57話:交わす契約
どうも、眠れぬ森です。
先月末からなかなか時間が取れず、遅れてしまいました。
拙い文章ですが、よろしくお願いいたします。
最初に気がついたのはアイリスだった。サリアとサーシャの後を追いかけようと脚を踏み出した時、後ろから、何かが地面に落ちる音が聞こえた。反射的に振り返ると、そこには背中にナイフが突き刺さったままうつ伏せで倒れ、血を流しているライアーの姿があった。
「……え?」
目の前の状況にアイリスは言葉を失う。その時間は一瞬であったが、アイリスには人生の中で一番長い時間に感じられた。
しかし、地面に倒れたライアーの指がピクリと動いた事により、一気に現実へと引き戻された。
「……ライアー!!!!」
痛む体を引きずりながらライアーの元へ駆け寄ると、地面に倒れたその体を抱き上げた。
「っ!!!」
抱き上げたライアーの胸元からは、彼の血に塗られたナイフの切先が飛び出していた。それはライアーの
心臓を貫いているのか、傷口からは止めどなく出血していた。
「どうしたの……って!!ライアー!?!?」
「ライアー君!!!!」
アイリスの叫び声を聞いて、先を歩いていたサリアとサーシャが戻ってきた。そして、倒れたライアーに視線を向けると悲鳴のような声を上げながら容態を確認し始めた。
「……うん、まだ息はしているみたいだけど心臓が……このままじゃ時間の問題だわ………」
「今ナイフを抜くのは逆に危険だよね……気休めにしかならないけど、治癒かけるよ。アイリスはライアー君を出来るだけ動かさないように支えてて!!」
「……分かった!!」
二人の言うように、ライアーはまだ辛うじて息がある。しかし、このまま血が止まらなければ命が危ない。
「……ライアー……」
そう呟いた時だった。アイリスは背後から強烈な圧迫感を感じた。
「……誰!!」
そう叫びながら振り返ると、そこには見覚えのある仮面を付けた男が立っていた。その男を見て、アイリスは表情を険しくした。
この男に、アイリスは見覚えがあった。朧げだが、マルクと共に行動している時に何度か見た事のある男だった。
「アンタは……」
「……」
サーシャとサリアも、その男を見て表示を曇らせる。二人もこの男の事を知っているようだった。無意識ながら、アイリスたちは殺気立たせながら男を睨みつける。しかし、男はそんな三人の視線など気にしていないかのように、ライアーを一瞥すると口を開いた。
「なんやぁ?この異能者、前に戦った時とはまるで別人みたいに弱いやんけ。」
男は仮面の奥でつまらなそうにため息をつきながら言うと、ライアーを囲んでいるアイリスたちに近づいて来た。
「こっちに来ないで!!」
それを見て、真っ先に行動したのはサーシャだった。腰に携えていた剣を抜くと、アイリスたちと男の間に立ち塞がった。そして、剣を持つ手とは反対の手に魔力を込めながら叫んだ。
「それ以上近づくなら攻撃するわよ!!」
すると、仮面の男は少し驚いたように立ち止まった。暫くの静寂が続くと、それを破るように男は笑いながら言った。
「ククク…アッハッハッハ!!!なんや、嬢ちゃん一人でワイを止めようってのか!?止めといたほうがいいで〜。」
「っ!!舐めんじゃないわよ、水の弾丸!!」
「サーシャ…!ダメ……!!」
お腹を抱えて笑う男に、サーシャは憤怒の表情で魔法を放とうとした。それを見たアイリスはサーシャに向かって叫んだ。
アイリスは知っていた、その仮面の男がどんな人物であるかを。しかし、その叫びも虚しくサーシャは魔法を放ってしまった。
訓練のおかげで威力の増したサーシャの水の弾丸が男に向かって飛んでいく。しかし、男はそれを見ても笑ったままだった。それどころか、左手を前に出し真正面に向けた。すると、サーシャの魔法は男の左手の直前で跡形も無く消えてしまった。
「……え?」
目の前で起きた事が信じられないのか、サーシャは驚愕の表情で固まる。それもそのはず、放った魔法が当たることなく忽然と消えてしまったのだ。それを見て、アイリスとサーシャも言葉を失った。
その瞬間、男は前に出した左手を下げると、今度は右手を出しながら言った。
「お返しや。」
直後、男の右手から先程サーシャが放った水の弾丸が放たれた。
「なっ!?」
「サーシャ!!」
驚きのあまり動けずにいたサーシャに、サリアが大声で呼びかける。その声にサーシャは咄嗟に魔力壁を張った。
「がっ!?!?」
魔力壁の展開がギリギリ間に合ったサーシャだったが、中途半端な魔力で貼られた魔力壁は威力を殺し切ることが出来ず、彼女は吹き飛ばされてアイリスとサリアの元まで転がってきた。
「サーシャ……!!」
アイリスはサーシャに手を伸ばそうとした。しかし、その手はサーシャ自身によって阻まれた。そして、苦痛に顔を歪めながらサーシャは小声で言った。
「サリアはライアーの手当で動けない…アタシがこの男を抑えてるから、アイリスは応援を呼んできて頂戴。」
「サーシャ……」
その言葉に、アイリスは困惑した表情を浮かべながらサリアを見た。すると、サリアも頷きながら言った。
「私たちは大丈夫だよ。だから行って、ライアー君の為にも。」
「サリア……」
その言葉を聞き、アイリスは抱きかかえていたライアーを一目見ると、彼を地面にそっと寝かした。そして二人を見て言った。
「必ず、戻ってくるから、頑張って!」
二人はアイリスの言葉に力いっぱい頷いた。それを見たアイリスは、全速力で駆け出した。
(ライアー、サーシャ、サリア、頑張って、耐えて……)
そう思いながら、持てる力の全てを出して走った。
ーーーーーー
ーーーーー
ーーーー
ーーー
ーー
ー
ゆっくりと目を開けると、そこはいつか見た真っ白な空間だった。幾重にも刻まれた魔法陣が渦巻くその空間に、漆黒の髪とドレスたなびかせながら虚空を見つめ浮かぶ一人の妙齢の女性が居た。
「ヴェルディアナ……」
その姿を見て、俺はそう呟いた。その声に反応するように、虚空を見つめていた彼女はこちらを振り向いた。その紅く光る目が俺を捉えると、彼女は微笑を浮かべながら言った。
《貴方は今、選択をしなければいけません。》
「……どういう事だ。」
何の脈絡も無い話に、俺は眉を顰めながら問いかけた。すると、ヴェルディアナは先程まで見つめていた虚空を指差した。その先に視線を向けると、何処までも続いているように見えた白い空間の一部が、ひび割れ、崩れ始めていた。
「あれは一体……」
《私と貴方の精神の均衡が崩れ始めています。その理由は……ご存知でしょう。》
そう言われ、俺はハッとした。アイリスを助けた後、帰ろうと思った矢先に心臓をナイフで貫かれた。
「俺は、死んだのか?」
崩壊が始まっている空間を見ているヴェルディアナに俺は問いかけた。しかし、彼女は無表情のまま首を横に振った。
《貴方は今、私自身の防衛魔法により生きています。しかし、それも貴方の仲間が治癒によって出血を遅らせているから。長くは持たないでしょう。》
「っ!!サリア!?おい、サリアにサーシャ、アイリスはどうなっているんだ!!」
それを聞き、俺はヴェルディアナに近づき胸ぐらを掴んだ。しかし、ヴェルディアナは表情を変えること無く、ただ淡々と答えた。
《三人とも生きています、今はまだ。》
「今はまだ、だと……!?」
ヴェルディアナの曖昧な答えに、胸ぐらを掴む手に力が入る。だが、そこで俺は思い出した。ヴェルディアナが最初に言った言葉をだ。
「……最初に選択を迫られてると言ったな。あれはどういう意味だ。」
胸ぐらを掴む手を離し、頭に登った血を一旦沈めると、俺はヴェルディアナに問いかけた。すると、彼女は胸元を整えると、俺を真っ直ぐに見つめて言った。
《一つは、このまま私と共に死を迎える事です。今までは私の防衛魔法を使ってきましたが、今回の敵はそれで対抗出来る相手では無いのです。正確には、私は別の異能者へと乗り移るのですが。》
「お前の力で対抗出来ない相手だと?一体誰なん……まさか!?!?」
俺は彼女に問いかけようとして、思い出した。忘れもしない、あの仮面の男の事を。エビル・グラニスの事を。
だとすれば今この瞬間、サリアたちはエビルと対峙している可能性がある。
「クソ!!」
俺は拳を握りしめて叫んだ。あの時、最後まで油断していなければ、最後まで警戒を解いていなければ。そんな考えがぐるぐると頭の中を回るが、過ぎた時間は戻らない。
《……もう一つの選択はなんだ。》
俺は殺気を放ち、ヴェルディアナを睨みつけながら問いかけた。すると始めて彼女が、ほんの少しだけ口角を上げて言った。
《もう一つは私と契約し、ここから解放する事です。》
「解放だと?」
その言葉に、俺は静かに問いただした。それに対しヴェルディアナ静かに頷くと答えた。
《私は意志を持った魔法です。しかし、その意思は宿主には勝てない。力を制限されています。ですが、私と契約してここから解放して頂ければ、本来の力を使う事が出来ます。》
その言葉に、俺は考える。未だヴェルディアナについては未知数な部分が多い。そんなものと契約しても良いのか。しかし、迷っている時間は無い。今この瞬間にも、空間の崩壊は止まっていない。
俺は一つ息を入れると、ヴェルディアナを見つめて言った。
「お前と契約すれば、サリアたちを守れるか?」
《守るの定義が曖昧ですが、悪いようにはならないでしょう。》
俺の問いかけにそう答えたヴェルディアナは、再び口角を上げて不敵に笑う。だが、サリアにサーシャ、アイリスを守るためなら俺は悪魔にも魂を捧げる。
「分かった、お前と契約しよう。」
《感謝します。》
そう答えると、ヴェルディアナはドレスの裾を持ち上げながら恭しく一礼をした。そして俺に近づくと、右手で俺の頬を撫でながら言った。
《――――、――、―――――――。》
聞いた事のない言葉でヴェルディアナが唱えた瞬間、崩壊していた白い空間が突然巨大な黒炎に包まれた。しかし、そこに恐怖は無かった。むしろそれが心地よいとすら感じられた。
《汝、名を。》
ヴェルディアナが俺に問いかける。それに対し、俺は迷わずに答えた。
「ライアー・ヴェルデグラン。」
名前を言うのと同時に、ヴェルディアナの唇が近づいてきて、俺の唇と触れ合った。その瞬間、俺とヴェルディアナは黒炎の業火に包まれていった。
ありがとうございました。
ヴェルディアナとライアーの契約とは?
続きは年内に書き上げたい……
次回もお時間があれば、よろしくお願いいたします。