ラムネの味~story of soda pop~
空には大きな入道雲がそびえ、セミたちの鳴き声が響く夏。病室の窓の外は、青く広い海。
「うぃーす。海未、今日は元気そうだな」
「そうでもないよ。空楽に比べたら、全然」
「学校の近くにさ、駄菓子屋があるんだけど、海未は、まだ行ったことなかったよな?」
「駄菓子屋? あるの? この町に」
空楽はいつも、私が知らない世界を教えてくれる。
入院ばかりを繰り返している私には、この世界のあらゆる事が、未知の世界。
「あのね。明日、退院出来るって。また遊べるね」
「そうだな。あ、でも。夏休みの宿題が……」
「私、終わってるから、写す?」
「マジで! やった!」
空楽は家が近所の子。少し日本人離れした顔立ち。お父さんが、日本とギリシャのハーフなんだとか。
「そうだ、駄菓子屋行って、ラムネ飲もう!」
「ラムネ?」
「あのな。ビー玉で蓋されててな、それを上から押して外すんだよ。で、シュワシュワッて、溢れるから、それを一気に飲む!」
「凄い飲み物なんだね」
「おう! あと、夜は花火やろう! お母さんが買ってきてくれたんだ!」
「花火、やったことない。初めて!」
空楽は、たくさんの事を知っている。それがなんだか羨ましい。私は、この病室でテレビを見て、外の世界に憧れを持つだけ。
「小学生最後の夏休みだからな! 思う存分楽しまなきゃな!」
「うん!」
点滴の交換の時間になったらしく、看護師さんが、病室に入ってきた。
「空楽君、来てたんだね。ちょっとごめんね。点滴交換するから」
「じゃあ、廊下で待ってます」
「終わったら呼ぶね」
空楽が廊下に出ていってしまい、私はちょっと寂しい。
「空楽君は、近所の子なんだっけ?」
「はい。この町に引っ越してきた時から、仲良くしてもらってます」
「そっか。明日退院だもんね。いっぱい遊んでね」
「そうします」
点滴の交換を終え、空楽が再び病室に入ってきた。
カードを何枚か持っているけど、それが何かは、分からない。
「空楽。それは何? カード?」
「これか? これな、バトルライジングって言う、カードゲーム。ここにモンスターの絵が描かれてて、これがBPな。これが大きい方が勝ち」
「そのカード、可愛い」
「キャッツリリー。コイツ、BPが高くて、可愛いくせに、結構強いんだ。欲しいなら、やるよ」
「いいの?! ありがとう!」
明日になれば、空楽といっぱい遊べる。楽しみで、楽しみで、早く明日にならないかな。
翌日。お昼前に、私は退院した。お母さんが運転する車に乗り、家に帰るのは、一ヶ月ぶり。
「空楽君に挨拶しに行く?」
「うん。駄菓子屋に行くの」
「じゃあ、帽子被って行ってね。あと、具合悪くなったら、すぐに電話すること」
「分かってるよ。大丈夫。空楽が一緒だから」
家に一度帰って、お昼を食べてから、空楽の家へ。
「う~み~! 退院したんだな。無理するなよ。少し歩くからな」
「大丈夫。行こ、駄菓子屋!」
「おう!」
学校はすぐそこ。道路が濡れていて、少し涼しく感じる。道路から水が出てるのが、不思議で面白い。
「暑すぎるからな。消雪パイプから水を出してるんだ」
「へぇ。道路から水が出てるの、面白い」
「そうだろ。ラムネは、もっと面白いからな! 楽しみにしとけよ!」
空楽は私より、たくさんの事を経験している。自転車にだって乗れるらしいし、水族館やプラネタリウムにも、行ったらしい。
「着いた! ここが駄菓子屋な。おじちゃん、ラムネ二本ちょうだい!」
「あいよ。お、見ない子だ。空楽の彼女か?」
「ち、ちげーよ。友達!」
「そうかそうか。ほれ、二百十六円な」
「ん。丁度あるよな?」
「ん~? 一円足りないぞ?」
「そんなわけねえーよ!」
「冗談だ。ここで飲んでいくだろ?」
親しげに話す空楽には、知り合いも友達も、たくさんいる。私には、空楽しかいなくて、友達は空楽がいてくれれば、それで。
「この変な形のヤツで、ビー玉を押すんだ」
空楽から受け取った、ラムネは、不思議なかたちをしたビン。ピンク色の、蓋? で、ビー玉を押すらしい。
「ちゃんと掴んでないと、倒れるんだ。しっかりおさえて、押す!」
ビー玉が外れると、シュワシュワと溢れてきて、空楽は急いで口をつける。
「こうやって飲むんだ。やってみ」
「こう?」
しっかりビンをおさえて、上からピンク色の蓋で押す。
カラン。って音がして、シュワシュワと溢れてきた。
「急いで、口つけろ!」
見よう見まねで、ラムネを口にする。甘酸っぱくて、シュワシュワしてて。初めての感覚。
「美味しい!」
「そうだろ! 他にもここには、お菓子があるんだ。えっと、あのガムは十円で、この駄菓子は酸っぱいんだ」
何のドラマだったかな。恋愛ドラマでヒロインが言っていた言葉。『ラムネの味って、甘酸っぱくて、初恋の味なんだよね』。
これが、初恋の味なんだ。私にはまだ、恋なんて知らないけれど、ラムネが初恋の味。
「海未。体調は大丈夫そうか?」
「うん。平気だよ」
「よし! それじゃあ、海に行こう! 海風気持ちいいぞ!」
「うん!」
空楽は、私にたくさんの事を教えてくれる、唯一の友達。ずっとずっと、このままでいられるのかな。




