8.聖騎士と傭兵
第三者視点、神視点です
日が頂上近くまで昇った、朝に近い昼。
太陽に照らされながら、比較的踏み固められた森の中の道を、四人が歩いていた。
「でもよぉ、鎌を持った骸骨の魔物なんて、聞いてないぜ」
顔の横に長い揉み上げを生やした、革鎧の上に鉄の部分鎧を着けた男が、先頭の赤毛の女性に話しかける。
「でも、ナイトキングの仲間かどうかは分からないよね」
揉み上げの横で歩いていた男性が声を出した。
こちらは揉み上げと顎髭と口髭が完全に同化している。
髭の男性は全身鎧にフルフェイスの兜を装備しており、顔の前を覆う部分は上に押し上げられ開いている。
「それはそうニャ。何せリフィリアの魔法一発で逃げ出したのニャから」
二人の男性の前を歩く女性の一人、皮のスカートと短い麻のシャツの上に上半身を覆う獣皮の上着を羽織った猫耳のヘソだし美少女が、答える。
「いいや、あれはきっとナイトキングの手下だ。
卑劣な奴の配下が、さらに女性を攫おうと、周囲を偵察していたに違いない」
一番前を歩いていた、赤毛の騎士鎧を着た女性が断定する。
女騎士は男言葉を使うようだ。
「だからよぅ、ナイトキングの手下は三人だけって聞いていたんだから。
報酬を吊り上げてくれねぇとこっちとしても士気に関わるんじゃねぇかって、言ってるんだよ。」
どうやら、揉み上げの男はリフィリアと呼ばれた騎士鎧の女性に、値段交渉を持ちかけているらしい。
「それは出来ない。村から貰った報酬は聖典騎士団に与えられるものになる。
お前達に出せるのは、私の個人的なお金だけだ。私にこれ以上の貯えはない」
「かっ、湿気てやがるねぇ。
聖典騎士団の班長ともあろうお方が、金をケチるのかよ」
「本当の話だ。これ以上は私の生活に関わる金額になってしまう」
「バローグ、もうその位でいいよ。なんだったら僕の報酬から融通するから」
「そうニャ、バローグはお金に汚いニャ」
「馬鹿野郎、俺はお前達の事も考えて言ってるんだよ。
この先でどんな化物と戦うか分からねぇのに、後の事を考えないでどうすんだよ」
戦闘によって一生ものの傷を受ける者も少なくない。
そういったことを考慮して、バローグは金の話をしているのだと主張する。
「その時はその時ニャ。傭兵を始めた時から、それなりの覚悟はしてるニャ」
「馬鹿、ニイナお前。傭兵の覚悟って言うのは、やられて惨めな人生を送る覚悟ってことじゃなくて、どんなことが起こっても生き残ってやる、っていう覚悟のことを言うんだよ!」
どうやら、ニャ言葉のヘソ出し猫耳娘はニイナというらしい。
「でも、骸骨がナイトキングの仲間じゃなかったら、報酬はどうするのさ」
髭の男が話を混ぜっ返す。
「アレイン、お前はどうしてそうなんだ。もっと金が欲しいと思わねぇのかよ」
バローグと呼ばれた揉み上げ男は、アレインと呼んだ髭男に近寄ると、肩に手を回して、ガッチリと肩を組んだ。
「どう言われようと、これ以上貴方達にあげられる報酬はない。すまないな」
リフィリアと呼ばれた女騎士はこれで話は終わり、と言うかのように手を振る。
「へいへい、あ~クソッ、攫われた十二人の村娘の救出って言うから、てっきり山賊か何かと思ったのに相手が吸血鬼とはね」
バローグは値段交渉に失敗したことを知り愚痴る。
いまだに肩を組まれているアレインは少し迷惑顔だ。
森の近くにある村の要請を受けて救出に来た聖騎士。
そして、彼女に雇われた傭兵達が彼らである。
この世界には“始まりの女神教”と呼ばれる教団があり、一つの国家を形成するほどに多くの人々に信仰されている。
名前が長いので、一般的には女神教と呼ばれている。
その女神教には騎士団が存在している。
その騎士団は聖剣騎士団・聖盾騎士団・聖典騎士団に分かれており、リフィリアの所属する聖典騎士団は教会の要請を受けてその力を振るい、信者や教会に属する者を護ることなどを仕事としている。
今回は女神教の教会がある村が三人の魔女を連れた吸血鬼によって襲われた。
十二人の村娘が攫われてしまったということで、聖典騎士であるリフィリアが来たのだった。
本来、吸血鬼の討伐ともなれば、八人以上の部隊を率いて現場に向かわなければいけないのだが、村人達の信仰心が薄いことや、教会への寄付が少ないことから派遣は見送られることになっていた。
だが、リフィリアは助けを求められた時に助けてこそ、信仰が成り立つと主張し、たった一人で襲われた村に向かう事を教団に了承させたのだ。
だが、一人で吸血鬼と三人の魔女を相手に出来るほど、リフィリアは強くない。
聖典魔法と一般的に呼ばれる真聖魔法と、回復魔法を使えるリフィリアだったが、吸血鬼に勝てるほど強くはなかった。
その上、三人の魔女がいると言われれば、不可能に近い。
だから傭兵を雇った。
襲われたエドナ村に行く道すがら、クルヘアの街で傭兵を募集したのだ。
しかし、騎士団の方針を無視して行動しているリフィリアには資金がなく、相手が吸血鬼であることも重なり、誰もが無関心を装った。そんな中でその募集に引っ掛かったのが、バローグ、アレイ、ニイナの三人だった。
この三人は街の防衛戦という小さな戦闘で、たいした活躍も出来ず、傭兵団を解雇されたばかりだった。
ぶっちゃけ金がなかった。
あまりにも誰も寄り付かないので、吸血鬼のことを伏せて一ニ人の村娘の救出とだけ書いた紙を持って、クルヘアの街外れにある傭兵斡旋所に依頼をしたリフィリアによって、まんまと騙された訳だ。
そして、村に着いた時に、相手が吸血鬼だとバローグ達は知らされた。
その頃は旅の道中でリフィリアと仲良くなっていたニイナは笑って許し、アレインはいつも通り愛想笑いを浮かべて承諾した。
不満が残ったのはバローグである。
いくら聖典騎士がいるとはいえ、たった四人で吸血鬼を倒せるわけがない。
バローグは思った『もしかしたら、俺この戦いで死ぬかも……』と。
そこで、水浴びをしていたリフィリアとニイナの前に現れた骸骨である。
敵が多いんじゃしょうがないな~。報酬を上げてくれないんじゃ戦えないな~。
そう言って逃げようとしたのだ。
だが仲間のニイナとアレインはすっかりヤル気である。
なんだかんだで、こいつらとの付き合いも長い。
ここで見捨てて死なれでもしたら、後味が悪すぎる。
この頭が弛んだ女騎士様も、一度戦って苦戦すれば諦めるだろう。
そんな事を思い、戦闘中にどうやって逃げるかを考え、バローグは愚痴を言う。
「しかし、どうなのよ。女神教の信徒である聖典騎士様が嘘を吐くのは」
「嘘は言っていない。相手が何者かを言っていなかっただけだ」
「もう、その辺にするニャ。その話は終わったことニャ」
「村長にも泣いて頼まれたし、村で貰った食料もあるし頑張らないと」
バローグはどいつもこいつも『優しさは命を護ってくれない』、って言う格言を知らないのかと思った。
ちなみにこの格言は、この世界で有名な格言であり、かの勇者がドラゴン退治をしようとする少年に向けて言った言葉だとされる。
「有名な吸血鬼のナイトキング討伐が、野菜の干物と同価値なのかお前ら」
バローグは呆れ果てて、疲れてしまった。
アレインから手をどけると、しばらくは話す気力もなさそうに歩き続けた。
バローグはナイトキングについて知っていた事を思い出す。
“夜の王”
それは大陸の中央に栄える貿易都市カレリアに現れた吸血鬼である。
ナイトキングは、貿易ルートが交差する場所に出来上がった都市カレリアに、行商人に紛れ込んで侵入したといわれている。
その性格は残忍で狡猾、カレリアにいた商人達の護衛目的で集まった傭兵をことごとくなぶり殺しにして、毎晩女を攫ったらしい。
翌朝、攫われた女は干乾びた姿で、屋根の上や川の中に捨てられていたという。
それがナイトキングがカレリアを出るまで、半年続いた。
カレリアを出たナイトキングは、南東に移動しながら犠牲者を増やしている。
何故カレリアを出たのか誰も知らないが、より凶悪な魔物に襲われて逃げ出したとか、傭兵達の伝説となっている戦士ゴレイアスに一騎打ちを挑んで負けたとか、勇者が現れて、その姿を見て怯えたナイトキングが逃げ出したとか噂されている。
バローグは続けて、襲われた村であるエドナ村で聞いたことを思い出す。
エドナ村の人々は森の奥に屋敷があるのを知っていたが、それは前の領主である伯爵が建てたものなので、壊すことも出来ずに放置していたらしい。
いずれ変な魔物が住み着くんじゃないかと思っていたら、数週間前から夜中に明かりが灯るようになり、その日から村の娘が行方不明になるといった事件が起きた。
しかし、娘は数日後には記憶を無くして村に帰ってきており、危機を感じながらも事なかれ主義で放置していた。
そして四日前、エドナ村はナイトキングと名乗る吸血鬼と三人の魔女に襲われ、十二人の村娘がさらわれる結果となったのだ。
自業自得じゃねぇか、とバローグは思った。
だが、それを言ってもしょうがないと思い直す。
どちらにしろ、一度は戦うしかないのだ。
「お前達、私の使い魔を知らないか?」
上空から発せられた女性の声が、バローグの耳に届いた。
見上げる四人の視線の先に、真紅のドレスを着た淑女が浮いている。
「蟹の姿をした可愛い奴らなんだ。やっと群れで行動させることを覚えさせたところだったのに、昨日から姿を見なくなってね」
ナイトキングの配下である三人の女性型の魔物、その一人である“獄焔の魔女”が聖騎士と傭兵達の前に現れたのだった。