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Day1

 午前1時30分。クーラーは入っているが、電気は消してある。窓からは月明かりに加え、駅近くのネオンが放つ光が部屋に差し込み、3人の顔を照らし出す。


「今の話、マジなやつ?」


 シンゴは緊張した面持ちでショウに問いかけた。


「マジ……なわけないだろ。マジだったら今の話、体験した本人死んじゃってんじゃん」


「うっわーマジやん! お前めっちゃ賢いなー! ビビらすなて!」


 バイト終わりに、男三人で怪談。明日から8月になるというので、誰ともなく「夏らしいこと、してぇよな」と言い始めたのがきっかけだ。ここに女子でもいればもう少し盛り上がっただろうが、部屋には3人の男と炭火の匂いがあるだけだった。


「おーい、まかない食ったら店閉めるぞ。早くしてくれー」


一階から社員さんの声が聞こえてきた。食べ盛りの大学生3人に大盛のまかないを用意してくれる、優しいアニキだ。


「おし、じゃあ行こうぜ、ショウちゃん、ナオちゃん」


 シンゴはさっきまで一番ビビっていたくせに、俺とショウを急かした。昔から調子の良いところは変わっていない。


「じゃあ、お疲れしたー」


 店のシャッターにカギをかけ、それぞれ帰路に就く。シンゴとは中学の同級生で家もそこそこ近い。俺たちは自転車にまたがり、だらだらと夜の道を走り始めた。輪郭のはっきりした月と肌に張り付く生暖かい風は、怪談よりもずっと夏を感じさせた。


 俺たちのバイト先「炭火焼鳥『備長』」は駅前にあって、平日でもそこそこ混み合う。一階は狭いカウンター席で、店長のシバさんと駄弁りながら飲んでいるおじさんに埋め尽くされている。常連同士仲良くなったり、バイトの名前も覚えてくれたりと、人懐っこい人が多い。二階にはいくつかのテーブル席があり、歓送迎会シーズンは貸し切り予約が一日二件、なんてこともあった。3月オープンだったから、俺を含むバイトメンバーの練度は低く、死に物狂いで店を回していたものだ。


 駅前とはいえ、そこまで栄えた場所ではない。自転車で10分も走ればぽつぽつと街灯が立ち並ぶ程度で、辺りはほとんど真っ暗闇になる。後ろからシンゴの軽快な口笛が聞こえてきて、少しムカつく。さっきまでビビっていたくせに……そうだ、面白そうだし、少し脅かしてやるか。


「なあ、そういや覚えてる? 中央公園の公衆トイレの話」


「おい、やめろよ。なんかオバケが出るって話だろ? 中学生の時、見たって奴いたよな~」


 俺も中学生の時はそこそこ怖がっていたが、「公衆トイレに自殺した女の霊が……」なんて、今思えばありがちな話だ。クラスに一人は「実際に見た」とか言って騒ぐ奴がいる、ってとこまでありがちだ。


「なあ、今からちょっと寄ってみようぜ。シンゴの家、ちょうどそっち方面だろ」


「嫌だよー、わざわざ通らなくても帰れるし。あそこ、俺たちが中学生だった頃より寂れてんの知ってる?」


 3年ほど前、中央公園から徒歩5分の大通り沿いにきれいな公園ができた。中央公園は少し奥まったところにあるので、地元の人がショートカットのためにすり抜ける以外に誰も通らなくなった。


「知ってるって。でも、俺たちだって大人になっただろ。何ともねぇよ。あ、そうだ。肝試しに付き合ってくれたら、女の子紹介してやるよ」


「いや~……おっけー。彼女欲しいなー、夏だし」


 ちょろすぎるシンゴを説得し、俺たちは中央公園に向かうことにした。大通りを住宅地の方に入り込み、一歩通行の細道を抜けると、例の公園は記憶よりもずっと不気味な様子で俺たちの前に姿を現した。夜の闇を広げるようなうっそうとした木々、ところどころ塗装がはがれた金属製の滑り台、街灯の薄明りを受け寂しそうに口を開くバスケットゴール。


 公園の入り口付近に自転車を停め、俺たちは噂の公衆トイレに近づいた。入り口からほんの数十秒だが、二人とも口をきかなかった。ビビりのシンゴは言わずもがな、俺も緊張しているのかもしれない。


 トイレの古い蛍光灯がチカチカと点滅している。虫たちはこの不快な光に寄せられ、トイレの周りをひらひらと飛び回る。とりあえずトイレの周りをぐるりと回った俺たちは、ちょっとしたカタルシスを味わっていた。


「……な。別に何も出やしないんだって」


 安心したせいか、多少上ずった俺の声に対して、シンゴは小刻みに頷いてみせた。辺りを見回すと、さっきまで恐ろしく感じていた周囲の景色は、ただの「夜の公園」になっていた。人間の脳というのは都合よくできているものだ。恐怖を感じることに集中していた五感が戻ってきたように思えた。


……コン……コンッ……


 何かを叩くような音がした気がしてシンゴの方を見ると、目が合った。どうやら言いたいことは同じのようだ。シンゴは公衆トイレの霊を克服したことが自信になっているのか、いつものへらへらとした調子でこう言った。


「なあ、何か聞こえるよな。このままじゃ無駄足になるし、せっかくだから行ってみねぇ?」


 確かに、ここで帰れば俺たちはオンボロの公衆トイレを一周するためだけに、ここに来たことになる。これではあまりに滑稽すぎる。それにたとえ音の正体がしょうもないものでも、話のネタくらいにはなるだろう。


「トイレを一周しただけで女の子紹介するのもなんかムカつくしな。行こうぜ」


 こうして俺たちは、音のする方へと進んで行った。この行為を心底後悔する日がくるとも知らずに。


 俺とシンゴは公園の奥から聞こえる音に近づいていった。さっきまでの軽いノリはどこかへ消え、2人して忍び足で木々の間を進んでいく。日中なら蝉の声が四方からけたたましく鳴っていそうな空間だが、今は何かを叩く金属音だけが不気味にこだましている。


 木々の中に灯りがゆらめいたように見え、俺は足を止めた。あれは……何だ? 何か白いものが、聞こえてくる音と一緒に動いている。シンゴの場所からは木が邪魔で見えていないのか、コイツはまだ進もうとしている。


 視線を戻し目を凝らすと、どうやらあれは人間のようだということが分かった。そう気づくと同時に、あれはヤバいものだと直感した。白い着物、ばさばさの乱れた髪、頭にはろうそくが立っているように見える。たとえコレが幽霊であろうと、いや幽霊でない方がヤバいのか。正気の沙汰じゃないぞ。とにかくここから離れないと。そう思ってシンゴに声をかけようとした、その時


「うわっ!! 何おまえ!」


 シンゴがそいつに気づいて大声を出した。瞬間、ヤツがこちらを振り返る。真っ白の顏に、薄笑いを浮かべた赤い唇。ろうそくの灯りに照らされた能面が、暗闇のなかにぼうっと映し出された。


「うぎゃああああ!!」


 俺たちはほとんど同時に叫んだ。驚きと恐怖に顔が引きつる俺たちと対照的に、能面は暗闇から無表情のままで俺たちを見つめている。……いや、こちらに近づいてきている!?


「来るなあああ!!」


 シンゴは持っていた袋を、能面に向かって力いっぱい投げつけた。視界が悪いせいか、能面は顔に向かってくる袋を防ぎきれず直撃、態勢を崩した。今しかない。俺は必死の思いでシンゴの腕をつかみ、自転車を停めた方へと走り出した。


 なんとか自転車のところにたどり着いた俺たちは、気が付くとまだネオンの灯る駅前に戻ってきていた。どこをどう走ったかは覚えていないが、ここまで来れば大丈夫だろう。俺たちは心落ち着く明るさの中で、恐怖から生還した興奮を分かち合っていた。


「はぁはぁ……俺たちすごいもん見たよな!?」


「あれはヤバい……追いかけてこようとしてたし」


 急いだせいで息は荒れ、心臓はドクドクと早鐘を打っている。いや、この力強い拍動は運動のみによるものではない。恐ろしいものに出会った恐怖と、そこから逃げ切った達成感も合わさったものだ。


「そういえばシンゴ、何か投げつけてたけど、あれ回収しなくていいの?」


「あー、あれはバイトの制服ね。洗濯しようと思って持ってたけど、さすがに戻るのは怖いし店長に謝るべ」


「そうなの? まあ財布とか入ってないならいいか。身分証とか入ってたら自宅バレしてとんでもないことになりそうだもんな」


 その後、俺たちは30分ほど駄弁り、できるだけ明るい道を選んで帰った。家に着いたのは午前3時をまわろうかというところだった。


 炭火の匂いを落とそうと軽くシャワーを浴びる。ああ、明日は2限からだから5時間は寝れるな、明日のバイトも19時から1時までだったよな、などと考えているが、脳内の8割は公園での出来事が支配していた。


「夢にだけは出ないでくれよー、マジで」


 そう独り言して眠りに就いた。疲れていたせいか、夢は見なかった。

 僕も大学1年の秋から卒業まで、居酒屋でバイトしてました。小説内の店や公園、登場人物などは実体験をもとにしています。リアル感が出ていれば幸いです。


 ホラー初挑戦、お手柔らかにお願いします( ´ ▽ ` )

書きながら怖くなっているので、皆さんの応援やブクマ、コメントを励みにしながら頑張りたいと思います!


 どうぞよろしくお願いします!

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