3話:編入騒動
眠れぬ森です。
今回ライアーくんは出てきません。
新キャラいっぱいで頭の中が混乱しそうになります。
よろしくお願いします。
現在、セリエス王国立魔法学園の学園長室で頭を悩ませている者がいた。特級国家魔法士にして魔法学園の学園長であるリアス・エルドラドだ。
悩みの種はもちろん、今日編入試験を受けたライアー・ヴェルデグランについてだった。
「もうどうしたらいいのかしら…」
呟きながら再び目を通すのは今日の試験結果についての資料だ。そこには筆記試験、実技試験、魔力測定の順で評価が付けられているのだが、その点数はとんでもないことになっていた。
「筆記試験が七十二点なのはよく分かるわ。でも実技試験が二百点、魔力測定が採点不可ってどういうことよ…」
実技試験に関しては戦闘科目担当のレニアス・ガードナーを倒した事で100点の内に収まらないというのは仕方ないとする。問題は魔力測定の結果だ。測定用のクリスタルは記録の魔法術式が組み込まれており、直近五つまで測定した魔力の値を記録できるようになっている。しかし、今回ライアーくんの魔力を測定した際にクリスタルが割れてしまったのだ。急いで魔法技術科目の先生に記録だけでもと思い、クリスタルの補習を頼んでみたのだが、結果はライアーくんの記録だけ測定不可を表す表示が出てしまった。
迷った挙句、リアスは机に備えられた魔力拡声器で校内に呼びかけた。
『緊急会議を行います!!レニアス・ガードナー、マルク・ノックス、ティナ・エバルド、ターニャ・クエス、エドガルド・ターナー、以下の五人は至急学園長室へきてください!!』
学園中にリアスの悲鳴のような声が響き渡ったのだ。
しばらくして、学園長室に五人の男女が集まった。
戦闘科目科長のレニアス・ガードナー。
魔法技術科目科長のマルク・ノックス。
座学科目科長のティナ・エバルド。
魔術科目科長のターニャ・クエス。
魔法科目科長のエドガルド・ターナー。
彼らが集まり、席に着いたのを確認したところでリアスは本題を切り出した。
「突然の招集で申し訳ないけど、これを見てあなた達の意見を聞かせて貰えないかしら?」
そう言いながら、彼らにライアーの試験結果が書かれた紙を配る。すると、レニアス以外の四人の顔が驚愕に変わる。
「何だこのふざけた結果は!!」
最初に声を上げたのはエドガルドだった。彼は立ち上がるとレニアスに近寄って行った。
「レニアス貴様、試験の満点が百点なのは知っているだろう!!なのに二百点を付けるとは気でも狂ったのか!?!?」
「俺は正当な結果を示したまでだ。」
レニアスの言葉に声を詰まらせたエドガルドだったが、今度はリアスへ問いただした。
「学園長、お言葉ですが魔力測定の結果についても不服を申し上げます!!結果が採点不可とはどういうことですか!!」
興奮からか、顔を真っ赤にしたエドガルドだ。リアスはまぁまぁと窘めるが、そこにターニャが煽るように話しかけてきた。
「落ち着きなエドガルド。学園長はそれを説明するためにアタシたちを呼んだんだろ?カリカリしてるとまた頭が薄くなるよ。」
「ターニャ、魔術士風情が何を!!」
「あ?魔法士至上主義だかなんだか知らないけど、やるってんなら相手になるよ?」
二人の間に緊張が走る。瞬間、学園長室の気温が一気に下がった。ハッとして二人はリアスのほうを見ると、笑顔のまま彼女の周りには氷の粒が浮いていた。
「私は喧嘩をするために呼んだのではないのだけれど?」
「も、申し訳ありません学園長!!」
「チッ、悪かったよ…」
そう言って席に着くターニャとエドガルド。一瞬の静寂の後、リアスはふうっと息を吐く。氷の粒が消え、部屋の気温が元に戻っていく。
その様子を確認したリアスは再び結果を見ながら話し始めた。
「本題に戻るわね。今みんなに見てもらってるのは、昨日編入試験を受けたライアー・ヴェルデグランのものなのだけれど、これについてみんなの意見を聞きたくて来てもらったわ。初めにティナ、筆記試験の内容についてお願いね?」
そう言うと、ティナは昨日の筆記試験の答案用紙を見ながら話し始めた。
「はい〜。ライアー君の試験内容ですが、概ね合格ラインは超えています〜。傾向としましては、魔法に関する正答率は低いものの、魔術兵器や魔法術式に関しては全問正解ですね〜。」
ティナが説明を終える。筆記試験に関しては、受験者の家庭や人間関係で知識が偏るのは仕方の無い事なので、全員が納得の行く説明だったようだ。
しかし、レニアスからの実技試験の説明により、現場にいなかった全員が驚くことになる。
「ありがとうティナ。では次に実技試験の説明をお願いね、レニアス。」
「ああ。結論から言うと、俺は彼に負けた。」
「「「「……え?」」」」
レニアスの言葉に絶句した。マルクも、ティナも、ターニャも、エドガルドも、全員がレニアスの強さを知っている。だからこそ、負けたという事実があまりにも衝撃的だった。
そんな彼らを見る事もせず、淡々と続きを話し始めた。
「初めは少年を見極める為に大地の壁で防御のみするつもりだった。だが少年は俺の大地の壁を易々と砕いてきた。」
「ちょ…ちょっと待ちな!!アンタの魔法を砕いただって!?そりゃ一体どういうことだい!?」
レニアスの言葉にターニャが問いただす。それもそうだ、事前の情報では直接魔法を使えない、魔術兵器持ちだと聞いている。そんな少年にレニアスの魔法が破られるのは理解出来なかった。
そんなターニャを一瞥した後、レニアスは起こったことを話し始めた。
「確かに俺は魔法を使ったが、所詮地面を盛り上げて作る土の壁だ。だが密度を高めて岩程度の硬さにしていた。今までの受験者の放つ魔法はそれで対応出来た。だが今回はあの少年には足りなかった。」
「そんな…」
レニアスの言葉にターニャは言葉を無くした。彼女も魔術兵器を使用して戦うのだが、いくら低級の魔法とはいえ、突破するにはかなりの技術が必要になる。それを十三歳の少年がやってのけるなど夢物語のようだった。
そして話しを締めくくるように、レニアスは目を閉じて語った。
「俺は咄嗟に岩の弾丸を放ってしまった。相手を見極める実技試験でこちらから攻撃など、本当に愚行だった。だが少年は最小限の動きでそれを交わし、隙を着いてこちらに飛び込んできた。咄嗟に魔力で壁を張ったのだが、切り裂かれて気がついた時には一本取られていた。以上だ。」
話し終えるとレニアスは腕を組んで黙ってしまった。学園長室に静寂が訪れる。誰もが彼の話に耳を疑い、リアスのほうを見る。その視線を受けたリアスは黙って頷いた。
「レニアスの話は本当よ。私が立ち会いをしていたから嘘ではないと証明するわ。」
「そんな…ただの子供に魔法士レニアスが負けるなど…」
「レニアス相手にそんな立ち回りが出来るって、ソイツ本当にただのガキなのかい…」
エドガルドは苦悶の、ターニャは驚愕の表情を浮かべている。
そして最後の試験である、魔力測定の結果についての話が始まる。リアスに促され、マルクが眼鏡を直しながら説明を始めた。
「魔力測定の結果についてですが、学園長の話から推察するにクリスタルの反応自体は常人より少し多い程度の反応だったようです。お間違い無いですか?」
「そうよ、クリスタルを持った手が照らされるくらいの輝きだったわ。」
「やはり、無能のガキではないか…」
エドガルドが悪態を呟いたが、それを無視してマルクは説明を続ける。
「しかしその後が問題です。測定に使用したクリスタルがその場で割れてしまいました。幸いクリスタルの記録のバックアップは取り出せたものの、測定不可の結果が示されていました。」
「たまたま割れちゃったということは無いのですか〜」
マルクの説明にティナが問いかける。それに対してマルクは再度眼鏡を直しながら答えた。
「通常であればそれも考えられるでしょう。クリスタルは大きさによって込められる魔力量が違います。小さなクリスタルに多量の魔力を込めれば光る前に割れてしまいます。しかし、学園で使用しているクリスタルは学園長の魔力にも対応出来るものです。つまり……」
「ライアーくんの魔力量は私よりも多い、ということね。」
マルクの言葉に被せるように放ったリアスの一言に、全員が息を飲む。膨大な魔力を有していながら魔法術式を使用しての魔法しか放つことが出来ない。本来であれば辻褄が合わない、考えられないことだ。しかし、今までの説明を聞いてこの場にいる全員が一つの事を思った。
「異能者…かしら?」
「その可能性は高いかと。」
リアスとマルクのやり取りで全員の表情が固まる。
異能者
正式には先天性魔力制御疾患と言われているもので、体内の魔力制御が効かず、絶え間なくに魔力が体内で生成され続けてしまう病気である。本来ならば生成される魔力に肉体が追いつかず、母親の胎内若しくは赤子の時点で死亡してしまう事が多い。しかしごく稀に、その病気を持ったまま成長する者がいる。その者たちは総称して異能者と呼ばれる。
異能者と呼ばれる者たちには二つ特徴が存在する。
一つは膨大な魔力に反して直接魔法を使用することが出来ないこと。そしてもう一つ、言葉や魔法では説明の出来ない特殊な力を持っていることだ。我々が目指しても決して到達することの出来ない力を。
「な、何をバカな事を言っているのだ!!そんなことある訳がないだろう!!」
静寂を切り裂くように、エドガルドが声を荒らげる。それを機に、各々自分の思考を取り戻していく。
言われてみればそうかもしれない。異能者とは研究対象が極端に少なく、文献や研究結果も憶測が入り交じっているものが多い。セリエス王国にも五十年前に異能者が居たとの記録があるが、研究技術も今ほど優れていない時代のものなので、信用するには心もとない。
全員が冷静さを取り戻したところで、リアスはまとめに入った。
「では正式にライアー・ヴェルデグランの編入を許可しようと思いうのだけれど、いいかしら?」
リアスの問いかけに、エドガルドのみ渋い顔をしたが、全会一致で可決された。
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学園で編入の会議を終えた私は、セリエス王国の王城へと足を運んでいた。理由はライアーくんの事についてだ。彼が異能者である可能性がある、学園長という立場ながら特級国家魔法士の私にはそれを報告する義務があった。
「止まれ、要件はなんだ。」
入口で城を守る衛兵に止められたが、魔法士のカードを見せると直ぐに案内してくれた。そして直ぐに王の間へと通された。
扉が開き、セリエス王国国王アーサー・テオ・セリエスの前まで行き、片膝をついて頭を下げる。アーサーは机に積まれた書類に目を通しながらリアスを一瞥し、リアスに声をかけた。
「頭をあげて良いぞ。今日は何用かな、リアス・エルドラドよ。」
「お時間頂きありがとうございます。本日はアーサー様に報告がございまして参りました。」
立ち上がりそう言うと、アーサーは書類の手を止め、こちらに視線を向けてきた。
「報告とな?」
「はい、実は本日付でセリエス王国立魔法学園に編入する事となった生徒についてです。」
そして平原での戦闘のこと、試験結果の内容の事を話していく。そして最後に一言。
「彼は異能者である可能性が高いとおもわれます。」
その言葉にアーサーはピクリと眉を動かせ、息を吐きながら椅子にもたれかかった。そしてしばらく目を瞑り何かを考えたあと、問いかけてきた。
「その者の名は。」
「ライアー・ヴェルデグランです。」
私が名前を言った瞬間、アーサーは驚いたような顔をしたような気がした。しかし、直ぐに元の顔に戻りまた何かを考え始めた。そしてしばらくするとまた書類仕事に戻りながら言った。
「報告ご苦労であった。詳しくは書面で王城へと回してくれ。」
「かしこまりました、以上になります。」
私はもう一度片膝をついて礼をすると、王の間を後にした。
「リアス君じゃないか、珍しいね。」
王のとの謁見を終え、城内を帰路に就いていると、後ろから声をかけられた。振り返ると、一人の男性がこちらに向かって歩いてきた。
「エドガー卿、ご無沙汰しております。」
声をかけてきたのは魔法士を多く排出している名門、クレンツェル家当主兼国王補佐大臣のエドガー・クレンツェルだった。
私が一礼した後、挨拶をするとその改まった行動に眉をひそめた。
「堅苦しいよリアス君、昔みたいにエドおじちゃんと呼んでもいいんだよ?」
「ご戯れを、エドガー卿。ましてここは王城内です、大臣に非礼があってはなりません。」
「君と私の仲じゃないか。っとそろそろ行かないと、またね。」
そう言うとやれやれといった感じで肩を竦めた。そして思い出したかのように早足で去っていった。
その後ろ姿を見送ると、私も学園への帰路についたのだった。
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リアス君と別れたあと、私は王の間へと向かった。国王補佐大臣という役職のお陰で、待つことなく王の間へ入る。そして忙しそうに書類に目を通す王の前で、片膝をついて頭を下げる。それを見たアーサーは眉根に皺を寄せながら面倒くさそうに言った。
「エドガーよ、今日は何をやらかしたんだ?」
「何も。強いて言うならば、王に非礼があってはならないと思いこうしております。」
そう答えるとアーサーは眉根を押さえてため息をついた。
「先程リアスに会ったな。もう良い、そんな事をせずとも我と貴様の仲ではないか。早く手伝え。」
「アーサー様、公私混同はいかがなものかと。」
「貴様が今更それを言うのか、早く手伝ってくれ。」
そうして目を通し終わった書類の山を叩いた。
私とアーサーは小さい頃からの、言わば旧知の友だ。今でこそ立場があるので公の場では区別を付けているが、このような場では昔のように砕けた口調で話していた。
いつものようにアーサーとエドガーで書類を整理していると、不意にアーサーが問いかけた。
「ところでエドガーよ、本日付で魔法学園に編入した少年を知っているか?」
「噂程度には。なんでも凄く優秀な魔術士になりそうだとか。」
「その者の名はきいているか?」
「いえ、まだです。もしかしてリアス君がいたのはその少年の事ですか?」
「そうだとも。そしてその少年の名は…」
そう言ってこちらを見てニヤリと笑うアーサー。そして彼は少年の名前を口にした。
「ライアー・ヴェルデグランだ。」
「ヴェルデグラン!?」
その名前を聞いて私は驚愕した。まさかその名を再び聞くことになるとは思っても居なかった。
王の間に静寂が訪れると、アーサーは立ち上がり窓の外を遠い目をして見つめ、呟いた。
「数奇なものだな、運命とは。」
そして再び机に戻り書類作業を始めた。静寂の中、紙と羽根ペンが擦れる音だけが鳴り響く。とても重い空気が流れる。それに耐えきれなくなったのか、アーサーが口を開く。
「時にエドガー、昨日我と貴様の娘が冒険者に襲われそうになったのは知っているか?」
「もちろん知っています。目撃証言も多数ありますし、相手の身元も割れています。どうやら別の町から来たばかりの冒険者だったようです。」
「そうか、仕事が早いな。それでどうなったかまで知っているか。」
「通報を受けて衛兵が到着した頃には既に無力化されていました。しかし一体誰が娘を助けたまでは…」
そう言ってアーサーのほうを見ると、ニヤリと笑い言ってきた。
「娘から聞く話だと、同い年くらいの男の子に助けられたそうだ。」
それを聞いて私は一人の人物が頭に浮かんだ。そしてアーサーのほうを向くと、彼も同じような顔をしていたそれを見て、私は独り言のように呟いた。
「本当に、運命とは数奇なものですね。」
ありがとうございました。
盛大な伏線を入れてしまったことに若干の後悔がありますが、勢いで行ってしまおうと思います。
次回、ライアーくんの学園生活が始まります。