51話:それぞれの思惑
どうも、眠れぬ森です。
遅くなりました、すみません。
今回は主人公以外のお話となります。
拙い文章ですが、よろしくお願いいたします。
「一体どういうつもりなのだ、ジェリコ!!」
円卓を囲むように座る五人の男女が居る部屋に男性の怒声が響く。そこは西方連合国ドルドの国家会議室であった。
「わっちも今回の行動には理解出来んせん。説明してくんなんし。」
怒声をあげた男性に続くかのように、扇子で口元を隠した女性が鋭い目を向けて問いかける。二人はドルドでも随一の穏健派として知られるシェード・メンフィスとリターニア・キャロラインだ。
複数の国家が集まり一つの国として成り立っているドルドでは定例で代表者会議が開かれるのだが、今回の内容は二人にとって黙っていられない議題であった。
――セリエス王国への宣戦布告と開戦――
前元首が徹底した穏健主義だったおかげでセリエス王国とは非常に良い国交を樹立出来ていた。しかし、前元首の死亡により選挙が行われ、革命派のジェリコ・ワングレンへと元首が変わった途端に状況が一変したのだ。
軍備の強化や魔法士の育成に力を入れ始め、セリエス王国へ戦争を仕掛けた。それは前元首が行ってきた全てを無駄にしてしまうとも言える行いだ。
「今まで我々のような小国家が生き延びてこれたのが前元首クラッド様のおかげであると理解しての行動か!!」
未だ沈黙を続けるジェリコに対してシェードは机を叩きながら声を張り上げ、リターニアもさらに視線を鋭くして睨みつける。すると、ジェリコはそんな二人を見ると、ため息を吐きながら言った。
「あきまへんな、そんな考えじゃ。」
「ど、どういうことでありんすか?」
突然の言葉にリターニアが困惑の表情で問いかける。それをジェリコはまるでつまらなそうな目で見ると、淡々と語り出した。
「ええか?ウチらみたいな小国家がこれから生き残って行くためには他の国に負けへん力が必要や。いつまでもゴマ摩っとったらダメなんやで?それには戦って勝つ以外に方法なんかあらへんやろ?」
「しかし、相手が王国では流石に……」
「わっちらと王国とでは、あまりにも戦力差がありすぎて勝負になりんせん。」
そう言うジェリコに食い下がるシェードとリターニアだが、それを見越したかのようにジェリコはニヤリと笑うと口を開いた。
「異能者が力を貸してくれたらどうや?」
「なっ!?」
「そんな!?」
ジェリコの言葉にシェードとリターニアは目を見開いて教学する。それを見てジェリコは満足気な表情を浮かべると、更に話を続けた。
「それだけやない、ウチらにはもうひとつの秘密兵器があるんや。」
そう言いながら懐から一つの指輪を取り出した。それを見て二人は完全に言葉を失う。
「それは……《人口呪物》でありんすか?」
リターニアの言葉にニヤリと口を歪ませるジェリコに、シェードは円卓を叩きながら他の二人に問いかけた。
「ギギ!バラン!お前らはどうなんだ!!そこまでして戦争をしたいのか!!」
そんなシェードの言葉に茶髪の髪を逆立てた男、ギギ・ルメイルは笑いながら答えた。
「決まってるやんか。俺っちは革命派だぜぃ?もちろん、ジェリコに付いていくに決まっとる。」
「ぐ、ぐぅぅ……ではバラン、お前はどうなんだ。」
シェードはギギの言葉に顔を歪ませながら唸ると残る一人、腕を組みながら静かにこの場を静観していたバラン・ドルドネルを見た。
バランは西方連合国ドルドを作り、今まで穏健派として最期まで国を纏めあげていたクラッド・ドルドネルの甥だ。それ故にシェードはバランならば反対してくれると期待していた。しかし、バランの口から出た答えはシェードの予想とは反対の言葉だった。
「俺も、ジェリコの意見に賛成や。」
「なん………だと………」
バランの言葉に有り得ないと言った表情をするシェード。そんな彼に向けて、バランは淡々と話した。
「確かに今までは物資も何もかも足りない状況で他国との国交に頼るしかなかった。だが、現在の状況はどうや?未だ小さな小競り合いはあれど、国としての機能は整ってきた。ならば、今後のことを考えて領土を広げるのは賛成や。手段は気に食わんがな。」
それだけ言うと、バランは目を閉じて黙ってしまった。その様子にシェードは怒りで顔を真っ赤にすると、再度円卓を叩き言った。
「もう我慢ならん、ワシらは手を貸さん!!連合国からも脱退する!!」
「わっちの所も、シェードはんと同じ考えでありんすよ。」
リターニアも釣られてそう言うと、席から立ち上がろうとした。その時だった。
「全く、穏健派はどいつもこいつも軟弱者やなぁ。」
この場にいる誰でもない声と同時に、ヒュッという音と共にシェードとリターニアの頬の横を何かが通り過ぎて行った。その数秒後、頬を流れる液体と鈍い痛みを感じて手で触ると、二人の手には血が付いていた。
「何者だ!?」
「姿を見せなんし!!」
二人は直ぐに警戒態勢を取ると、シェードは腰に刺した剣に、リターニアは両手に鉄扇を持ち構えた。すると、ポンッという音と紙吹雪と共にジェリコの後ろに仮面を付けた男が現れた。それを見てシェードは剣を抜き、リターニアは鉄扇を開いた。すると、それを見たジェリコが二人を手で制した。
「やめとき、二人じゃ敵わん人らや。」
「どういう事だ!!」
ジェリコの言葉にシェードが叫ぶ。その瞬間、二人の後ろから首元にナイフが突きつけられた。
「なっ!?」
「っ!?」
驚く二人を前に、ジェリコは余裕の表情で立ち上がると、後ろに立つ仮面の男を指差して言った。
「紹介が遅くなったけど、コイツの名前はエビル・グラニス。さっき言ってた異能者や。そしてアンタら二人の後ろに居るのはエビルの仲間、《死の仮面》のメンバーや。」
その言葉にシェードとリターニアは言葉を失った、その時だった。
「な…に……」
「ち、力が……」
ガクンッと、二人は膝から崩れ落ちた。その様子を見て、エビルは大袈裟に驚いた様子で言った。
「やっと効いてきたんか。大型の魔物でもものの数秒で倒れる麻痺毒をここまで耐えるなんて、小さくても国を纏めとっただけの事はあるわな。」
「麻痺…毒だと……まさか、さっきのナイフに……」
「察しがええな、ワイは異能者で魔法が使えんさかいこんな手しか使えんのや。」
シェードの言葉に笑いながら答えるジェリコを見て、リターニアも苦痛の表情を浮かべながら問いかけた。
「噂では、セリエス王国にも異能者が居なんす……兵力差も歴然……勝つことはありんせん。」
「普通に考えたらそうやろうな。せやけど、ワイらにはもう一人仲間がおるんや。」
エビルはそう言うと、会議室の扉のほうに目を向けた。釣られてシェードとリターニアも視線を移すと、扉が開き一人の男が入ってきた。
「お、お前は……!?」
「お久しぶりです、シェードさん。地獄のそこから戻って来ましたわ。」
その男を見てシェードは驚愕の表情を浮かべた。そこに立っていたのは、かつて違法魔術兵器の製造によりこの手で何度も捕らえた後、行方不明になっていたマルク・ノックスだった。
「な、何故お前がここに……」
段々と麻痺毒により途切れそうな意識を必死に繋ぎ止めながら問いかけると、マルクは狂気に顔を歪めて答えた。
「アンタらに復讐する為ですわ。僕の才能を認めようとせず、見下したアンタらに。そこに居るエビルさんに言われて、《人口呪物》を作れるまでになったんですわ。」
「そんな事に……何…の意味が…………」
そこまで言うと、シェードとリターニアの意識は途切れたのだった。
エビルの麻痺毒により気絶した二人を見て、ジェリコはつまらなそうな表情をしてギギに言った。
「終わるまで余計な事をされたら堪らんからな、二人を地下牢にでも放り込んどき。」
「おっけーっス。」
そう言われたギギはシェードとリターニアを引きずりながら部屋を出ていった。それを横目で見ていたバランは、ギギが部屋を出るのと同時に立ち上がり言った。
「用は済んだな。俺は帰るで。」
そして部屋を出ていこうとするバランにジェリコは声をかけた。
「ちょい待ち、アンタが賛成するかはウチでも五分五分だったんや。今やらやけど、なんで賛成したんや?」
するとバランは立ち止まりジェリコを見た後、再び背を向けて言った。
「ドルドが生き残る為に必要だったからや。」
それだけ言うと、バランはそのまま会議室を出ていった。
それを見届けたジェリコはふぅと息を吐くと、恐る恐るといった様子でエビルに問いかけた。
「エビルさん、本当にあれでよかったんか?ウチらは何も間違ってへんよな?」
先程までの雰囲気とは違い、怯える様子でエビルに問いかけるジェリコ。それを見てエビルは笑いながら答えた。
「最高の演技やったで。これで約束通り、ドルドの元首の座はお前のもんや。」
その言葉にジェリコはへなへなと椅子へ座ると、今度はマルクがエビルの足元へ縋るように問いかけた。
「エビルさん、ぼ、僕との約束はどうなったんや!?依頼通り、《人口呪物》を二百個納めた!!だから約束を!!」
必死にそう言うマルクに、エビルは少し考えるふりをすると、マルクに言った。
「まだや、まだワイはその効果を見てへん。これから最前線へ行って効果を確認してからやな。」
「そ、そんな……」
そんなエビルの言葉にマルクは絶望の表情をする。しかし、エビルはそんなマルクの肩に手を置くとゆっくりと話した。
「心配せんでもええで。ワイは絶対に約束を守る。効果が見れたら契約は成立や。」
そう言うと、マルクは途端に表情を綻ばせた。そして立ち上がると、エビルに向かって言った。
「ありがとうございます。直ぐに最前線へ向かいましょう!!」
そして慌てるように会議室を出ていった。そんなマルクを見ながら、エビルは仮面の下で顔を歪めて笑った。
(準備は出来たで。今度こそ遊ぼうや、ライアー・ヴェルデグラン……いや、《最古の殲滅魔法》。)
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ライアー達との緊急会議の後、セリエス王国の国王であるアーサー・テオ・セリエスは馬を走らせてとある場所へと向かっていた。
向かっているのは南にある森、そこにある彼女の研究所だった。そこは緑豊かな森林の中にポツンと佇む一棟の建造物。この窓も扉も無い、灰色で無骨な建物こそ、アーサーが目指していた研究所であった。
「いつ見ても異様な光景だな…」
木々に囲まれた中にそびえ立つその建物を目の前に改めてそう思うと、アーサーは壁に手を付き魔力を流しながら言った。
「セリエス王国国王のアーサー・テオ・セリエスだ。お目通り願えないだろうか。」
静かな森にアーサーの声が木霊する。すると壁に線が入り、扉のように壁が開いた。
《入りたまえ。》
無機質な声にアーサーは一礼すると、その建物の中に足を踏み入れた。すると、音もなく扉が閉まり元の壁に戻ると、アーサーは中に目を向けた。
そこには乱雑に置かれた山のような魔術兵器や魔道具、そして魔物を入れた檻や無数の機械が置かれている中、部屋の中央に置かれた作業台とデスクとチェア。そして目的の人物、ユナ・マクスヴェルがデスクに腰掛けながらこちらを見ていた。
「久しぶりだねぇ、アーサー君。いや、今はアーサー国王陛下として跪いたほうがいいかい?」
「お久しぶりです、ユナ様。それとご冗談は辞めてください。」
そう言いながらアーサーはユナに近づく。すると、ユナは何かの残骸の中からゴソゴソと小さな椅子を取り出すと、それに付いた埃を拭いて自身のチェアの近くに置きながら言った。
「あいにく、ここにはこんな物しかないんだ。それでも良ければかけたまえ。」
「ありがとうございます。」
アーサーはユナが置いた椅子に腰掛けると、それを見計らったようにユナが口を開いた。
「それで、用件は何かな?いつまでも王城に挨拶に来ない事を咎めに来たのかい?」
二人分のコーヒーを用意しながらそう言うユナに、アーサーは慌てて答えた。
「そんな!むしろ儂のほうがユナ様のところに来るのが遅くなり申し訳ないと思っています。」
「確かに、最後に見た時よりだいぶ老けたじゃあないか。人間とは歳をとるのが早いものだねぇ。」
そう言いながら入れ終えたコーヒーをアーサーに手渡しながらユナが言う。
それもそのはず、ユナと最後に会ったのは五十年前、アーサーがまだ十代半ばの頃だ。容姿が変わらないエルフからしてみれば、あっという間に歳を取ったように見えるだろう。
そんなユナの言葉に苦笑いを浮かべたものの、直ぐに表情を整えると、アーサーはユナに向かって話し出した。
「ユナ様、本日はお願いがあって参りました。」
「ふぅん、聞こうじゃないか。」
そう言ってコーヒーに口をつけ、眉間にシワを寄せた後大量のミルクと砂糖を入れ始めるユナを見ながら、アーサーは続けた。
「実は少し厄介な事が起きております。もうお耳には入っていると思いますが、《人口呪物》の存在が確認されました。そして、それを使った西方連合国ドルドと戦争になりました。」
「ほう、それで私にその戦争に出てくれとでも言うのかい?それなら悪いけどお断りだよ。」
甘くなったコーヒーを静かに飲みながら、興味なさげに返事をするユナ。しかし、アーサーはそれでも話を続けた。
「今回の戦争なのですが、異能者が関わっております。」
そう言った瞬間、ピタリとコーヒーを飲むユナが動きを止めた。そして、先程まで一切合わせなかった視線をこちらに向けてきた。
それを見て、アーサーは内心ホッとすると共に状況を話した。
「相手側、そしてこちら側にも異能者が存在している状況です。そして、どちらも前線へ出ての戦いになると思われます。」
「……その異能者の名は分かるかい?」
「相手側の名はエビル・グラニス、こちら側の名はライアー・ヴェルデグランです。」
「ヴェルデグラン……」
アーサーが二人の名前を出すと、魔法により人間の耳に擬態させていたユナの耳が元のエルフの耳に戻る。
(やはり、ユナ様もですか。)
それを見てアーサーは内心でそう思った。その瞬間ユナは立ち上がると、持っていたコーヒーのカップをデスクに置き、アーサーを見て言った。
「気が変わった、その戦争とやらに私も参加しよう。但し、基本的にはサポートに回ると考えてくれたまえ。何しろ、実戦から離れて随分と経つからねぇ。それと、参戦の褒美も考えておいてくれたまえよ。」
「ありがとうございます、それも承知しています。それと、もう一つお願いがあります。」
ユナの言葉にアーサーは深くお辞儀をすると、一枚の写真を取り出しながら言った。
「戦場でこの娘を見た際には、戦闘よりも救助を優先して頂きたいです。」
ユナはその写真をチラリと見ると、不敵に笑いながら答えた。
「随分と面倒な事を要求してくるじゃないか。殺してはいけないのかい?」
「この娘はライアーと近しい者です。」
ユナの問いかけに答えになっていないような答えをするアーサーだが、ユナにはそれが伝わったようだ。ユナはアーサーから写真を受け取ると、首から下げられたネックレスを指でなぞりながら問いかけた。
「彼女の名前は?」
「アイリス・クラントンです。」
アーサーの言葉に暫し何かを考えると、ユナは白衣を翻しながらアーサーに言った。
「さて、これから研究しなければならない事がある。用件は済んだかい?」
「以上です、ありがとうございました。お時間を取らせて申し訳ありません。」
ユナの言葉に再度お辞儀をしながらそう言い踵を返すアーサーの背中を見送ると、ユナは研究所の地下へと続く階段を降りていく。
そこには大小様々な檻が所狭しと並べられている。ユナはその中でも特に大きい檻の前に立つと、中にいる魔物に声をかけた。
「ヴェルデグラン、随分と懐かしい名前が出てきたよ。君も聞くのは久しぶりじゃないかい?」
ユナの言葉に伏せていた首を少し持ち上げて唸る魔物。それを見ながらユナは話しかけ続けた。
「それに、君を苦しめていたあの《人口呪物》も一緒だ。」
そう言うと、魔物は完全に立ち上がりユナを見詰めて更に唸り声を上げた。それを見てやれやれと肩をすくめながら魔法によりかけられていた鍵を外す。そして檻から出てきた魔物を見上げながら呟いた。
「さて、二人で過去の精算でもしに行こうじゃあないか。」
ありがとうございました。
次回、いよいよ西方連合国ドルドvsセリエス王国です。
次回もお時間があれば、よろしくお願いいたします。