第26話 対族長
黒いローブのフードを目深に被った八人が、壁際で八角形を形成して僕を囲み、何かの魔法を唱えている。
凄く集中している。
魔法使いがフードを被るのは集中力を上げるためだったのか。と、思えるぐらいに集中している。
そうなると、湧き上がってくるのはここで魔力封じを掛けたらどうなるのだろうかという悪戯心だ。
命を掛けた戦いなのだから躊躇するほうがおかしいのだけれど、僕が魔力封じを使える事を知りながらも、一生懸命詠唱しているから空気的には掛けにくい。
八人で長い呪文を一字一句間違えずに詠唱するなんて、相当な鍛錬が必要だろうし、重圧も凄いはずだ。僕だったら絶対にもう噛んでいる。
ここはやっぱり自重すべきか。どんな魔法なのか知りたい気持ちもある。
これだけの労力を費やしているのだからきっと凄い魔法なはずだ。
都合が良いことに時間潰しの相手はまだまだ挑んでくる。
この人たちの相手をしつつ、どんな魔法が発動されるのか楽しみに待っていよう。
詠唱開始から五分程経っただろうか、もう僕に挑んでくる人はいなくなった。丁度、最後の一人が担架に乗せられてゲートの奥へと消えて行ったところだ。かなり元気な人で、僕の魔力障壁を全力以上の力で蹴ったせいで足の指骨が折れたのに「まだやれる! やらせろ!」 とずっと叫んでいた。あれは身体強化の失敗だと思う。逆に勉強になった。
一息つき、辺りを見回す。
闘技場には中心部にいる僕と壁際にいる八人のみ。観覧席に残っているのは僕に戦いを挑んでこなかったおとなしい人たちなので、静かに事の成り行きを見守っている。
これで場は整ったのではないだろうか。
そろそろ頃合いな気がする。
そう思った瞬間、転移してきたかのようにように褐色肌の中年男性が現れた。
竜奉族の族長だ。
五十代半ばくらいの見た目で、編んだ黒髪を後ろに流し、緻密で色鮮やかな刺繍が施された布をチベット辺りの僧服のように着こなしている。そして、何よりも特徴的なのは眼。黒眼だ。眼球結膜が黒く、虹彩は翡翠色で中心の瞳孔は赤。
この眼から受ける印象は狂気だけだ。
「いつ以来か」
族長が僕を見下しながら口を開いた。
「この眼を恐れずに見つめてきた者は」
族長は嫌な笑みを浮かべる。
「久し振りに味わせてもらおう絶望の嘆きを」
この男も爬虫類のような皮膚の男と同類のようだ。
「知っているか? なぜ我々竜奉族が竜を奉るのか」
「憧」
「超えるためだ!」
聞いたんだから最後まで聞いてよ。
族長の背後に無数の手が現れた。
そしてその手から一斉に水の槍が放たれる。
「ヤバっ」
槍が刺さった地面が溶けた。
水の槍は酸の槍だった。
あまり動き回ると観客に影響が出そうなので魔力障壁で防ぐ。
問題なく防げている。けど、次第に足元に酸の水たまりができて、それが霧化してきた。
酸の霧。かなり危険な代物だ。
観客と八人の術者は、結界が張られているから大丈夫そう。三十人で外周を囲んで展開し、八人の術者には背後に一人ずつ結界を張れる者があてがわれている。
ただ、結界の質は悪くはなさそうだけど、魔力と霧の密度が上がると漏れ出るかもしれない。早めに終わらせた方が良さそうだ。
「効かぬか。邪竜を倒したのは真の様だな。だが我らの戦いはこれからだ」
「解!」
ついに八人の術者が詠唱を唱え終えたらしい。
僕と族長が菱形で構成された蕾のような形の多面体に囲われる。
そして足元と頭上に現れた二つの魔法陣が同時に紫色の光を放つと、菱形多面体は回転しながら窄み、僕と族長を異空間へと誘った。
見渡す景色は同じ闘技場だ。
だけどあらゆるものが透明になっていて、それぞれに独特の色が付いているので、透明な絵の具で描かれた世界に入り込んだような感じだ。
そこに、こちらも個々に違った色をした靄が揺らめいている。場所から察するに八人の術者や観客たちだろう。
心から思う。
素晴らしいと。
あの八人の術者たちに拍手を送りたくなるほど感動が沸き上がってくる。
一体どんな原理でこの魔法は発動されたのか。
この世界は何なのか。
知りたい謎が溢れている。
唯一残念なのは、族長が物凄く気持ち悪い姿になったこと。
「キシャャャャャ」
でっかい黒ムカデだ。
気持ち悪過ぎる。
そのでっかい黒ムカデは早速黒い魔力球を放ってきた。
湧き上がる嫌悪感を抑えつつ、魔力障壁で防御。
と、同時に今度は右から鞭のようにしならせた尾が迫ってきた。
飛んで躱す。
けど、この動きは読まれていたようで、眼前には口を開けたムカデの顔。
「気持ち悪い!」
思いっきり拳を振り抜いたけど躱された。触りたくない気持ちが動きを鈍らせた。
族長が回避した先は僕の左、それも至近距離。すかさず、またしても黒い魔力球が放たれる。
魔力障壁は間に合わない。
身体に纏った結界のみの防御で受け、地面に叩き付けられた。
「シャシャシャシャシャシャ」
笑い方も持ち悪い。
痛みや怪我はないけど、さっきからずっと背中に走っている悪寒がとても不快だ。
さっさと終わらせたい。
「こんなところにいたのね」
女性の声?
族長の笑いと動きが止まる。
「もしかしたらと思って狭間にも意識を向けてみて正解だったわ。ねぇ? 害虫野郎」
背中にさっきまでとは別物の、刺すような悪寒が走る。
姿を見たら一瞬で殺されそうな気がして目も動かせない。
視線の先にいる族長も震えている。
「『滅』」
女性の冷たい声と共に族長は光に包まれて跡形もなく消え去った。
対象が自分ではなかったことに心から安堵する。それほど女性が放つ存在感は異質なのだ。
だが安堵したことで胸に溜まった緊張感を口から吐き出そうと息を大きく吸った瞬間、女性の意識がこちらに向いた。
そっと鼻から息を抜く。
「さて」
蛇に睨まれたカエルのように全く動けない。
そんな光景、実際には見たことないけど。
「…………」
「な。何でしょう?」
沈黙に耐えられずに質問してしまった。
視線はまだ動かせていない。
「いいのかしら。……でも、誰が……」
謎の自問自答は止めて欲しい。気になり過ぎる。
「まぁ、いいわ。私の管轄外だし、いずれなるようになるでしょう」
自己解決できたようだ。
「じゃ。あとはよろしく」
「は!?」
思わず振り返る。
その先には薄紫色の空を駆けてゆく『龍』の後ろ姿があった。
「マジ?」
西洋竜ではなく東洋龍。
「オオオオオオ!」
生れて初めて叫んだ。
まさか龍も存在していたとは。
胸の高鳴りが止まらない。
正面も見たかった。
また会う機会はあるのだろうか。
少し怖いけど。
……よろしく?




