第17話 捕食者と被食者
(五年に一度、生贄を捧げなければダンジョンは消滅する)
そのお告げが神官『ヤブファ』に下ったのはダンジョンの発見から五十年後の事だった。
誰よりも先に報告を受けた領主は街の混乱を恐れ、ヤブファに口外禁止を命じた。秘密裏での解決を決断したのだ。しかし、清廉で生真面目であったヤブファは、週一回行われていた拝礼説教の場において公表し、生贄など認めてはいけないと声高に訴えた。
財と命。欲と倫理。自愛と他愛。個々の価値観と生き方を自らに問う中で住人に迫られた選択は二つ。
残るか去るか。
領主も止めることはせず、むしろ門の常時開放を命じ、ヤブファの処遇も領外追放とすることで去る者達の拠り所となるよう取り計らった。それが領主の良心であり覚悟であった。
その結果。殆どの住人が街を去り、繁栄していた街は急激に衰退した。
それでも、街は無くなりはしなかった。巫女の我儘を受け入れることで背徳感と罪悪感をごまかし、ダンジョンがもたらす利益と独善的な自由を求めて、利己的な者達が新たな住人として集まったのだ。以来三十年。以前のような活況はないものの、バルガレアは『街』と呼ばれる状態にまでは回復した。
「巫女は子供の奴隷だった?」
「うん。魔力の高い子供を奴隷商人から買って、教会で巫女として養っているの」
魔力が高いという条件は、生贄となる者には一定量の魔力の保有が求められたからだった。
「その時期になるとダンジョンの入り口の階段が魔法陣になって、そこに巫女様を捧げるんだけど、巫女様の魔力が足りないと魔法陣は階段に戻らないから、足りなかったら……また一人追加という感じで……」
虎耳のお姉さんは今にも吐きそうな表情になった。
僕も胸が重い。
「ど、どこに行くの?」
「……観光……かな」
「そんな顔で?」
どんな顔だろう。イラついてはいるけど。
「案内しようか? もちろん詐欺はなしで」
虎耳のお姉さんは、気を使って精一杯の笑顔を見せてくれている。
話したことを後悔させてしまっているのかもしれない。
「大丈夫。それはまた今度頼みます。必ず」
きちんと笑顔は作れているだろうか。
いたたまれなくなった僕は、またお姉さんから逃げるように駆け出した。
捕食者と被食者。この世界においてその立場は紙一重であり、あらゆる生物が生き残るための罠を張っている。あのダンジョンもその一つであり、狙いは探索者。それも強い魔力を持った者。弱い者は強い者を呼び寄せるための撒き餌だ。
だからと言ってそれ自体には憤っていない。
探索者は覚悟の上だろうし。捕食に関してはお互い様だ。何より僕自身にそこまで他人愛や同族愛はない。
英雄願望もない。
ただ生贄を捧げろというのには嫌悪感を抱くし、腹が立つ。
誰かの命を捧げて利益を得ようとする者にも腹が立つ。
恐怖に怯えながら喰われる巫女達が頭の中に浮かんでは消える。
それでも僕は部外者だ。
誰かに助けてと頼まれたわけでもない。
勝手に来た部外者が、勝手に想像して、勝手に怒って、勝手に暴れて、勝手に壊して、余計なお世話というやつだろう。
なのに一体何をしたいのか。
虎耳のお姉さんの辛そうな顔が頭から消えない。
「ちょっといいですか?」
話して何になるというのか。
負けて喰われる可能性だってあるのに。
いつからそんなに自信過剰になったんだろう。
「なに? こんな人気のない所に連れてきて、愛の告白? ませてるわね」
「そんなんじゃないですよ。それより、随分冷静ですね。街の外に連れ出されたのに」
連れ出したのはダンジョンの受付をしていた女性で、場所は直径十キロ程の無人島の平原。この街に来る途中、瑠璃色の海と白い砂浜が目に留まって、今度遊びに来ようと転移紋章を残していた。
「フフフ」
受付の女性は僕の質問には答えず、微笑を浮かべながら左側の前髪を耳にかけ上げた。襟足辺りで切り揃えられた黒髪で、年齢は三十代くらい。こんな知性を感じさせる女性が、とも思ってしまうけど、ダンジョンに足を踏み入れた時に感じた魔力は明らかにこの人のものだった。
独特の汚れがある。
「ダンジョンの主はあんただろ?」
「だったら?」
聞き返さないで欲しい。会話は苦手なんだから。
「生贄は人じゃないとダメなの?」
「ダメ。人ほど美味しいものはないわ」
女性は恍惚の表情で唇を舐めた。
あっさり主と認めるのならさっきの聞き返しは何だったのか。
一応は警戒されているという事か。
自信過剰な愚か者じゃない。
むしろそれは僕か。
「探索者だけで十分じゃないの? それなりの実力者は定期的に来てるって聞いたけど?」
「アレはアレ。ソレはソレ。野生の肉と家畜の肉、両方食べたいでしょ」
今度はケラケラと笑いだした。
「あなたも美味しそうね。ダンジョンに入ってこなくてとってもガッカリしたのよ」
「……僕も殺す?」
「もちろん。せっかくの御馳走、逃がすわけないでしょ」
「そっか」
「なぜ笑う」
「あんたと戦う理由が出来たからさ」




