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第9話 三竦み

 とりあえず状況を把握するために街の一番高い所へと移動した。

 街の中央にある城のてっぺんだ。

 もちろん城の周囲にも結界は張ってあったけど、結界というものは『鍵』さえ見つけてしまえば簡単に壊せる。鍵とは魔力を結合させている物質の性質。結界に限らず構成している要素が分かれば分解は可能となる。強引に引き離すか、相反する物質を加えて分離または消滅させるか。今回は一部を消滅させて侵入した。

 術者を殺したわけではないので張り直しはすぐに行われたようだ。

 当然誰かが侵入したことにも気付いただろうけど。

「君は誰かな」

 まさかすぐに見つけられるとは思わなかった。さすが領主様のお屋敷。只者じゃない人がいる。

「振り返っても?」

 ここはとんがり屋根のてっぺん。即ち、後ろにいる相手は浮いている。風魔法を使っている様子はないので重力を操っているのか、それとも翼でも生えているのか。

「構わないよ」

 赤い蝙蝠型の翼が生えていた。

 見た目は二十八歳くらいの男性。長耳。赤目。角はない。

 翼は羽ばたいていないけど、どういう仕組みで飛んでいるのか。触って調べたい衝動に駆られる。

「魔族の人ですか?」

「そうだが。それを尋ねるということはやはり君は外部の者だね。あの者達の仲間かな?」

 魔族の人は美し気な所作で手を広げ、街を襲う者達を差した。

「違います」

「では何者かね」

 同じ質問をさせられたことに苛立ったのか、怖い笑顔だ。

暖人(はると)と言います。ただの観光客ですよ」

「そうですか」

 魔族の人はそう言うと怖い笑顔を保ったまま、空気が呻き鳴くような音を響かせる高威力魔法を放ってきた。魔法陣は出現していない。体内で練り上げて構築したのだろう。

「ほう。躱しますか。風の扱いもなかなかですね」

「嘘は言っていないのですが?」

「どちらにせよ不法侵入者でしょう?」

 確かに。

「さぁ。どうしますか? 戦いますか? 降伏しますか?」

 魔族の人は、またしても美し気な所作で両手を広げた。ナルシストっぽい。

「もちろん。戦か」

 前世の常識では信じられないほどの視力を持つ目が、自転車の乗り方を教えてくれたお姉さんを視界の端で捉えた。

 襲われながら逃げているようだ。幼い子供も抱えている。

 ()()()る場合じゃない。

 あの人が殺されるのは嫌だ。

「消えた? いや、速い。か。 追いかけてもっと観察したいところですが……新たな侵入者が来てしまいましたか」

「久し振りだな。ノール!」

「聖職衣? あなた程白い服が似合わない者はいないでしょうね」

「チッ。だったらテメェの血で染めてやるよ!」

 

 子供を抱えて逃げる女性。

 追う男は目を(たぎ)らせ、口元は気味の悪い笑い声を発しながらだらしなく緩んでいる。

 こんな男は殺しても誰も怒らないと思う。

 少なくとも僕は許すし、この国でも正当防衛は認められている。

「ゲヒャ」

 お姉さんと男の間に入り、さっきの魔族の人の魔法を放ってみた。

 どうやら僕はすぐに真似したがる性格だったらしい。

 そのせいか。おかげか。繰り出した魔法は中途半端な威力となり、男は死には至らず、僅かに痙攣しながら気絶している。

「君は……」

 振り返ると、お姉さんは僕にも怯えた目を向けていた。

 意外な反応だった。

 理由を聞くと恋人が防壁の警備隊員で、僕が不法侵入者だと教えられたかららしい。この世界の戦えない一般の人にとっては壁の外側は恐怖の世界であり、そこから不法にやって来た者など恐れて当然だ。

 おそらくその情報を元に警戒感が高まっていた為、結界の増援も迅速に行えたのだろう。

 なのに、お姉さんはそれを告げると僕に頭を下げた。

「なぜ謝るんですか?」

「子供に向けていい顔じゃなかった。ごめんね」

「いや。僕は確かに不法侵入者ですし、恐れて当然ですよ。お姉さんは何も悪くないです」

「でも。君は悪い子じゃない」

 なんで、そんなに真っ直ぐに信じてくれるんだろう。

「だって、あんな笑顔が出来る子が悪い子なわけないじゃない。君を信じられなかったら私は誰も信じられないわ」

 あの時、僕はどんな顔で手を振っていたんだろう。

 急に恥ずかしくなってきた。

「おいおいおい。こいつなにやってんだ?」

 僕の攻撃で気絶していた男が、仲間と思われる同じ白い服を着た男に蹴飛ばされた。

 ピアスにネックレスに指輪。高そうな装飾品をこれ見よがしに身に着けている。

 如何にも悪役。良いタイミングで来てくれた。良い具合に頭が冷える。

「動くな! おとなしく投降せよ」

「それはつまらんでしょ」

「そうですよ。経験積ませて下さい」

 防衛隊の腕章を付けた三人組も来た。

 リーダー格の人は歴戦の戦士のような中年の男性。残りの二人は二十五歳くらいの青年と成人したての若者。といったところか。

 少しワクワクしてきた。

 後ろからもう一団来てるし。


 後ろから車と共にやって来たのは避難誘導を行っている警備隊だった。

 お姉さんと子供を保護するらしい。

 僕も一緒に。

「少年。君は保護対象ではない。だろ?」

 防衛隊のリーダー格の人に厳しい視線を向けられた。

「猫被ってんじゃねぇよ。殺す気でやっただろ。アレ」

 白い服の男は先程蹴飛ばした男に向けて頭を振った。

 いい加減助けてやれば良いのに。仲間だろ。

 後ろでお姉さんの声がするので振り返る。

 どうやら警備隊の車の前で僕の事を交渉してくれているようだ。

 本当に優しい人だ。

 目が合うと同時に手を振って気にせずに非難するようにと促す。

 それでも交渉してくれている。 

 ありがたい。お礼をする方法を考えつつ車が見えなくなるまで手を振った。

 

「さて。と。じゃあ、誰が一番最初に後悔する? 僕を引き留めた事」

 闘争本能が疼くとはこういう事だろうか。

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