52話:ドルド攻防戦①
どうも、眠れぬ森です。
遅くなりました、すみません。
拙い文章ですが、よろしくお願いいたします。
サリアとサーシャを引き連れた俺は、要塞都市ザルバへ向かう王立魔法士団体と合流する為に王都西門へと向かっていた。
正直、未だに二人を連れて行く事に躊躇いが残っている。だが、二人の覚悟を聞いて残れとは言えない。
「なんとしてでも二人は守る……それに、アイリスも……」
後ろをついて走るサリアとサーシャを見ながらそう呟いた。その時だった、サーシャが前方を指差しながら叫んだ。
「ライアー!!西門が見えたわ!!」
その声を聞き前を向くと、ザルバへと続く街道の出入口である王都西門が見えてきた。そして、そこに集まっている魔法士団もだ。
「これは凄いな……」
俺はその光景を見て声を漏らした。エルハルトが動かせると言っていた魔法士は百五十人程だと言っていたはずだ。しかしそこにはその倍である三百人程の魔法士が集まっていた。
「すまない、遅くなった。」
「ん?あぁ、ライアーか。大丈夫だ、遅れてはいない。リアス達もまだ来ていないからな。」
「そうか。」
その状況に驚きつつ、部隊へ指示を出していたエルハルトに声をかける。すると、エルハルトはこちらを振り返りながら言葉を返してきた。俺はそれに一言返すと、ぐるりと周りを見渡しながら問いかけた。
「それにしても、魔法士の人数が多いな。戦力が多い事に越したことはないが、動かせるのは百五十人が限界じゃなかったのか?」
「あぁ、その事なのだが――――」
俺の問いにエルハルトが答えようとした時だった。
「「サリア!!」」
突然人混みの中からサリアを呼ぶ男女の声が聞こえてきた。この場にいる全員が、声をした方を向く。俺も例外に漏れずにそちらを見ると、金髪を短く切り揃え鎧を身につけた女性と、茶色の髪を後ろで束ねローブを着た男性が馬に跨りながら驚いた表情でこちらを見ていた。いや、こちらと言うよりも俺の後ろにいるサリアに視線が行っていた。
俺は振り返りサリアを見ると、彼女も驚きの表情で二人を見て呟いた。
「エリザベート姉様に、クライン義兄様?」
その瞬間、二人は馬から降りると足早にサリアの元へと駆け寄ってきた。そしてサリアの肩を掴むと、早口で問いかけ始めた。
「何故お前がここに居るんだ!?この作戦は秘密裏に行われるはずなのだぞ!?」
「サーシャちゃんも居るじゃないか!!どうしてここに連れてきたんだい!?」
「あ、えっと……」
二人のマシンガンの様な問いかけに困惑しているようで、涙目で俺を見てくる。それを見て俺は小さくため息を吐くと、サリアに詰め寄っている二人に声をかけた。
「サリア、それにサーシャをここに連れてきたのは俺だ。」
「ん?」
「確かキミは……」
俺の言葉に二人が振り返りながらこちらを見る。エリザベートからは怒気を孕んだ視線が、クラインからは何処か見透かした様な視線が向けられた。
そんな視線を受けつつ、俺は二人の前に片膝をついて頭を下げると二人に話しかけた。
「俺の名前はライアー・ヴェルデグラン。今回の作戦にサリアとサーシャを連れてきたのは俺です。」
「なるほど、貴様が例の……」
「やっぱりキミがそうだったか。」
俺の言葉に二人は顔を見合わせると、掴んでいたサリアの肩から手を離しこちらを向くと、言葉を続けた。
「私はセリエス王国第二王女、エリザベート・テオ・セリエスだ。貴様の事は父上から聞いている。」
「僕はクライン・テオ・セリエス。セリエス王国第二王子だよ。」
やはりか、俺は二人の名前を聞いてそう思った。先程サリアが二人を姉と兄と呼んだのを聞き逃さなかった。それならば、不用意な揉め事は避けるべきだ。そう思い、俺は自らサリアを連れて来たと名乗り出たのだ。
「それで?貴様がサリアを連れて来た理由を聞かせてもらおうか。」
エリザベートは名乗り終わると直ぐに厳しい視線に戻り、俺に問いただしてきた。隣に立つクラインも先程よりも表情は解れているとはいえ、神妙な面持ちだ。
俺は二人の顔を見ながら話した。敵に俺たちの友達が囚われている事、その友達を助け出す為にサリアとサーシャは覚悟を決めてここにやって来た事。
エリザベートとクラインは俺の話を黙って聞いていた。しかし、全て話し終えると何かを察した様な表情で話し出した。
「貴様の話は理解した。エルハルトが大慌てで魔法士をかき集めていたのもそのためだったのか。」
「父上からは社会勉強の為と言われていたけど、こんなにキナ臭い事になっていたとは思わなかったね。だけど、やっぱり連れてきて正解だったよ。」
「どういう事だ?」
クラインが発した社会勉強の為と連れて来たという言葉に、俺は違和感を覚え問いかけた。すると、クラインは振り返りながら答えた。
「義父上から突然言われたんだよ。要塞都市ザルバで問題が発生したから、第二とはいえこの国の王子であるのならばその目で現状を見て来いってね。」
「連れて来たというのは?」
「僕とエリザベートの私兵だよ。エルハルト団長の魔法士団には劣るけど、支援くらいは出来ると思ってね。」
「なるほどな。」
そう言って俺は再び周りにいる魔法士たちに目をやる。確かに、王立魔法士団のローブを着た者の中に混じって王家の紋章が入ったローブを着た魔法士の姿が混じっている。
「確かに、戦力は多いに越したことはないな。」
「そうだろう、期待しておけ。」
「駄目だよエリザベート、僕たちはあくまで後方待機なんだからね。っと、そろそろ僕たちは戻るよ。」
「むぅ……」
ふと呟いた俺の言葉に、鎧の胸当てをドンと叩くエリザベートにそれを注意しながらクラインは自分の馬の所へと戻って行った。
「驚いたわ、まさかエリザベート様とクライン様が居るなんてね。」
「本当だよ、私も驚いて固まっちゃった。」
「そうか。それで、二人はどういった人間なんだ?」
二人の背中を見送っていると、サーシャとサリアがそう言いながら近づいてきた。俺はそんな二人にエリザベートとクラインについて問いかけた。
「クライン様は土属性の魔法士よ。でも、魔法を使っているところはあまり見た事無いわ。」
「姉様は私と同じ火属性の魔法を使うよ。でも、魔力量があまり多くないから、どちらかと言えば魔術士に近い戦い方をするね。」
そんな二人の言葉に俺は少し考える。確かにエリザベートの腰に携えた剣には魔法術式が刻まれていた。彼女の発言から、そこそこ腕は経つのであろう。
しかし、クラインに関しては魔法士らしい格好をしているものの、それほど力を持っているようには見えない。そして何より俺が心配している事があった。
(あの二人にはサリアとサーシャのような覚悟が感じられない。)
エリザベートとクラインの話を聞いた限り、この二人は戦場というものを経験した事が無いと感じた。恐らく訓練はそれなりに受けているのだろうが、サリアのように実戦を行う機会が無かったのだろう。
それ故に、二人のやり取りには何処か楽観的なものが見えた。
「ライアー……大丈夫?」
そんなことを考えていると、不意にサーシャに声をかけられた。ハッとして振り向くと、不安気な顔のサーシャとサリアが目に映る。
「……大丈夫だ。」
「でも、すごく怖い顔してたよ?」
そう答える俺に、サリアがすかさず声を上げる。それを聞いて、俺はちらりとエリザベートとクラインの方を見た。相変わらず興奮しているエリザベートをクラインがなだめている様子が目に映った。
二人も俺の視線の先に居るエリザベートとクラインを見る。すると、二人は同時にため息をつき言った。
「大丈夫だよ、姉様はああ見えてちゃんと引き際は分かる人だから。ライアー君が心配することはないと思うよ。」
「クライン様も周りを見れる方だわ。なんて言ってもアーサー陛下の実子なのよ?」
微笑みながら言うサリアとサーシャに、俺は黙って頷いた。
すると、どうやらリアスとカインも到着したようでエルハルトが皆を呼び集めた。
「よし、それでは要塞都市ザルバにて西方連合国ドルドの部隊を迎え撃つ。いいかお前たち、これは戦争だ。生半可な気持ちではこちらがやられる、気を引き締めて行くぞ!!」
「「「「「はっ!!!!」」」」」
エルハルトの声に王立魔法士団だけでなく、エリザベートとクラインの私兵も一斉に声を上げた。そしてエルハルトを戦闘にザルバへ向けて進軍の準備をし始めた。
俺たちは魔法士団の後方の馬車へと乗り込もうとした時、ふと声をかけられた。
「ライアーくん、遅くなってごめんなさいね。」
「すみません、少し準備に手間取ってしまいました。」
「気にするな、時間に遅れてはいないからな。」
声をかけてきたのはリアスとカインだった。俺は簡単に返事を返すと、ふと辺りを見回して問いかけた。
「そういえば、ジェームスはどうした?」
俺と同じ屍人もどきの調査を行い、この先頭にも参加するはずのジェームスの姿が見えないのだ。不思議に思っていると、リアスが困ったような顔で答えた。
「彼はザルバへの伝令兼斥候役としてもう出発したわ。それよりも、どうしたって聞きたいのはこっちよ。」
そう言いながら俺の後ろにいるサリアとサーシャに目を向けた。その視線に二人はあわあわしながら俺の後ろに隠れた。そんな二人を俺はリアスの前へと押し出しながら言った。
「理由は二人から聞け。」
俺の言葉にリアスは頷くと、二人を真剣な眼差しで見つめる。その視線に一瞬怯んだものの、二人は手を繋ぎ拳を握りしめて言った。
「リアス学園長、私はアイリスを助けに行きたいです!もちろん、私自身何が出来るか分かりませんが、それでも親友の事は自分たちで助けたい!!」
「あたしもサリアと同じです。いつも喧嘩ばかりしてるけど、アイリスはあたしたちの親友です。ライアーに無理言ってを来たことは謝ります。でも、親友が苦しんでいるのに見ているだけなんて出来ないわ!!」
目に涙を貯めながらそう叫ぶ二人の言葉を、リアスは目を閉じて聞いていた。そして、ゆっくりと目を開けると、見たこともない冷たい目で二人に問いかけた。
「これは戦争、殺し合いよ?」
「分かっています、そのつもりで来ました。」
「アイリスちゃんは『人口呪物』によって操られているわ。元に戻ることは無いかもしれないわ。」
「それでも、黙っていることはあたしには出来ません。」
二人は震えながらも、リアス凍てつくような視線を真っ直ぐ見返しながら答えた。一瞬の静寂の後、リアスはふぅと息を吐くと、俺を見て再び困ったような顔で言った。
「まったく仕方ないわ。ライアーくん、二人はあなたと一緒に後方支援部隊に回ってもらうわ。」
「分かった。」
「それじゃあ、後は向こうでね。」
そう言うと、リアスとカインはエルハルトのほうへと歩いていった。
「はぁ〜……」
「怖かった……」
リアスたちの背中が遠くに行くと、サリアとサーシャはヘナヘナとその場に座り込んだ。それもそうだろう、リアス殺気を真正面から受けたのだから。それでも、二人はそれに負けず立ち向かった。身内とは言え特級魔法士相手が相手にしてはよくやったものだ。
「それでは、これよりザルバへ救援に向かう。総員進行準備だ。」
そうしていると、エルハルトの声が響いてきた。それを合図に、俺たちは後方の馬車に乗り込んだ。全員が配置に着くと、俺たちを含めたセリエス王国魔法士団が進行を開始した。
俺は馬車から顔を覗かせて行く先を見つめる。
(待っていろ、アイリス。)
心の中でそう呟くと、一団は歩みを進めて行った。
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王都出発から三日、俺たちは何度か魔物の襲撃を受けながらもザルバまであと少しというところまで来ていた。そこで最後の休憩を取っていると、エルハルトがやって来て俺に耳打ちをして来た。
「ライアー、少しいいか。」
「どうした?」
俺が答えると、エルハルトは一瞬サリアとサーシャに視線を向けた。それを見て俺は頷くと同時に立ち上がり、エルハルトの後ろについて歩き出した。
「ライアー君……」
「ライアー……」
すると、サリアとサーシャが不安そうな視線でこちらを見てきた。
「大丈夫だ。」
それだけ言うと、俺は再びエルハルトを追いかけ、歩き出した。
俺が連れてこられたのは王立魔法士団の天幕であった。他の団員たちからの視線を受けながら中に入ると、そこにはリアスにカイン、そして一足先にザルバへと向かっていたはずのジェームスの姿があった。
「一体何が起きた?」
集められたメンツにただならぬ雰囲気を感じ、俺は全員に問いかけた。俺以外の全員がジェームスのほうに視線を向けた。
「すみません、休憩中にお呼びだてしてしまって。ライアーも悪いね。」
いつもの胡散臭い笑みでそう言うジェームスだったが、よく見ると身につけているもののあちこちに血痕や僅かなダメージが見えた。
エルハルトたちもそれに気が付いているようで、険しい表情をしている。
「それでは、現状のザルバについての報告をしたいのですが、よろしいですか?」
「頼む。」
ジェームスの言葉にエルハルトは一言答える。すると、ジェームスは糸目を少しだけ開き言った。
「まずは西方連合国ドルドの動きについてですが、初めの攻撃以降、『人口呪物』を使用した魔法士は出てきていないようです。しかし、その攻撃によりザルバを守る三重の防壁の一つ目が突破されました。それによりザルバの前衛部隊の七割が壊滅しました。」
「そう…民間人の被害はどうなっているのかしら?」
報告を聞き、リアスが心配そうに問いかける。
「一つ目の内壁には兵士用の街しかありませんのでそこはご安心を。敵はその街を掌握し体制を整えているようです。しかし……」
そこまで言い、ジェームスの口が止まった。そして、意を決した様子で言葉を続けた。
「しかし、敵は二つ目の防壁を攻めるにあたり、例の屍人もどき、そしてアイリスちゃんを投入してきています。」
「……なに?」
アイリスという言葉を聞き、俺はジェームスを睨みつけた。落ち着かなければいけないと頭では分かっている。だが、湧き上がる激情が俺の心を酷く掻き乱す。傭兵時代にもこんな事は無かった。
「ライアー君、一旦落ち着きましょう。」
そんな俺を見て、カインが近付いてきて宥める。俺は握りしめていた拳の力を抜き、一息つくとジェームスに頭を下げた。
「すまなかった、話を続けてくれ。」
俺の言葉にジェームスは頷くと、話の続きを始めた。
「現状、ザルバの兵がどうにか防いでいる状況です。しかし、何かおかしいとは思いませんか?」
「おかしいだと?」
ジェームスの問いかけに、エルハルトを筆頭にこの場にいる全員が首を傾げる。その様子をジェームスは見ながら静かに言った。
「強固と言われるザルバの防壁の一つ目をいとも簡単に突破したのに、わざわざ二つ目で屍人もどきに襲わせる。そんな回りくどい事をする意味があるのでしょうか。」
その言葉に俺たちはハッとした。
確かに言われてみればおかしな話だ。ザルバへの攻撃が確認されたのは三日前、早馬を使っても王都までは二日かかる。たった一日で防壁を落とした敵軍にしては回りくどすぎる。
「『人口呪物』の使用者は連続で魔法を使えないという事はないのかしら?」
リアスが手に顎を起きながらジェームスに問いかける。しかし、ジェームスは首を横に振り答えた。
「ザルバの兵によると、屍人もどきたちが攻め入っている後ろで魔法士たちが待機しているとの事です。オレ自身、戦闘に参加してそれを確認しました。」
「という事は、何かを待っているという事ですか?」
カインが眼鏡をなおしながらそう問いかける。すると、ジェームスは難しい顔をして頷いた。
「おそらくは……しかし、何を待っているかは分かりません。出来るだけ探りは入れて見ましたが、有益な情報は……」
そうジェームスが話している時だった。突然、眼帯の下の右目に激しい熱と痛みを感じた。
「ぐ、ぁぁぁあぁあぁぁ!!!!!!!!」
「ライアーくん!?」
「ライアー!!」
右目を押さえて蹲る俺に、リアスとエルハルトが駆け寄って声をかけてくる。しかし、その声は頭に響く声によってかき消されていた。
《あの時から待っていました。》
《眠る私に、目覚めた貴方。》
《これが運命というのでしょうか。》
頭に響く声が徐々に小さくなるに連れ、右目の熱と痛みが引いていく。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」
「ライアーくん、大丈夫なの?」
俺は押さえていた右目から手を退ける。すると、リアスが心配そうな顔で問いかけてくる。俺は立ち上がり額の汗を拭うと、全員の顔を見渡しながら言った。
「相手が待っているのは俺、つまり《異能者》だ。」
ありがとうございました。
セリエス王国vs西方連合国ドルドの戦いが始まろうとしています。
次回もお時間があれば、よろしくお願いいたします。