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献花  作者: 刻野 海
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6、【もう一つの像、融月】

結論から言うと、もう一つの像は見つかった。

 だがそれは霧島や成田が想像していたものでは、規模ではなかったのだ。

「…ご友人はこの先に何を見られたのでしょうか。」

 帰りの飛行機の中、隣の席に座った成田が呟くように言った。霧島はその言葉を頭の中で反芻する。

 あいつはこの先に、何を見ていたのだろう。

 ふと今年になってから官僚がパーティで漏らした本音のような一言が蘇る。

 今やこの国は、核なしでは存続できないのであります。

 俺たちが相手にしようとしているものは、想像以上に大きいものなのかもしれない。もう一つの像の光景が脳裏で疼く。


 もう一つの像は、墓地のようなところに祀られていた。

 古代日本の古墳をイメージするとそれに似ているかもしれない。何もない森の中に、円形に土を盛ってその上からコンクリートを流し固めたような、灰色の円墳がそこにあった。躊躇いながらもその上に登ってみる。

 背の高い植物がところ狭しと群生しているせいもあってか、その円墳に登ってもそこまで周りは見渡せなかった。円墳の直径は大体二十メートルくらいだろうか、そしてその円墳の中心に、霧島が求めていた像が置かれていた。

 近寄ってみると霧島は違和感を覚えた。確かにあの公園で見た像で間違いはないのだがどこかが違う。霧島は念入りにその違和感の正体を探った。

 あるものを見つけ、霧島の顔が青ざめていく。

 像の首の部分に名前が彫られていたのだ。

 ロザリエ。

 筆記体で書かれているのではっきりとは分からないがそう書いてあるように見えた。霧島はバッグから、死んだ友人からの手紙を取り出した。

 ロザリエという単語が書かれていたことを思い出したからだ。

「二つ目の願いは、そうして突き止めた像の正体と、俺を殺したものを母さんに伝えてほしいということだ。俺は 何か に殺された。だがその何かは人であって人でないものなんだ。俺が遺書にそのことを書いたとしても信用されなかったろう。それぐらいに現実離れしたものと俺は戦っていた。俺が死んでから聞く言葉なら、お前の口から言ってくれる言葉であればきっと信じてもらえるだろう。

 だがお前の身も心配だ。

 この件に首を突っ込んだ時点でお前は俺と同じものに追われることになるだろう。俺と同じものと、ロザリエと対峙することになるだろう。武明、もしロザリエというものにぶち当たったら一度このことを考えてみてくれ。この先には危険が伴う。これ以上を調べようとするなら 何か が黙っていない。その時点まで来て逃げ出すことは、お前自身が許さないかもしれないが、とにかく危険があるということだけは理解しておいてくれ。

 お前が俺と同じ運命を辿らないことを祈る。」

 

霧島は手紙から顔を上げると、改めて周りの森を見渡した。

 こいつも同じ景色を見たのだろうか、この像の前まで来て何を考えたのだろう、何を先に見据えてたのだろう。森の木々はひたすら空中で絡み合い、霧島にはこの森の全貌も、その先にあるものも全く見えなかった。



 鮮烈な青に彩られたこの世界にも夜はあるらしい。

 美しい三日月が昇ったこの世界は、まるで初めからそうであったような自然さと、波一つ許さないような静けさで満たされていた。星のない真っ暗な空の中で、ただ三日月だけが、どこまでも白く二人を照らしていた。

 美しい、けれど、どこか危うさを、儚さを感じさせる光景だった。

 男は息をすることも忘れて、ただ静謐な月の前に立ち尽くした。

「綺麗でしょ?お気に入りなんだ、この場所。」

 隣で光莉の白髪が揺れる。それは視界の端で辺りの光景と溶け合い、一体となって男の記憶をくすぐった。頭痛が襲う。

 すると突然、月が曲がった。

 正確には「曲がったように見えた」のだが、さらにその後、驚きは続く。

 月が融けだしたのだ。

 先程曲がったように見えた部分から、チーズが溶け落ちているみたいにして地表に注がれていく。融け落ちた月は、液状になりながらも空に昇っていた時と同じ輝きを放っていて、綺麗だった。

 多少の違和感はある、だがそれを払拭してしまうほどに美しかった。

「融月、ここの人たちはそう呼ぶんだ。」月明りに照らされながら光莉は言う。

「すっごく綺麗で、美しくて、魅力的で、でもどこか不自然で、不可解で、違和感があるよね。私たちはその違和感を忘れちゃいけないんだよ。どれだけ魅力的でも、必ず持ってなくちゃいけないんだよ。」融けた月と、融け残っている月の明かりが、彼女の真剣なまなざしを照らしている。

 まただ。また、彼女から目を逸らせなくなってしまった。


 監獄のような部屋に戻ってから、男は彼女の言葉の意味を考える。

 彼女は何かを俺に伝えたいように見えた。一体何を?

 彼女は俺に言った。違和感を持ち続けろ、と。それは今俺が置かれている状況についてだろうか?だがそうは思えない。こんな世界にいきなり連れてこられて、違和感を持ち続けない方がおかしいだろうから。じゃあ、一体彼女は何について言っているんだ?


 気配、

 誰かの気配を感じた。男は飛び起きて、黒い虚空を見つめる。

 この気配を俺は知っている。どこかで出会ったことのある人物が、この世界に来てからではなく、その前に対峙したことのある誰かがこの虚空の中にいる。そして俺を見ている。誰だ?男は警戒心を強める。

「思い出せ。」

 虚空の中から声が聞こえた。男性とも女性ともつかない不思議な高さの声、しかし男はこの声の主を思い出せない。

「ロザリエがあなたを呼んでいます。」

 背後を振り返るとアベルがいた。アベルがいることに全く気付かなかった。この世界は、こいつは一体…

「付いてきてください、礼拝堂にご案内します。」

 見慣れているはずの、その人を安心させてしまうような笑顔が、

 悪魔のように見えた。


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