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霧の箱  作者: 斎藤 聖
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第二話:出会い

どこかで声がする。誰かが僕を呼んでいる。

そんな気がした。

僕は手探りでその声のありかをつかもうとしてもなにも掴めない。とても大事なものなのに、そんな気がするのに。

暗闇の中、僕は裸で立っていた。あたりを見回してもあるのは暗闇だけだった。奥行きもなにもわからない。

僕は座り込んで目の前を見つめた。声は次第に大きくなっていった。手を伸ばせば届きそうなくらい。

でも僕はなにもしなかった。目の前を見つめるだけだった。


すると少し向こうになにかが現れた。白い光を放っていた。女性だった。僕と同じくらいの25歳くらいだろうか。

彼女も何も着てはいなかった。だが、少しも性的な印象は受けなかった。むしろ神々しいものにも感じられた。

僕は立ち上がって少しつづ距離を縮めていく。

どうやら彼女もこちらに来たいらしい。だが、足は固まったままだった。すこしうつむいて涙を流している。長い髪だ。


僕は走りだした。しかし、距離は本当に本当に少しづつしか縮まらなかった。彼女は手を目にあてて泣いている。


とたんに足場が崩れていった。僕は彼女になにか叫んだ。だけど彼女は首を横に大きく振った。



覚えているのは金属がつぶれる轟音だけだった。



…気がつくと木でできた天井が目に入った。ハッとして体を起こそうとしてみたが、全身に激痛が走った。どうやらいたるところが折れているようだ。特に右足は動かさなくても激痛が走っている。

少し落ち着いて考えようとしてみる。そうだ、僕は崖から転落したんだ。なにかに目を奪われて。一体なんだったのだろう。

しかし、どうやら間一髪で助かったようだ。誰かに助けられて運ばれてきたのだろう。とりあえず最悪の事態は回避できた強運に感謝しようと思った。


あたりを見回すと大体8畳ぐらいの部屋だろうか。家具は小さいこげ茶色のタンスに、まだ、変えたばかりなのだろう、草原のような畳が敷き詰められ、その反面、若干黄ばんだ障子が僕が寝ている足もとに見える。ものすごくいい香りがした。畳だろうか…


その瞬間、部屋の襖が音も立てずに開いた。僕は若干びっくりして、なぜか寝た振りをした。


「失礼しまーす…」

おそるおそる顔を覗かせて、一人の女性が入ってきた。手にはお盆、上に水らしきものが乗っていた。

女性はなるべく足音を立てずに僕の布団に近寄って来た。そのまま音も立てずに正座すると僕の額に乗っていたタオルを取った。僕は一ミリも動かないように集中しながら、ばれないようにうっすらと目を開いて女性を見た。女性は冷たい掌を僕の額に手をあて、軽くほっとしたような息を漏らした。


「だいぶ熱引いたみたい。よかったよかった。」

彼女はしばらく手をあてていた。それはとても気持ちの良いものだった。頭の中にある種の淀みが広がっていく、そんな心地よさだ。

僕はそのまままた、深い眠りに沈んだ。



次に目を覚ました時には、窓の外は夕暮れ時を映していた。どうやらかなり長い時間寝てしまったらしい。体は激痛もあってかかなり気だるい。溜息をついて目を見開いてみた。よかった、やっぱり生きてる…


「生きててよかった…本当にどうなるかと思った。」

そうつぶやいた瞬間、襖が音もなく開いた。僕は次はその襖の方に顔を向けた。


「失礼しまーす。あらっ」

女性は目をパチクリさせて軽くほほ笑み、軽く会釈をして部屋の中に入ってきた。髪の長い女性だった。


「気がつきました?…もう2日、寝ていたんですよ。」

彼女は僕の布団の横で正座になり、そう言った。


「僕を助けてくれてありがとうございます。」

とにかくそう言いたかった。彼女はきょとんとして

「あはは、いや、助けたのは私じゃないですよ。祖父が。」

彼女は手を口にあてて笑っている。それもそうだこんな大の大人の男をこの女性が担げるはずもない。

「っと…それもそうですよね。でも、寝ていた間世話してくれたのはあなたでしょう?ならお礼はさせてください。」

そういうと彼女は僕の顔の真上に顔をかぶせた。一気に彼女の顔だけが視界に入る。髪の毛が顔にあたってこそばゆい。

「なら、まずは体を安静にしてくださいね。お礼はそれからで。」

まるで姉のように僕に言いつけ、

「なにか食べますか?さすがにお腹がすいたでしょう?」

と言いながら立ちあがった。僕は「おかまいなく」と言いたがったが、この姿で何を言うかと思い、

「何か…食べやすいものを。」

とだけ言った。彼女は振り返りながら

「少し待っててくださいね。…あ、お名前は?」

襖のところで立って見下ろしている。少しもいやな感じではなかった。

「僕は、高橋です。高橋真咲です」

「タカハシマサキさん…。私は藤堂朱里です。よろしくお願いします。」


襖はまた音もなく閉まった。

これが僕と彼女の出会いだった。


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