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Day2

「それ、丑の刻参りじゃね?」


 バイトの休憩中、昨日の出来事をショウに話すと、それが何か知っているようなことを言ってきた。


「ショウ知ってんの? マジで怖かったんだけど」


「Wikipediaとかにも載ってんぞ。もう休憩終わるし、バイト終わってからもう一回調べようぜ。俺も気になるから」


 俺もあの不気味な儀式の正体を知りたい。ショウはこういうの詳しそうだし、一緒に調べてくれるのは心強いな。


 俺たちは休憩を終えフロアに戻った。炭火焼鳥『備長』は中規模駅のそば、徒歩1分という好立地だが、その分地価が高いのか店内はかなり狭い。一階のカウンター席は人がすれ違うのがギリギリの幅で、酔ったオッサンの3人に1人はトイレへの道のりで他の客にぶつかっていた。


 今日は月曜日。客足はそこそこ、オーダーもひと段落した。こういう忙しくない日はバイト日和だ。店内は今日も有線のビートルズと林田さんの声が、休むことなく続いているが、俺は適当に聞き流しながらホールに立つ。


「大将、この店はかわいい女の子のアルバイトはおらんのか~」


 酔った林田さんが店長に絡む。彼はいわゆる常連さんで、俺たちスタッフの名前も覚えるくらいによく来てくれる。パチンコで勝った日は飲み物をおごってくれるし、話も面白いので俺は好きだが、酔っぱらうとセクハラが増えるのはいただけない。酒は人の本性を表すというし、これが林田さんの素の姿なのかもしれない。


「いや~、俺の店は毎日のようにスケベオヤジが来るから、かわいそうで雇えないんですよ~」


 店長はこういう酔っ払いをバッサリいくのが上手い。林田さんも「いや~、参ったね。ナオちゃん、生おかわり!」と、アッサリ切り替えている。


「あい! カウンター1番さん、生一丁!」


 俺は冷蔵庫からよく冷えたジョッキを一つ取り出し、ビールサーバーのレバーを倒す。グラスを通して見える景色が黄金色に変わっていく。綺麗だとは思うが、正直ビールの美味さはよく分からない。


 ん、奥のカウンター席にもお客さんが入っているのか。立ち飲みの焼鳥屋に女の人とは珍しい。黒いロングヘアを後ろで束ねていて、白いブラウスに淡い色のデニム、年齢は……30歳くらいだろうか。うーん、林田さんの好みのタイプって感じだ。今日の林田さんは酔ってるみたいだし、トラブルになりそうなら助け舟を出せるようにしておこう。


「お待たせしました。林田さん、今日酔っぱらうの早くないすか? ウコン茶が欲しくなったら、言ってくださいね!」


 俺はキンキンに冷えたビールを置きながら、林田さんを気遣った。いつもなら終電間際まで飲んでもセクハラ発言が出るほど酔わないのだが、今日はまだ21時なのにぼーっとした様子だ。林田さんはカウンターに両肘をつき、頬杖しながらこう言った。


「ナオちゃん、年は取りたくないね。最近どうにも体がだるくてさ。今日なんてもう頭がガンガン痛いわけよ。そういう時は飲むに限る! と思って来たけど、今日はもうお勘定お願いしようかな」


 林田さんにしては珍しく弱気だ。励まそうかと思ったが本当に体調が悪そうなので、さっさと会計を済ませたほうがいいだろうと判断した。


「林田さん、駅まで送りましょうか?」


 俺の申し出に、林田さんは片手を振って応えた。せめて、と思い入り口の引き戸を引くと、ガラガラと大きな音が鳴った。すっかり肩を落とした林田さんが余計に小さく見えて、なんだか申し訳ない気持ちになった。


「ああいうお調子者のオッサンはな、店では見せたくない顏があるもんだ。優しくするのだけが接客じゃないぜ、ナオちゃん」


 入り口の戸を閉めた俺に、店長は優しく語りかけた。俺は恥ずかしさと申し訳なさで「そうっすね……」としか言えなかった。


 閉店作業を終えた俺とショウは、2階のテーブル席でまかないを食べながら、例の儀式について検索していた。


「おお~、確かにこんな感じだったわ。全身白い服着てたし、頭のあたりにろうそくみたいなん付いてたし」


 ショウが見せてきた画像は、俺とシンゴが昨日見た奴とそっくりだった。憎い相手の髪などを編み込んだ藁人形に五寸釘を刺すことで、そいつを呪い殺すことができるという儀式らしい。コン、コンと響いていた音は、釘を打つ音だったと考えれば辻褄が合う。


「あ、でも顔はコレじゃなかったかも。なんていうのかな、能面みたいなのつけてた気がする」


 思い返すと背筋がゾッとした。暗闇に浮かぶ能面が迫ってくる映像は一晩経った今でも鮮明に思い出せる。


「まあ、色々とやり方はあるんじゃない? 俺もそこまで詳しいわけじゃないし。ただナオちゃん、これは知っといた方がいいよ」


 そう言ってショウが見せてきたページには、恐ろしいことが書いてあった。


『丑の刻参りを他人に見られた者は、目撃者を抹殺しなければ、自身に呪いが跳ね返ってくると言われています。もともと誰かを呪殺することを試みている人物ですから、正気ではありません。自身が呪い殺されないためにも、必死の覚悟で目撃者を殺しにかかるでしょう。』


 正気ではありません。正気ではありません。正気では……。脳内に再現される能面の映像とこの文字列が、嫌でもリンクする。あの人物はどう考えても正気ではなかった。心臓を握りつぶされるようなあの感覚が蘇る。俺は……狙われるのか?


 俺の顔色は、たぶんみるみるうちに青ざめていったのだろう。ショウは慌ててこう付け加えた。


「大丈夫だって! 相手は誰に見られたかなんて分かるわけないし、呪い殺すためには髪の毛とかが必要なんだから!」


 ショウの発言で俺の感じている不安がはっきりと形を成した。そうだよ、分かるんだ。奴は俺たちがここで働いていることを知っている。だから、俺はこんなにも不安で、心臓の鼓動がどんどん速くなっているんだ。


「シンゴが……投げつけたんだよ。ここの制服が入った袋……」


 店の制服である紺色の法被。胸のところに店名が印字されている。これを見れば、儀式の目撃者を見つけることは簡単だ。それに洗濯前だから当然シンゴの毛髪も付いているだろう。


「シンゴに……電話しないと!!」


 俺は祈るような思いでシンゴの連絡先を探す。あった。呼び出し音が虚しく鳴る……鳴り続けて……止まる。また掛ける。繋がらない。


 数回繰り返したが、シンゴからの反応はなかった。冷や汗が止まらない。もしシンゴの身に何かあったら……そして、次は俺の番……。

ちなみに僕が働いていたのは、焼き鳥屋ではなくもつ焼き屋です。ホルモンの焼き串屋さんですね。

はらみ、がつ、しろ、マルチョウ……。いやはや、お酒が欲しくなってきましたな( ´ ▽ ` )

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