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鯨の宮




技術顧問として私は、大金を嵐の王(ゼナピナ)に貰っている。


だが私には、彼らに隠した役目があるのだ。

宿礼院ホスピタルのミクロス研究所の依頼だ。

嵐の王、イルニュス人について探ることだ。


かつて嵐の国に拘引されたヴィネア人は、大陸に戻りマウザボリア人を滅ぼした。


だがそれは、火と鉄によって為されたものではない。


黄壊病により、マウザボリア人は、絶滅した。

嵐の国からヴィネア人が持ち込んだらしい。

これは、マウザボリア人を4百年かけて絶滅させた。


我々は最初、それを喜んで眺めていた。

進化の度合いに劣るマウザボリア人が黄壊病で死に絶える様子を。


しかし彼らが遂に絶滅すると拭いきれぬ恐怖が残った。

我々もまたこうして絶滅するのだと。


黄金の太陽帝国(オース)は、おおみずで滅びた。

しかしそれは、彼らを絶滅させる病気が現れる前に滅びたためだ。


トゥーレは、”トゥーレの死”と呼ばれる疫病の流行で滅んだらしい。

イアルも飛血胎毒と青死病、イアル痘で衰退した。


クレコフ風邪、アルスゴー風邪、バーウィック感染症。

次こそヴィネア人を根絶やしにする病の流行になるかも知れない。

また工業化による人口密集で年々、感染病の恐怖は、高まり続けている。


イルニュスとヴィネアは、異なる種だが免疫が近しい。

6万年を共に過ごしたためだろう。


嵐の国は、ヴィネア人にとって避難所となり得る土地。

またイルニュス人を調べることは将来、疫病対策に役立つと考えられた。


さらに嵐の国には、営々と続く人種改良の秘術があるのだ。

6万年も絶滅を免れたのは、偶然ではあり得ない。


宿礼院は、その知識を私に持ち帰るよう依頼した。






スルタニ・ケ・トーとは、皇帝の魚という意味だ。

しかしこれは、ザトラン(ステュギプトス)の古語。

嵐の国では、王の魚(ベルトゥ)といった。


嵐の王(ゼナピナ)の宮殿で王の魚は、鯨の宮に集められている。


王の魚とは、嵐の王の美しい少年の愛人たちだ。

彼らは、王の耳(ベイラル)王の口(セイファル)等と違って選りすぐりの存在だ。


王の魚は、天使のように美しいが残酷な王の処刑人でもある。

ただの男妾に留まらず、嵐の王の護衛を兼ねている。

嵐の王の寝室に伺候し、嵐の王の生命を守る剣であり、盾であった。


故に武器を取れば戦鬼のように恐れられた。

また嵐の王に愛と忠誠を捧げ、いかなる危険にもたじろぐ事はないという。


しかし愛と死を司る天使のような麗しい殺し屋が簡単に揃うものではない。


王の魚を創るため、特別な血の交配が重ねられている。

その術は、交雑によって広がらないようイルニュス人には、施されていない。


すなわち彼ら王の魚は、半獣サテュロスのようなイルニュス人ではない。

あらゆる病に対し、完全な防疫処置と世代をかさねることで人種固有の特徴を失わない保存処置を施術された外界で滅びた23の人種の博物館である。


従って彼らから新種の病が広がることはない。

またいつまでも美しく強靭で嵐の王を疑わず、王に対する愛を失わない。

王の魚に育つべく先天的に処置されていた。


「鯨の宮は、生きた人間の博物館なのです。」


嵐の王の宮殿で一番、奥まった処に鯨の宮はある。

そこには、確かに美しい少年たちが集められていた。


案内役の女官が私に解説する。

まず女は、右を指差した。


「青死病は、イアル人の大半を死滅させました。

 しかし青死病は、イルニュス人やヴィネア人には、無毒です。

 ごく自然に感染源があります。


 ですが鯨の宮にいるイアル人たちは、青死病を克服しています。

 こうして外界からおこしになった大佐と会っても平気なのです。」


イアル人は、雪のように白い肌をしている。

また松明のように激しく輝く黄金の髪。

そして闇夜に輝く青い瞳をしている。


南蛮の岩穴に住み、壁に肛門を擦り付けて糞を垂れる。

草木もない土地で彼らの手にあるのは、骨から作る道具だけだ。


ゾッとするほど汚らわしいがその肉体は、確かに美しかった。


「あれは、見るのも名前を聞くのも初めてでは?

 大佐、あれがイェナシカ人です。」


女官が後ろを指差すと見慣れない異人種が居た。


黄褐色の肌に流麗な手足をし、胸騒ぎを誘う美貌をしている。

短く切りそろえた髪は、戦士のような猛々しさも似合っている。


「ローマ骨瘡こっそうの流行でイェナシカ人は、絶滅しました。

 しかし同時代のコナ人と混血した者は、血を繋いでいたのです。

 我々は、コナ人からイェナシカ人固有の部分を取り出し、復元しました。」


そんなことが…。

私は、目の前の少年を見ながら改めて驚いた。


「驚きでしょう大佐。

 我らの秘術は、遠い昔に滅びた種を復活させることもできるのですよ。」


女官は、誇らしげに私にそういった。


それが嘘であったとしても新人種を作り出せるというのか。

イルニュス人、驚異の人種改良術だ。


一頻ひとしきり宮殿を案内すると女官は、解説を締めくくる。


「王の魚が男だけなのは、繁殖をコントロールするためです。

 もし何かあっても一人から採った精液で十分です。

 希釈すれば一度に増やすことができます。


 我々には、生物の変質をコントロールする技術があります。

 種固有の特徴を維持しつつ、自在に変質させることができます。

 彼らは、永遠に私たちにその姿を見せてくれるでしょう。」


だが私は、不思議に思えたことがあった。

その疑問を女官に訊ねる。


「なぜ、みなイルニュス人に似ていないのかですか?」


すると女官は、私の質問に苦笑した、


「ははは…。

 それは、我々が自分たちを醜いと知っているからです。


 私たちは、古い種です。

 ヒトの中でも特に獣に近い種なのでしょう。

 私たちの祖は、謙虚で自らが獣であることを忘れまいとしたのでしょうね。」




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