37話:手がかり
どうも、眠れぬ森です。
お待たせしました?
拙い文章ですが、よろしくお願いいたします。
「すまない、遅れてしまった。」
その言葉と共に、テイラーは俺のほうへと歩み寄って来ると同時に声をかけてきた。
「君は?」
「初にお目にかかります。ライアー・ヴェルデグランです。」
相手はリーネの父親とはいえ男爵の爵位を国王から授けられている。俺は膝をつき頭を下げて名を名乗る。すると、テイラーは少し驚いた様子で答えた。
「君がライアーか、カインから話は聞いている。しかし随分と若いな、歳はいくつだ?」
「十三歳です。」
「それは若いな。その歳であの戦いぶりとは恐れ入ったよ。」
「恐縮です。」
俺がテイラーの言葉にそう答えると、彼は俺からメリナに視線を移すと少しだけ怒気を含んだ声で問いかけた。
「メリナ、先程の戦闘はどういうことだ?」
「っ!?それは…」
「どうもこうもねぇ!!アイツはリーネに手ェ出したうえにセシエルトの名を侮辱したんだ!!」
言い淀むメリナを押し退けるようにクレハが叫ぶと俺を睨みつけた。するとテイラーはそんなクレハの答えにため息をつくと、俺に向かって頭を下げながら言った。
「どうやらクレハが早とちりをしてしまったみたいだ、すまない。それと、もう立ち上がって良いぞ。」
「と、父さん!?どういうことだ!?」
クレハはそんな父の姿を見て驚きの声を上げると、慌てた様子でテイラーに問いかけた。すると、俺が立ち上がると同時にテイラーが俺を見ながら答えた。
「彼は私の客人だ。それに、リーネともそのような関係にはない。」
その言葉にクレハは目を丸くして驚くと、テイラーとリーネを見た後に俺に視線を移した。そして、俺が頷くと彼女は勢いよく腰を九十度まで曲げて頭を下げて言った。
「悪かった!!俺の早とちりだったみたいだ!!」
先程までとは打って変わったクレハの態度に困惑していると、今度はメリナがやってきて彼女も頭を下げてきた。
「申し訳なかった。私もクレハがシスコンなのを忘れて彼女の言葉を鵜呑みにしてしまった。」
「気にするな、俺もセシエルトの名を侮辱するようなことを言った。すまなかったな。」
二人の言葉に誤解の解けた俺はそう答えた。すると、メリナとクレハは顔を上げると笑いながら言ってきた。
「自己紹介がまだだったな。私はセシエルト家の長女であるメリナ・セシエルトだ。」
「俺はクレハ・セシエルト、次女でリーネの騎士だぜ!」
「改めて、ライアー・ヴェルデグランだ。魔法学園の五十期生だ。」
そう言いながら二人とも握手をする。すると、それを見ていたテイラーは頷きながら俺へと問いかけてきた。
「さて、私もそう多くは時間を取るのが難しい身でね。そろそろ本題に入りたいのだがいいかな?それと、話し方はいつも通りで構わない。」
「そうか、分かった。よろしく頼む。」
そう答えると、俺はテイラーと共にマスタングの案内で応接室へと行くのだった。
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「それで?カインから君と話をしてくれとの事だったが、何を聞きたい?」
応接室に案内されてすぐ、そう問いかけられた俺はマスタングが入れてくれた紅茶に手をつけることなく、対面の席に腰掛けるテイラーへ答えた。
「俺が聞きたいのは二つだ。まず一つ目、異能者について知っていることを教えてほしい。」
その言葉に、紅茶を飲もうとしたテイラーは眉をぴくりと動かした。そして、ティーカップに口を付けることなくソーサーに戻すと、机に肘を着いて手を組みながら問いかけてきた。
「ライアー、君は異能者をなんだと思う?」
「自分の中に化物を飼う人間だ。」
「…なるほどね。カインが私に協力を願う理由がわかったよ。」
間髪入れずに答えた俺の言葉に、テイラーはため息を吐きながらそう言うと、彼は表情を引き締めて話し出した。
「一般的には先天性魔力制御疾患を患ったまま生きている者を異能者と呼ぶのは知っているだろう?」
「あぁ。」
「では何故そのような疾患を患ったまま生きていられるのか、君は知っているね?」
「俺の中で常に魔法が発動されていて、絶えず生成される魔力がそれに使われているからだ。」
俺が答えると、テイラーは頷きながら話を続けた。
「そう、そのせいで異能者と言われる者たちは多量の魔力があるのにも関わらず魔法が使えない。では、その魔法とは一体何なのかという話だ。」
そう言うと、テイラーは懐から収納袋を取り出すと、その中から一冊の古い本を取り出した。そして、とあるページを開きながら俺に渡してきた。
「これは?」
「昔、とある雑貨屋で見つけた古い手記だよ。恐らく、君が知りたい事はそこに書かれているのではないかな?」
その手記を受け取り開かれたページに書かれていることを読む。
「これは…!?」
そこに書かれていた内容に俺は思わず声を上げる。
ーーー異能者には魔法と呼ばれるもう一つの人格が存在するーーー
それは短いながらも異能者しか知りえない内容だった。
「その様子だと、そこに書かれていることは本当という事だな。」
俺の様子を見てテイラーはそう言ってきた。その言葉に頷くと、彼は話を続けた。
「私たちも異能者についての調査・研究は行っているのだが、何しろ対象が少なすぎる。そのためこの手記の内容も本当かどうか怪しいものだったし、異能者について知っていることも憶測の域を出ないものばかりだ。しかし、君の反応を見るにそこに書かれていることは本当なのだな?良ければ詳しく聞かせてくれないか?」
その問いかけに対し、俺は頷くとテイラーに話した。俺の中に眠る《最古の殲滅魔法》のこと、そして彼女がどうして魔法となったのかを。そして、俺はテイラーに聞きたかった二つ目の事を問いかけた。
「二つ目だが、先程のヴェルディアナの話に出てきた最古の七芒星の魔法使いという言葉に聞き覚えはあるか?」
すると、初めは驚きつつも黙って話を聞いていたテイラーだったが、最古の七芒星の事を話した途端に突然立ち上がると、俺に待っていてくれと声をかけてどこかへ言ってしまった。その様子にマスタングと呆気に取られていると、息を切らしたテイラーが一冊の本を持って戻ってきた。
「それは一体…」
俺が聞こうと口を開くのを待たず、テイラーはその本を俺に手渡して言った。
「これは昔、とある露店で買った本なんだが、題名を見てくれないか。」
あまりの勢いに若干気圧されながらも俺はその本の表紙に書かれた題名を見た。
「これは…!」
その本の題名は〈初めの七人の魔法使い〉だった。俺は衝動的に本を開いて中を読んだ。すると、かなり脚色や省略、改変されているところもあるが、俺がヴェルディアナから聞いた話と酷似する点がかなりあった。そして、最後には彼女から聞いた通り最後はその魔法使いたちは自身が魔法となり消えていったと書かれていた。
「ライアー、君が最古の殲滅魔法から聞いた話とはどうだい?」
「正直、かなり似ている部分があるな。」
そう問いかけてきたテイラーに本を読みながら答えを返す。だが、その本の内容で一つ気になる点を見つけた。それは最後、魔法使いたちが自身が魔法となり消えていく場面だ。
俺がヴェルディアナから聞いた話では、これ以上の被害が出ないように術式を使って自身を魔法に変えたと言っていたが、この本では魔法使いたちを憎んだ人々により、術式で魔法に変えられて消えたと書かれている。
確かに、そのほかの部分でもヴェルディアナの話とは違う点が幾つもある。しかし、その部分が俺の中で凄まじい違和感として残った。
「テイラー、この本の作者は分かっているのか?」
俺は静かに問いかけた。この本を書いた人物が分かるのならば、どのようにしてこの物語を書いたのかを聞いてみたかった。フィクションとしてはあまりにもヴェルディアナの話に沿いすぎてるのだ。
しかし、テイラーは首を横に振り言った。
「すまない、その本の作者は疎かどこで出された本なのかも書かれていない。本自体は四十から五十年ほど前のものだと鑑定されたよ。」
その答えに俺は首を傾げる。ヴェルディアナの話は五千年前のものだ。その話がたかだか四〜五十年前の人物に書けるのだろうか。いや、書けないわけじゃない。俺と同じ異能者なら、体内に宿っている最古の七芒星の魔法使いから聞けるはずだ。
「旦那様、そろそろ…」
様々な可能性を考えていると、マスタングがテイラーに耳打ちをするのが聞こえた。すると、テイラーはそれに頷くと席を立ち、俺に言ってきた。
「すまない、時間を取れるのはここまでのようだ。あまり力になれなかったようで申し訳ない。」
「いや、十分だ。助かった。」
テイラーの言葉にそう返すと、少しだけ表情を緩めながら応接室を出ていこうとする。すると、ふと扉の前で足を止めたテイラーはこちらを振り返ると、俺の手にある古い本を指差しながら言った。
「それは君に貸しておこう。私が持っているより有用だろう。」
「恩に着る。」
その言葉に頭を下げると、テイラーは扉を開けて出ていったのだった。
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テイラーとの話を終えた俺は学園へ帰る準備をしていた。リーネはもう少し実家に泊まると言っていたので帰りは一人だ。俺は通された客室で荷物をまとめていると、ドアがノックされた。
「入れ。」
「失礼致します。ライアー様、少々よろしいでしょうか。」
入ってきたのはマスタングだった。彼は一礼した後に、少し申し訳なさそうに話し出した。
「お帰りの準備の途中に申し訳ありませんが、奥様がライアー様と食事をしたいと申しておりまして…」
「食事だと?」
俺はマスタングの言葉に眉を顰める。リーネに誘われるならまだ分かるが、俺はセシエルト夫人と面識は無い。確かに昼食は馬車の中で軽く済ませたから空腹であることには違いないのでありがたい話ではあるが、妙な胸のざわめきを感じた。
「すまない、今日はことわ……」
「マスタング、返事を貰うのにいつまで時間をかけてるつもりかしら?」
誘いを断ろうと口を開いたのと同時に、客室の扉が開き、濃い紫色のウェーブかかった長髪の女性が部屋へ入ってきてそう言った。
「お、奥様!?お客様の部屋に勝手に入られては困ります!!」
「私の家なのだからいいでしょう?それよりも返事は……」
マスタングが狼狽えながら言った言葉を一蹴すると、目があった。すると、その女性は俺のほうへと近づいてくると、そのつり目でこちらを見ながら問いかけてきた。
「あなたがライアー・ヴェルデグラン君かしら?」
「あ、あぁ。」
彼女の勢いに若干気圧されながらも返事をすると、その女性は胸に手を当てて言ってきた。
「私はテイラーの妻でユーリ・セシエルトよ。早速だけど、これから夕食なのだけどライアー君も一緒にどうかしら?クレハが迷惑をかけたお詫びよ。まさかとは思うけど、断らないわよね?」
リーネのように微笑みながら圧をかけ、クレハのように強引で、メリナのような有無を言わさぬ物言いにあの姉妹の母であると納得すると共に首を縦に振らざるを得なかった。
「わ、分かった。」
「物分りの良い子は好きよ。じゃあ食堂へいらっしゃい、私たちは先にまってるわ。」
それだけ言うと彼女はこちらの言葉を待たずに部屋を出ていった。
「申し訳ありません、至急食堂へご案内致します。」
「いや、大丈夫だ…ありがとう…」
嵐のように去っていったユーリに呆気に取られている俺にマスタングは声をかけると、食堂へと案内してくれたのだった。
食堂へ入ると、ユーリとセシエルト三姉妹が既に席に着いていた。
「遅かったな。」
「待ちくたびれたぜ〜。」
「お待ちしておりましたわ〜♪」
「こら、はしたないわよ?さ、ライアー君も席に着いきなさい。」
入るや否や発せられたリーネたち姉妹からの声を遮ると同時にユーリが俺に言う。マスタングに促されて席に着くと、グラスに水が注がれ料理が運ばれてきた。流石は男爵家、いつも俺が食べているものよりも数倍美味そうな料理であった。その視線を知ってか知らずか、ユーリはこちらを見てクスリと笑いながら言った。
「さて、頂きましょうか。」
その言葉と共に俺も料理に手をつけるのだった。
食べ始めてから暫く経ったとき、突然ユーリが俺に問いかけてきた。
「ねぇ、ライアー君って随分若いけど何歳なの?」
「十三歳だ。」
「なに!?」
「嘘だろ!?」
その答えに反応したのはメリナとクレハの二人だった。二人は驚愕の表情を浮かべた後、申し訳なさそうな顔でこちらに話しかけてきた。
「その、本当にすまなかった。随分と大人びていたから、そんなに子供だとは思わなかった。」
「俺もだ、ガキだとは思っていたけど想像以上だったぜ。悪かったな。」
「気にするな、慣れてる。」
二人の言葉にそう返すと、今度はユーリが問いかけてきた。
「良ければ聞かせてくれない?ライアー君の事を。」
「あまり気分のいい話じゃないぞ。」
ユーリの言葉にそう返すと、彼女は首を横に振って答えた。
「気にしないわ、これでも三人の母親よ?ライアー君くらいの歳の子供がどんな風か知っているつもりよ。」
「分かった、隠すようなことでも無いからな。」
そうして俺は自分の事を話した。両親が居ないことからどのように生きてきたか。ジャンに拾われてから傭兵団に入った事。そして、はぐれ魔法士に殺されかけてから魔法学園に入るまで。
異能者等の事はなるべく隠したが、全ての事を話した。それを、ユーリたちはただ黙って聞いていた。
一通り話し終わると、リーネたちはそれぞれ辛そうな表情を浮かべていた。
「それは…辛かったな…」
「マジかよ…」
「学園長様からは聞いておりましたが、直接ライアー様の口から聞くと心が痛みますわぁ…」
「もう過ぎたことだ、気にする必要は無い。」
三人の言葉にそう答えると、今まで黙って聞いていたユーリが口を開いた。
「君はとても強いわ。どんなに絶望的な状況でもしっかりと生きる術を考えている。それは、魔力とは関係ない人間本来の強さだわ。」
「ユーリ…」
ユーリの言葉に俺は彼女の名前を呟くことしか出てこなかった。そして思った、これが親というものなのだと。親の顔を知らない俺にとって初めて見たその顔は、とても強く優しかった。
そんな俺の表情を見てか、ユーリはハッとした後に申し訳なさそうな顔で言った。
「っと、ごめんなさいね。娘たちに言うように言ってしまったわ。」
「いや、気にするな。」
「そろそろ最終の馬車の時間だわ。遅くまで引き止めちゃってごめんなさいね。」
その言葉に時計を見ると、そろそろ夜にさしかかろうと言う時間であった。
「食事をありがとう。とても美味しかった。」
「それは良かったわ。」
席を立ちながらそう言うと、ユーリは微笑みながら答えたのだった。
リーネの家で食事をした後、俺は馬車に乗り王都への帰路に就いていた。その道中、ランタンの明かりを頼りにテイラーから貰った本を読んでいた。あの場ではざっくりとしか読めなかった内容をじっくりと読み進めると、改めて本の内容に驚きを隠せない。
それもそのはず、ヴェルディアナの言葉に出てきた魔法を創った七人の魔法使い、彼らによって引き起こされた乱戦と破壊、そして魔法への転生。まるで実際に見たのかと思うほどの一致具合である。
だが、ヴェルディアナの話とこの本の内容が事実だと決まった訳では無い。
(なにか、もっと手がかりがあれば…)
そう思う俺を乗せて、馬車は王都へと進んでいくのだった。
ありがとうございました。
次回もお時間があればよろしくお願いいたします。