拝謁
「陛下は、遠路遥々よく来たと仰っています。」
黒大理石で作られた宮殿には、紫の靄が立ち込めている。
天井より垂れる黄金と宝石、象牙で作られた飾り帯の下に香炉がある。
それが靄の源だ。
靄の中に立つ通訳は、嵐の王の言葉を私に伝える。
嵐の王は、遥か遠くに坐す。
嵐の王は、四本の柱に囲まれた内陣にある玉座の上。
玉座を頂く台の階は、高く三百段あり、御簾が掛かっている。
嵐の王の言葉を伝える役人、王の口は、この段をゆっくりと降りて来る。
「…陛下は、この宮殿を自由に見て回って良いと仰っています。」
王の口の言葉に対して私は、礼を述べると共に改めて念押しした。
私が嵐の国にやってきた重要な案件に着いてである。
私の言葉を通訳を通して王の耳が聞いている。
王の耳は、階段を昇り、私の言葉を嵐の王に伝える。
王の耳は、16人。
玉座の前に一列で並んでおり、王に拝謁客の言葉を伝奏する。
役目を終えた王の耳は、王の傍で待機する。
対する王の口も16人。
彼らは、玉座から降りて来て役目を終えると立て膝を着いて並ぶ。
すなわち王と謁見する人間の会話は、16回まで。
そう定められていた。
やがて再び王の口が階段を降りてくる。
「陛下は、言わずもがなであると…。
誰に何なりと訊ね、何なりと頼むが良い。
……件の鯨の宮にも入って良いと仰っています。」
そう言って通訳は、王の口の言葉を私に伝える。
私は、御簾の向こうの嵐の王に感謝を表した。
両腕を不自然な角度に保つ、奇妙なお辞儀。
これが嵐の国の礼法である。
やおら御簾の中の影が動いた。
全ての王の耳が階段を昇り、全ての王の口が降り終えた。
嵐の王が謁見を終える時間になったのだ。
私をはじめ、この広間にいる全員が目を瞑り、ひれ伏した。
しかし私だけは、コッソリと嵐の王の姿を見ようと首を捻る。
近習たちを引き連れ、王の足に運ばれる嵐の王。
イルニュス人の末裔たち。
6万年の長い時間、イルニュスの血は、交雑によって薄れた。
しかし嵐の王だけは、古い血を保っているという。
彼の足は、我々と違っているのか?
彼の指は、我々と同じ数か?
彼の背に鰭があるというのは、本当か?
だが私の想像以上に王の足は、素早い。
私が盗み見た時、嵐の王は、既に次の間に移動する最中だった。
私が見たのは、彼に付き従う王の盾たちの背だけだ。