1話:生還
眠れぬ森です。
続きを書きました。
読みにくかったら申し訳ございません。
夢を見ていた。
幼い頃の夢だ。
暖炉の火が部屋を温め、テーブルには出来たての食事。そしてそれを囲む笑顔の家族。窓からは光が溢れる暖かな家庭。俺はそれを横目に路地裏へと走った。
後ろからは数人の大人の怒鳴り声と追いかけてくる足音。俺は必死に走った。路地を抜け下水を通り、川に架かる橋の下まで来たところで、ようやく追いかけてくる相手が居なくなったことを確認して座り込む。息が上がっているが、そんなことはどうでもいい。そう思いながら両手に握りしめていた物を見つめる。
右手には薄汚れた黒パン、左手には麻袋。袋を開けると、中には銅貨が数枚入っていた。
「あんな思いをして、たったこれだけ…」
そう呟きながら、固くなった黒パンに齧り付く。味はしないし、口の中の水分を奪っていく。だけど生きるためには仕方ない事だった。物心ついた時から独りで生きてきた。だから、これが俺の生き方だった。
鼠の様に残飯を漁り、コソ泥紛いに財布を盗む。まるで地獄のような生活だった。
「疲れた…」
急激な脱力感と共にパタリと横に倒れる。そのはずだ、ここ何日も食べ物を口に出来ず、久しぶりの食事も黒パン一つ。もはや体力の限界だった。
「お前がここらで噂の黒ネズミか?ガキじゃねえか。」
意識を手放そうとした瞬間、何者かが声をかけてきた。声からして男だろうが、暗闇で顔は見えない。だが、先程追ってきていた大人の仲間の可能性がある。
俺は最後の力を振り絞り起き上がると、腰に挿したボロボロのナイフを抜いて男に向ける。
「こんな依頼まで俺らに回されちゃ堪んねえよ。って…へぇ〜、なるほど。」
何か独り言を面倒くさそうに呟いていた男だったが、こちらがナイフを構えているのを見ると何故か面白そうに鼻を鳴らした。そしてこちらに歩み寄ってくる。
俺はナイフを思い切り突き刺そうと腕を振り出した。しかし男はそれをサラリと交わして、足を引っ掛けさせて来た。勢いのあまり転ぶが、直ぐに起き上がり、ナイフを構えなおす。だがそれもつかの間、男の蹴り上げた足で俺の手のなかのナイフは暗闇へと飛んで行った。
もう武器は無い、だがどうにか逃げなければ。その思いだけで、相手を睨みつけながら必死に思考と視線を回す。
「ハハッ!面白え奴じゃねーかよ!!」
活路を見出そうとしていると、突然目の前の男は笑い声を上げた。それと同時に腰にから銃をぬいて、突きつけながら問いかけてきた。
「お前、生きたいか?死にたいか?」
「……生きたい。」
「じゃあもうひとつ。死んで地獄に行くのと、地獄の中で生きるとならどっちがいい?」
「……どっちにしても地獄なら、生きていたい。」
問いに応えると、男はまた笑いながら銃をしまう。呆気に取られる俺に手を差し出してきた。
「生きたいなら手を取れ、地獄へ案内してやる。」
一瞬躊躇いを感じた。しかし、直ぐに答えは出た。いつ死ぬかもしれない地獄に居るなら、この男に着いていった方がマシなのかもしれないと。
俺は迷わず手を取った。
「ガキのくせに利口だな。俺はジャンだ、ジャン・ニックだ。」
「……ライアー・ヴェルデグラン。」
俺が初めて、人を信用した日。そして初めて仲間と呼べる人と出会った日であった。
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窓から降り注ぐ暖かな日差しで目を開けた。見たことの無い天井に微かな消毒液の香り、そして柔らかな枕と布団の感触。
「ここはどこだ…」
回らない頭を必死に動かして状況を探る。身体を動かそうとすると、左足に痛みが走る。そこで俺は思い出した。
「アルベル……ぐっ!!!」
飛び起きようとするが、身体の痛みと目眩で上半身を起こすだけで精一杯だった。
「目が覚めたのか。重症なんだから、大人しく寝ていなさい。」
苦痛に顔を歪めていると、女性の声がした。声の方向を向くと、そこには銀色の髪を携えたローブ姿の女性が立っていた。
魔法士だ。そう感じた瞬間に腰に隠した銃に手を伸ばす。が、そこには何も無い。上着に忍ばせた魔法術式を取り出そうとしたがそれも無い。それどころか、作戦時に来ていた装備から病院服へと着替えさせられていたことに気がついた。
「悪いわね、一時的とはいえあなたの装備は全てこちらで預からせて貰ってるわ。」
そう言いながら彼女はベッド脇の椅子へと腰掛けた。そしてローブのポケットから手帳を取り出すと、それを捲りながら何かを書き込んでいる。その姿を見ながらライアーは問いかけた。
「俺を殺すのか?それとも奴隷にでもするのか?」
「馬鹿なこと言わないで頂戴。誰があなたを助けたと思っているの?」
眉をしかめながら手帳を閉じてこちらを向く。そこでようやく理解した。俺はアルベルトとの戦闘で倒れ、彼女に助けられたのだと。なので一旦警戒態勢を緩めることにした。聞くと、巨大な攻撃魔法の魔力波を感知した魔法士団と一緒に調査に来ていたところ、俺を発見したらしい。
「助けてくれたことには感謝する。それでお前は誰だ?そしてここはどこだ?」
「子供なのになんでそんな口の利き方するのかしら……まぁいいわ、私はリアス・エルドラドよ。そしてここはセリエス王国の総合病院よ。」
リアス・エルドラド
その名前には聞き覚えがあった。元魔法士団副団長にして現在はセリエス王国の特級国家魔法士だ。そしてその魔法と彼女の見た目からついた二つ名は、
「銀氷の魔女…」
「その呼ばれ方は好きじゃないわ。」
そう言いながら拗ねたような顔をする彼女に少し気が抜ける。だが直ぐにこちらを向き、真剣な顔で問いかけてきた。
「私だけじゃなくて、あなたの事も教えて頂戴。」
「何が知りたい。」
「名前はもちろんだけど、それよりもあの場所で何が起きて、どうして倒れていたのかよ。」
こちらを見定めるような眼差しだ。いつの間にか、彼女の周りにはキラキラとした氷の結晶が浮かんでいた。決して嘘をつくな、そして逃がさない。そんなプレッシャーの前に為す術は無かった。
俺はリアスに全てを話した。自分の名前、所属と目的、そして何があったのかを。それをリアスは先程の手帳にメモしていく。その中で、気になっていたことを聞いてみた。
「聞きたいんだが、俺たちが目標としていた盗賊団はどうなった?」
「五人全員の死亡が確認されているわ。」
「そうか、ちなみにアルベルトは?」
「彼も死亡の確認が取れてるわ。もっとも、彼の場合肉片からしか判別出来なかったけど。」
それを聞いてから俺は、平原でのアルベルトとの戦闘について話した。
そして話し終えると、リアスはペンを止めてこちらに問いかけてきた。
「一つ質問なのだけれど、あなたは魔法士では無いのよね?」
「あぁ、俺は魔法術式が無いと魔法を使えない。それどころか、魔力だってそんなに無い。」
「…そう、分かったわ。」
そう言いながら手帳をしまう。一瞬怪訝な表情を浮かべたが、余計な詮索はしないほうがいいだろう。
そう思っていると、今度はリアスがカバンから布に包まれた何かをこちらに渡してきた。何かと思い布をめくってみると、
「ドッグタグ…」
そこには複数のドッグタグが包まれていた。彫られた名前は、アラン・イーノス、ギルバート・ルイズ、ジャン・ニックと言った傭兵団の仲間たちの名前だった。俺はそれをじっと見つめていた。
「本当は遺体も回収出来れば良かったのだけど、どれも魔物に食い荒らされた跡で…ごめんなさいね…」
俺が悲しそうに見えたのか、目を伏せてこちらに謝ってくる。しかし謝ることは何も無い。戦場で遺体を持ち帰ろうとする者など皆無に等しい。事実、俺だって作戦中に死んだ仲間を何人も置いてきた。だが、それが現実だ。生きるか死ぬかしかないのが戦場だ。危険もある中、ドッグタグを持ってきてくれただけでも報われるというものだ。
「…ありがとう。」
「子供なのに強いわね…」
そう言いながらリアスはこちらに微笑みかけて来た。それになんとも言えないむず痒さを感じ、いそいそと布団へ寝転ぶ。
それを見たリアスはクスッと笑うと、席を立った。
「安静にしてなさいね、ライアー・ヴェルデグランくん♪」
「うるさい、出ていけ…」
そう言うとリアスは病室を出ていった。すると急激に眠気に襲われて眠りに落ちていった。
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「お疲れ様です、リアス様。」
彼、ライアーくんの病室から出ると、私に声をかけてくる人が居た。服装から国家魔法研究機関の研究員である。
挨拶も早々に研究員は資料をこちらに手渡してきた。内容は平原の戦闘跡についてのデータと、ライアーくんが持っていた魔術兵器の解析データだった。本来ならば、他人の武器を勝手に解析するのはあまり宜しくない行為なのだが、今回のケースの場合は別だ。あまりにも不明瞭な点が多すぎるからだ。
資料に目を通していくと、ある項目で目が止まる。
「地面の一部がガラスの結晶化?」
「はい、保護した少年が倒れていた箇所から放射状に地面がガラスの結晶となっておりました。凄まじい高温にならなければこのような現象は起きえません。」
「彼の魔術兵器に刻まれている魔法術式の効果かしら?」
「いえ、その可能性はゼロでしょう。彼の魔術兵器は遠距離狙撃用のライフルと、近距離戦闘用のハンドガンのみでしたが、どちらも銃弾を加速させる魔法術式のみ施されていました。」
そうなると辻褄が合わなくなる。彼自身は魔法士では無いと言っている。だが現場には通常攻撃ではありえない程の現象が起きている。
一瞬はぐれ魔法士のアルベルトの仕業なのでは?とも考えたが、彼にはここまで高威力の魔法を放つだけと魔力量が無いはずだった。それに、アルベルトの死亡は周辺に飛び散っていた肉片からの魔力鑑定で確定している。
では一体何があったのか?そうなると可能性は絞られてくる。
「報告ありがとうね。引き続き現場の検証をお願い出来るかしら?」
「かしこまりました。」
声をかけると直ぐに研究員は戻って行った。残った静寂のなか、リアスは彼のいる病室の扉を見つめる。
「一体何者なの?ライアー・ヴェルデグランくん…」
ありがとうございました。
次回、いよいよ魔法学園登場です。