十分で七割正答で合格です。筆記模試終了後に実技も行います」
屋敷の部屋では子爵が手配した学院の模擬試験問題と試験監督の配備まで準備しており、本番さながらの模擬試験が行われた。
「アリオン。ひと月経ったがこれまでフローラの家庭教師をしてみて実際のところ、娘の合格率はどのくらいだと思う?」
「そうですね。今の時点で考えて百パーセントだと思います。初めこそ勉学で少々つまづく事もありましたが直ぐに修正されて問題なく及第点をクリア出来ると考えています」
不安げな子爵の質問に、僕は平然と答える。
「そうか。何処に出しても恥ずかしくない自慢の娘になるようこれからも頼んだぞ」
「分かりました。必ずご期待にそう成果を出してみせます」
模擬試験終了後、執事が採点結果を持って現れた。
「全く問題になりません」
「えっ!?」
「そんなはずは!?」
「あっ、失礼。言い間違いました。全く問題ありません。現時点でも十分な得点を獲得されていますので、これからさらに精進されるならば心配される必要は無いでしょう」
「もう、脅かさないでください。心臓が止まるかと思いましたよ」
その言葉に僕以外の皆が笑っていた。
そして半年がたったある日のこと、僕はフローラとお茶会をしていた。
「とりあえず僕の教えられる範囲は全て終わりました。実際のところこれだけの成績を出せる貴族子女はなかなか居ないと思います。残りの日はどうされたいですか?」
「そうね。もっと色々な魔法を教えて欲しいわ。今までの魔法は光ったりだとか固くしたりだとか地味なものばかりだったから、もっとこう派手なやつを使って見たいわ」
「は、派手なやつですか……。それは子爵様がお許しにならないのでは。それに教えても使う機会も無いと思いますよ」
やんわりとお断りを入れたがフローラはなかなかしつこい。最後の方ではほとんど脅迫になった。
「仕方ありません、では、こんな魔法はどうでしょうか。『ビッグホーン』」
対象の現象が起きた際に音を大きくしてくれる魔法。
「なにこれ? どう使うのかしら?」
「色々使えますよ。例えば何かを皆に伝えたい時に自分の声にかけると声が大きくなって叫ばなくても皆に聞こえるようになるとか。助けを呼ぶ時なんかに最適ですよ」
僕の説明に微妙な顔をするフローラだった。
「他には?」
「ええっ?」
「ほ・か・に・は・な・い・の?」
「そうですね。考えてみますのでお待ちください」
(いくらなんでも殲滅魔法なんて教えたなんてバレたらクビじゃあ済まないよな)
僕は慌てて害のない魔法は他に無いかと頭をフル回転させて考えた。
「ではこんな魔法はどうでしょうか?」
『サウンドボム』
爆発音で驚かせる魔法。多少の衝撃波を発生させるが殺傷能力は皆無。
『イリュージョン』
術者のイメージした物を出現させる魔法。幻影なので物質は存在しないが思い通りに動かせる。術者の視界内でしか発動出来ない。
『ナチュラルヒール』
治癒魔法『ヒール』の下位魔法。魔力が少ない術者でも扱う事が出来るのが利点。
「お嬢様。こんなところで如何でしょうか?」
僕が恐る恐るフローラ嬢を見ると機嫌は治ったようで『早く教えなさいよ』と言わんばかりの圧を放ちながら僕を見ていた。
それからさらに数ヶ月が過ぎた。
「学院の入試もいよいよ来月になりましたわね。もちろん自信はありますけれど少しだけ不安になりますわ」
「今のお嬢様ならば間違っても落ちる事はありませんよ。それは僕が保証します」
「でも結局、攻撃魔法は教えてくれなかったわよね。アリオンは使えるんでしょ? なんで教えてくれないの?」
「攻撃魔法は相手を殺す事も当然ながらありますし、暴走させれば自らが死ぬこともあり得るのです。ですから貴族令嬢のお嬢様が使うべき魔法ではないのです」
「そう、残念ね。まあいいわ、学院に入学したらそこで教えてもらうから」
ぎょっとする僕を見て、フローラがイタズラっぽく笑う。
「ところでお嬢様はどうして学院に入学されようと思ったのですか?」
僕は前から疑問に思っていた事を聞いてみた。
「今頃そんなこと聞かれるとは思わなかったわ」
フローラはため息をつきながらその理由を教えてくれた。
「政略結婚のためよ」
「え?」
確かに貴族社会ではよくある話だが、僕より幼い彼女が受け入れている事に驚いた。
「お父さまは私を上級貴族の嫁にしてこの家の地位を向上させたいと願ってるわ。そのために学院で上級貴族の子息を捕まえてくる事を望んでるの」
政略結婚が必ず不幸というわけではないだろうけど、娘を目に入れても痛くないと言いそうな子爵様が政治に利用しようとしていることがショックだった。
「私も貴族の娘に産まれたからにはいつかはそうなると分かってましたの」
そう言いながらもフローラは少しだけ寂しそうな顔をみせた。
(なんとかしてあげたい気持ちはあるけど貴族家の婚姻に首を突っ込んだら、そのまんま物理的に飛んでいくからな)
「では、せめてお嬢様に殿方の選択権をもてるよう、もう少しレベルアップをしましょう」
僕はフローラに最後の特訓を施していった。
そしてフローラの学院入学試験当日。僕は学院長室で試験の結果を待っていた。
彼女が合格すれば進級して学院長から新たな依頼を受け、落ちればその時点で学院からの退学となる。理不尽だがそれを承知で特待生になっているので受け入れるしかない。
「どうだ、自信は?」
学院長が僕に聞いてくる。
「もちろんあります。彼女が試験に落ちる要素は皆無だと考えています」
「よろしい。そうでなくては我が学院の特待生は務まらんからな」
学院長は満足そうに笑い、僕に紅茶をすすめてゆっくりと試験の行く末を見守った。
筆記試験は滞りなく進み無事に終わると思われていたが、最後の実技試験の最中に事件は起こった。
「学院長大変です!」
学院長室のドアが乱暴に開けられ、ひとりの教師が部屋に飛び込んできた。
「試験会場に突然正体不明の男達が試験中の貴族子息達を誘拐しようと乱入して来ました!」
「なんだと!? 警備は何をしていたんだ! 試験の監督官はどうしたんだ? 彼等は賊ごときに後れをとることはない筈だ!」
学院長が焦りから叫ぶ。
――ドガン!!
その時、訓練場の方角から大きな爆発音が鳴り響く、その音は壁が崩壊したような凄まじさだった。
「何だ、今の音は!? くそっ状況が全く把握出来ん!」
現場をつかめない学院長は具体的な指示を出す事も出来ずに狼狽えていた。
その状態を見た僕は落ち着いた様子で学院長に告げた。
「僕が見てきます」
「待て!」
「ヘマはしませんから任せてください」
(数人程度ならば何とかなるけどあまり多いと厳しいかもしれないな)
僕は走りながら拘束系の魔法を準備する。もしも受験生達が人質になっていたならば攻撃系の魔法はかなり制限されるからだ。
現場に到着した僕はそっと訓練場の中を確認してその場を支配している人物に驚愕した。
◇◇◇
――時は少しだけ遡る。
「きゃあ!」
「うわぁ!」
「助けてぇ!」
突然十人ばかりの男達が武器を手に雪崩込み、試験会場はパニックとなった。
「やかましい! 騒ぐんじゃねぇガキども!」
「ひいっ!?」
男達の怒鳴り声で場は一気に凍りついた。
「いいか? おとなしくしてればすぐには殺さねぇ。まあ、お前らの親から多額の身代金を頂いたらどこかの国に売り飛ばす事になるがな。ぎゃっはっは」
リーダーらしき男が近くにいた女子の首に剣を当てて叫ぶ。
「そこの教師ども! コイツらを殺されたくなければ地面に伏せて転がってるんだな! おっと魔法なんて唱える暇はやらねぇぜ、怪しい動きがあればこの小娘の首が先に落ちるからな」
「ぐっ!」
「いったいどうすれば……」
護衛や教師達も子供達を助けようと必死で考えるが動ける者は居なかった。
「いやぁ! 助けて!」
緊張の限界が来ていた人質となっていた女の子が叫んだ。
「このガキが! 騒ぐんじゃねぇ! 死にてぇのか!」
憤怒した男は女の子を斬りつけようと反射的に剣を振り上げる。
『サウンドボム・シーケンス・ビッグホーン』
その時、何処からか美しい魔法詠唱の声が流れるように響いた。
ボム! ボム!
「ぐわぁっ!? み、耳がぁ!」
剣を振り上げた男の両耳の傍で爆発音が鳴った。鼓膜が破壊され剣を落として、その場でのたうち回る。
「リーダー!? お前ら何をしやがった?」
「抵抗したらコイツらの命はないと言ったはずだぞ!」
しかし、周りをみても大人達は皆地面に伏せていた。
「今すぐにその薄汚い手を離しなさい! さもなくば貴方達の存在を焼き尽くしてあげるわよ!」
男達がその声の方へ向くと、そこにはひとりの少女が凛とした態度で立っていた。
「なんだガキじゃねぇか!?」
別の男が叫ぶのを冷めた目で見る少女が魔法を唱えた。
『イリュージョン・シーケンス・ファイアボール』
力ある言葉と共に百を越える炎の玉が男達を取り巻き、空中で静かに漂っていた。
「うわぁぁぁ!? なんだこの数のファイアボールは!? こんな数の制御なんて大魔道士でも無理だ! このガキ、とんでもないバケモノだ!」
男達は腰を抜かし、次々とその場にへたりこんでいき、その場に立っているのは少女だけとなる。
そして、その少女こそフローラだった。
『多重ダークバインド』
「うわぁ!? なんだこの影は? 絡みついて身動きがとれねぇ!?」
場を理解した僕は盗賊どもを拘束し、フローラのもとへ歩み寄ると笑顔で話しかける。
「素晴らしいですね。でも最後の使い方はひとつ間違えると大怪我をしますので気をつけくださいね」
「アリオン! この拘束魔法はあなただったのね。びっくりしましたわ」
正直、彼女が盗賊達相手にここまでやるとは思ってなかったけど、顔には出さない。
「結果的にはお嬢様のおかげで怪我人もなく皆助かったのですが、無茶をし過ぎですよ。お嬢様に何かあったら僕が子爵様に殺されますからもう少しだけ自重をして頂けると嬉しいです」
「あはは。ごめんなさいね。咄嗟に体が動いてしまったの」
彼女はイタズラがバレて叱られた子供のように振る舞うと僕の顔を見て笑った。
受験生達は口々に叫び、手を取り合って喜んでいた。
とはいえ、これだけの事件があったのだ。この日の実技試験は中止、無効となった。
だが、数日後に行われた実技の再試験の会場にフローラの姿は無かった。
「フローラ・フォン・カリオスト、貴女をハーツ学院貴族籍の首席特待生にて合格とする」
すでにカリオスト子爵家にハーツ学院からこの知らせが届いていたからだ。それを見た子爵は腰を抜かさんばかりに驚いたそうだ。ほどなく子爵から屋敷に来るように通達があった。
(合格の礼かな? 学費免除以外に追加の報酬を貰えたりして)
だが、期待をしながら面会した子爵の表情は何故か難しそうな顔をしていた。
「あー。この度は娘の学院入学試験対応ご苦労だった。おかげで無事に合格する事ができた事、感謝している」
「ありがとうございます。ですが、全てお嬢様の努力の賜物にてございます」
子爵の隣にいるフローラはとてもご機嫌だ。
「うむ。それは良かったのだがひとつ問題があってな」
子爵は横に座るフローラをちらりと見てから話を進める。
「今回の試験時に起こった事件を解決したことで娘は一躍学年首席の生徒になった。それは喜ばしい事なんだが……」
どうにも歯切れが悪い。何があったのだろうか。
見かねたのかフローラが代弁する。
「その責任をとっていただきたいのですわ!」
責任? なんで?
「いや、それがな。娘は学院で良縁を探して伴侶をとる予定だったのだが、そなたに教えを受けて学院新入生で首席になれたのはよい……。優秀な嫁はどこの貴族も欲しがる。だが、優秀過ぎる嫁は敬遠される。夫となる者が劣等感を持つからだ」
「はあ」
ならば劣等感を持たないほどの優秀な夫を見つければいいのではないだろうか。
「だから、アリオンが私の夫になるしかなくなってしまったのですわ!」
「はあ!?」
そばに立つ執事や侍女たちは満面の笑みで頷いている。
「ちょっと待ってください! 僕は平民ですよ。上級貴族のお嫁さんになるのが目的なのに、まったく逆じゃないですか!」
「ほっほっほ、それはアリオン殿が出世なさればよいだけのこと」
「アリオン様ならきっと公爵にまでなられることでしょう」
「いや、そんな!」
「よろしくお願いいたしますわ、ダーリン♡」
頭を抱える子爵を横に、皆はすでに大喜びだ。
僕は人生で初めて解決困難な問題に直面することになった。
ー おわり ー
最後までお読み頂きありがとうございました。
面白かったと思われた方は評価を頂けると嬉しく思います。