46話:裏切りの術式付与士《グレンター》
どうも、眠れぬ森です。
遅くなりましたが、次話が書けました。
拙い文章ですが、よろしくお願いいたします。
国王から勅命を受けた翌日、俺はカインに呼ばれ魔法研へと足を運んでいた。要件は恐らく、元魔法研統括責任者であったユナ・マクスヴェルの件であろう。
そう考えながら魔法研の入口に差し掛かると、見慣れた顔の人物が声をかけてきた。
「あら、エルハルトじゃない。ここに顔を出すなんて珍しいわね。」
声の主は魔法学園の学園長を務めているリアス・エルドラドだった。彼女も俺と同じく、国王から勅命を受けて先の《人口呪物》について調べている一人だ。
「リアスか、お前もカインに呼ばれてきたんだろう?」
「ええ、そうよ。カインからの呼び出しとなると、どうやらユナ博士に話を聞けたようね。」
そう言うと、リアスは首を縦に振りながら答えながら魔法研へと入っていく。俺はその後に続いて行った。
カインの研究所へと向かうために廊下を歩いていると、不意にリアスが問いかけてきた。
「エルハルト、あなたは三人の中に黒が居ると思うかしら?」
そんな言葉にリアスの方を見た。そして少し考えた後、俺は答えた。
「可能性がある……としか今は言えん。三人とも実力はあるが動機が見つからん。」
「なるほどね、私も同じ考えよ。三人とも関わりがありそうなのにその理由が見つからないのよ。」
そう言うとリアスは立ち止まり、顎に手を当てて考え始めた。そしてしばらくすると、再び俺を見ながら言ってきた。
「考えているだけじゃ始まらないわね、早くカインのところに行きましょ。」
「……そうだな。」
リアスの言葉にそう答えると、俺たちは目的の場所へと歩き始めた。
その後、俺とリアスは魔法研の廊下を進みながら今回の事件について話していると、いつの間にかカインの研究室へと着いていた。
ドアをノックしてから扉を開けると、そこではカインがなにかの資料をまとめている所だった。
「カイン、来たぞ。」
集中しているようでなかなかこちらを見ないカインに声をかけると、ハッとした表情で顔を上げた後、立ち上がりながらこちらへと声をかけてきた。
「エルハルト団長にリアス、お忙しいところお呼びして申し訳ありません。」
「気にしないでいいわ、仕事だもの。」
そう答えるリアスを尻目に、俺は本題を切り出した。
「それで、ユナ・マクスヴェルの件はどうだった?」
そういった途端、カインが表情を変えた。どこか緊張感のある顔で眼鏡を直すと、コポコポと音を立てているコーヒーをカップに注ぐと、一口口をつけて話し始めた。
「……では、ユナ博士の聴取の件をお話します。どうぞ席に座ってください。」
その様子に俺とリアスも緊張の面持ちで座ると、先程まで資料を纏めていた席に戻ったカインがゆっくりと口を開いた。
「結論から言います。ユナ博士は限りなく白でしょう。」
「それは何を根拠にしているのかしら?」
俺が言うよりも早く、リアスがカインに問いかける。すると、カインは肘を机に乗せて手を組みながら答えた。
「僕がユナ博士に《人口呪物》の残骸を見せた際、確かに彼女は反応を示しました。しかし、その反応は落胆と言っていいものでした。」
「落胆だと?」
予想外の答えに俺は眉を顰める。それを見てカインは頷くと、一枚の資料を俺とリアスに手渡してきた。
「これは一体……」
「これはユナ博士からのレポートになります。内容は先の《人口呪物》についての欠陥を指摘したものです。」
「なんですって!?」
カインの言葉にリアスが声を上げて資料に目を通し始める。それを見て俺も資料に目を落とす。
確かにそこに書かれているのは《人口呪物》に刻まれた術式に関しての指摘や改善点だった。そして、最後にはユナ・マクスヴェルのサインと血印が押されていた。つまり、これはユナ・マクスヴェル本人が書いたものということだ。
「確かに、これは本物のようね。この短い時間でここまで解析するなんて……」
リアスが驚いたように資料から顔を上げて言った。
専門外である俺といえ、いくら優秀な科学者と機材が揃っていても、魔法術式が複雑に刻み込まれた《人口呪物》を解析するなんて普通のことでは無いは分かる。
そんな様子を見ながら、カインは再び話し始めた。
「また、ユナ博士は聴取の際に全く同じ術式を持つ《人口呪物》を僕の目の前で作りました。」
「なんだと!?」
その言葉に、今度は俺が声を上げた。しかし、カインは落ち着た様子で言葉を続けた。
「落ち着いてください、エルハルト団長。それはユナ博士が直ぐに自ら破壊したので心配いりません。それより、今度はこちらを見てください。」
そう言ってカインは再び資料を手渡してきた。それは先程と同じく、ユナ・マクスヴェルのレポートだった。
「これはなにかしら?」
リアスがカインに問いかけると、彼はコーヒーに口をつけて言った。
「そちらはユナ博士があの指輪と同じ効力で《人口呪物》を作った際の術式の解説です。」
そう言われて俺たちは資料に目を通す。すると、そこには先程の指摘や改善点が修正され、纏められた綺麗な魔法術式の解説が書かれていた。
そして、それを読む俺たちを見ながら、カインは言った。
「ユナ博士はあの指輪の術式を見て美しくないと言っていました。そしてあらゆる改善点を修正した術式すら作って見せました。そこから完璧主義の彼女があのような代物を作るとは考えにくいです。そのため僕はユナ博士は白だと思います。」
そのカインの言葉に俺とリアスは考え込む。一瞬の静寂が訪れるが、それを切り裂くようにリアスが答えた。
「そうね、これだけの資料があるとユナ博士が関わっていたとは考えにくいわね。」
「確かにな、俺もこれを見る限りユナ・マクスヴェルは今回の件には関わっていないと思う。」
リアスに続けて俺も答える。それを聞いてカインも少しほっとしたような表情になり、ため息を吐いたあとに俺に声をかけてきた。
「それでは僕は国王への報告書の作成に移ります。次はエルハルト団長、お願いします。」
「分かった、ウェスカーについては任せろ。もう少しで面会申請がおりるはずだ。」
そう言って俺に指輪の残骸の入った袋を渡してきた。それを受け取りながら、俺は答えたのだった。
ーーーーーー
ーーーーー
ーーーー
ーーー
ーー
ー
カインの報告を受けた翌日、俺は部下のアイルを連れてとある場所へと向かっていた。そこはセリエス王国の王都から北東へしばらく行った、マナス山脈の麓にある場所だった。
「エルハルト団長、一体あそこへ何をしに行くのですか?」
険しい道を進んでいると、後ろを着いてきていたアイルが恐る恐るといった様子で聞いてきた。俺は歩みを止めると、それに対して質問を返した。
「アイル、お前は今から行く場所が何処か分かっているな?」
「セリエス王国の犯罪者収容施設の一つ、通称《終身の監獄》ですよね?」
「そうだ。」
その言葉に俺はそう一言返すと、再び歩き始めた。
《終身の監獄》
それは王国内に何ヶ所かある犯罪者収容施設の内の一つであり、その中でも極刑や終身刑を言い渡された重罪人が収監されている場所だ。殺人・強盗・反逆といった王国で重罪とされている罪を犯した人間ばかり収容されており、入ったら出る事は叶わないとされている。それがこの収容所の名前たる所以だ。
「そんな場所に一体なんの用が……」
俺の言葉を聞き、アイルは訝しげな表情で呟いた。そこで俺は彼に問いかけた。
「お前は王立魔法士団に入って何年目だ?」
「えっと、今年で七年目になります。」
そう答えたアイルを振り返りながら、俺はさらに問いかけた。
「では、《血の裏切り》を聞いたことはあるか?」
「……!?まさか!?」
俺の問いかけにアイルは驚愕と恐怖の入り交じった表情で声を上げた。
《血の裏切り》
それは十年前、魔法士団内で起きた大規模なクーデターだ。一部の魔法士至上主義を掲げた魔法士団員によるその裏切りにより、魔法士団内で多数の死傷者が出た事件だ。そのクーデターは当時魔法士団の副団長だったリアス他多数の実力者により鎮圧されたが、今なお語り継がれている凄惨な事件だ。そして、それは一人の男による扇動が原因だった。
俺は姿が見えてきた《終身の監獄》を遠目に言った。
「今からあの裏切り者、ウェスカー・グリントンに会いに行く。」
《終身の監獄》に到着すると、俺とアイルはとある部屋へと案内された。そこは普通の部屋ではなく、個室がガラスで遮られた上にに幾多の魔法結界が貼られている部屋だった。そしてしばらくするとガラスの向こうの扉が開き、全身を拘束具でがんじがらめにされた男が車椅子に乗せられて入ってきた。そして、看守がその男の顔に付けられた拘束具を外すと、ボサボサの白髪混じりの髪のの隙間から眩しそうにこちらを見てニヤリと笑いながら話しかけてきた。
「よォ、久しぶりだなァ、エルハルト隊長。いや、今は魔法士団長サマだったなあァ。」
「ウェスカー・グリントン……裏切りの術式付与士……!!」
俺は無意識に拳を握り締めながら呟いた。顔を見た瞬間に怒りが込み上げてくる。もしも目の前にガラスがなければ襲いかかっていただろう。
「エルハルト団長、抑えてください。」
その時、後ろに控えていたアイルの声でハッと我に返る。そして一つ深呼吸をした後、ウェスカーに話しかけた。
「久しぶりだな、ウェスカー。元気そうでなによりだ。残りの刑期も余裕で過ごせそうだな。」
「チッ……あァ、元気だぜェ。このクソみてェな拘束具でがんじがらめにされて縛り付けられれば、一周まわって面白くなってきやがる。全く、人生たァ何が起こるか分からねェよ。」
ウェスカーは俺の言葉に舌打ちをした後、ニヤニヤと笑いながら答えてきた。その様子を見て再び怒りが湧いてくるが、唇を噛んで抑えると本題を切り出した。
「さてウェスカー、お前に聞きたいことがある。これに見覚えはあるか?」
そう言ってポケットの中から指輪の残骸を取り出してウェスカーに見せた。すると、ウェスカーはそれをマジマジと見た後、大声で笑いだした。
「アーハッハッハッァ!!!!まさか、そんなモンを団長サマが持ってくるとはねぇ!とうとうそんなモンまで出回りだしたかァ!!」
「質問に答えろ!!!!」
笑うウェスカーに痺れを切らした俺はガラスに向かって拳を突き出す。しかし、防御魔法で守られているガラスには傷一つ付かず、衝撃だけが部屋の中を駆け巡った。
そんな俺を見てウェスカーは笑うのを辞めると、再びニヤニヤと笑いながら話し始めた。
「ソイツは《人口呪物》だろォ?しかも、人の魔力を強制的に引き出す術式が刻まれてやがる。随分と懐かしい術式じゃねェか。」
その言葉を聞いて俺はウェスカーを睨みつけた。そして今の言葉から確信した、奴がこの件に関わっているということを。
「やはりお前が……」
「だが、ダセェ術式だ。」
「……どういう意味だ。」
ウェスカーを問い詰めようとした時だった。奴が心底つまらなそうにそう言った。その言葉に思わず聞き返すと、奴は指輪の残骸を見つめながら答えた。
「中途半端に魔力量を増大させる術式なんざ、まともに起動する訳がねェって話だ。しかも、外部からの制御じゃァ効率がワリィし、なにより効果が不安定だ。ンな術式なんざ無駄にしかなりゃしねェ。」
ウェスカーはそう言うと、再び俺の方を見て言ってきた。
「あン時みたいにやったほうがよっぽどいいだろォ?エルハルト・ジェスター団長サマァ。」
ウェスカーがそう言った時、俺は魔力を右手に集め始めた。そして、その右手を振り上げた。
「エルハルト団長!!落ち着いてください!!」
その瞬間、アイルが俺の右腕を掴んだのに気が付きハッとした。そして、ゆっくりとアイルのほうを見ると、彼は真剣な目で言ってきた。
「団長、ここに来た意味を思い出してください。」
その言葉に、俺は魔力を収めるとアイルに向かって謝罪と礼を言った。
「すまなかった、少し頭に血が登りすぎたようだ。ありがとう。」
「いえ、当然のことをしたまでです。」
アイルの返事に頷くと、俺は未だニヤニヤと笑みを浮かべているウェスカーに向かって言った。
「お前のした事は今でも消えない傷となって残っている。すぐにでもこの手で殺してやりたいが、それが出来る日までお前には生きていてもらう。」
「そうかい、なら気長に待っとくぜェ。また来なよ、団長サマ。」
そう言うと、俺はウェスカーの言葉を背に部屋を出ていった。
《終身の監獄》を後にした俺とアイルは黙ったまま帰路についていた。すると、先程からチラチラと俺のほうを見ていたアイルが意を決したように話しかけてきた。
「団長、ウェスカー・グリントンの事を聞いてもいいですか?」
「……何が聞きたい。」
俺はアイルのほうを振り返らずにそう答えると、恐る恐るといった様子でアイルは聞いてきた。
「さっき、団長はウェスカー・グリントンを殺せる日まで生きていてもらうも言っていましたが、団長でも手こずるような人物なのですか?」
それを聞いて、俺は立ち止まるとアイルのほうを振り返り問いかけた。
「奴の刑罰は知っているか?」
「いえ……」
「禁錮三百年だ。」
「なっ!?」
俺の言葉にアイルが絶句する。それもそのはず、通常人間の寿命は百年かそこらだ。しかし、ウェスカーにはそれの三倍の刑期が与えられている。また、奴のしでかしたことは国家反逆罪である。普通ならば極刑になるはずだ。
「何故、そんな事になっているんですか……」
俺の口からでた言葉が信じられないようで、唇を震わせながらアイルはそう問いかけてくる。それに対し、俺は未だ見える《終身の監獄》を睨みつけながら答えた。
「ウェスカーは、奴は魔法士でありながら奴自体が魔法兵器だ。」
「え?」
俺の答えにアイルは目を丸くして固まる。それはそうだろう。魔術兵器と言えば、通常武器や道具に魔法術式を刻んだものを言う。しかし、奴は例外だ。
俺は《終身の監獄》を睨みつけたまま言葉を続けた。
「奴が何故、裏切りの術式付与士と呼ばれているか分かるか?」
「それは、血の裏切りの首謀者だからじゃあ……」
そう言うアイルだったが、それだけじゃない。奴がそんな二つ名で呼ばれる理由はもうひとつある。
「奴は術式の付与に関しては天性の才を持っている。それゆえに奴は禁忌を犯した。人体に魔法術式を刻むというな。」
「そんな……まさか!!」
それを聞いたアイルは叫び声を上げた。しかし、俺はそんな彼の事を気にも止めずに話を続けた。
「俺が奴を殺せない理由は二つある。一つは魔法研での研究があるからだ。こればかりは俺の一存で決めれるものじゃないからどうにもならない。そしてもう一つだけ。」
「……聞いてもよろしいでしょうか。」
そう問いかけてくるアイルに視線を向けた俺は、ゆっくりと口を開いた。
「奴は、ウェスカー・グリントンは死なないんだ。どうやってもな。」
「え……」
俺の言葉にアイルは信じられないといった様子で固まった。無理もないだろう、そんな御伽噺のような事が現実だと言われているのだから。
しかし、ウェスカーは実際に死ななかった。理屈は分からないが、血の裏切りの際に俺は確かに奴の心臓を貫いたはずだった。しかし、奴は立ち上がり再びこちらへと向かって来たのだった。
(あの時、彼女が来なければ殺されていたのは俺だったかもな。)
そんなことが一瞬頭をよぎったが、直ぐにそれを振り払って俺は固まったままのアイルに声をかけた。
「アイル、帰投するぞ。それと、今日の出来事は他言無用だ、分かったな?」
「りょ、了解です。」
そこから俺は一度も《終身の監獄》を振り返ることなく、王都へと歩き出したのだった。
ありがとうございました。
次回はいよいよライアー達が登場する予定です。
筆が遅くて申し訳ありませんが、次回もお時間がありましたらよろしくお願いいたします。