表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/19

1.そして怠惰な者は死の鎌に伏す

1話目から鬱心理描写とかやる気あんのか?

という感じですが、落ちたら後は上がるだけだから!

俺TUEEE!やファンタジー要素は9話ぐらいからです


 人がまばらの公園、そこのベンチに座っている。

 日は高いが少し肌寒い。

 ……というか、懐はもっと寒い。


「はぁ――」


 自然と溜め息が出る。

 サイフを広げて、中にある小さなおサツ一枚を眺める。

 発端は昨日。


「明日、近所の友達が来るから、外に出ててね」


 そう、母親に告げられた。


「これで外をブラブラしてなさい」


 そして、渡されたのが小さいおサツ一枚。


「ふぅ――」


 もう一度、溜め息をいた。

 わかる。ニートが家の中にいる事を知られたくないのだろう。

 俺だって近所に変な噂を立てたくは無い。


 だが、小さいお札一枚で、何時間も暇を潰せると思っているのだろうか?

 とは言え、ニートのオッサンを、家に留めてくれているだけでも有難いのだ。

 本来ならいつ家を追い出されても、文句は言えない立場なので

 『もうちょっと金くれ』とは、決して言えない。


でも、小さいお札一枚じゃあ、電車に乗ったら残りは小銭だけだよママン……。

 

 心の中でおどけてみても、財布の中身は増えやしない。

 財布をポケットに戻し、空を見上げる。


「……」


 いつものように、いつものごとく、考えが悪い方向へ向かっていく。

 

今の俺に生きている価値があるだろうか?

 

 意味も無く、ただ生きている。

 いっそ、全てを放り出して、全てを終わらせてしまいたい。


 働けていない俺は毎日こんな事を考えている。

 今の現状は、自分が選んだ事の結果ではある。

 しかし、本当に自分が望んで選んだ結果ではない。


「……駄目だな」


 公園の中で鬱になっていてもしょうがない。

 どうせ考えていても、気分が沈んでいくだけだ。

 とりあえず、駅前の商店街にでも行くか。

 底なし沼に沈んでいく様な考えを振り切って、無理やり思考を切り替えた。


 とは言え、喫茶店にでも入ろうものなら、スッカラカンになってしまう。

 喫茶店を追い出されたら、どうしようもなくなる。

 

ゲーセンで他人のプレイでも見てるか……。

 

 俺はベンチから立ち上がって歩き出した。

 公園を出て信号まで歩道を歩く。

 運良く信号が青になった。

 左右を見て横断歩道を渡り、近くにある歩道橋に向かう。

 駅前には一度線路の反対側に渡ってから、回り込む方が近い。


 歩道橋に辿り着く。

 この歩道橋は、朝の通勤ラッシュの時に使う人が多いらしく、三人がすれ違っても大丈夫なように、階段の幅が結構広く作られている。

 階段が急になっているのは、予算をケチったからか面積の問題なのだろう。

 歩道橋の階段をゆっくり登ってく。

 俺の横を、学制服を着た女の子がニ人、駆け上がっていった。


元気があってよろしいことで。


 階段の半ばまで上がったところで、前に人がいることに気付く。

 杖を持ったお爺さんが、手摺りに掴まって必死に階段を登る姿が目に入った。

 俺もいつかこうなるのだろうか、それともその年齢に達するまでに……。


「はぁ――」


 いかん、思考がまたマイナスに傾いている。

 溜め息を吐きながら、お爺さんの横を通ろうとして少しの間並ぶ。


「きゃっ!」


 小さな悲鳴に顔を上げると、学制服女子の一人が落ちていくところだった。

 先ほど駆け上がっていった女の子だ。

 誰かとぶつかって、階段の上で足を滑らせたらしい。


 横にいたもう一人が手を掴み、引き寄せようとする。

 だが、重かったのか、掴んだ手に引っ張られ巻き込まれて、一緒に落ちてきた。

 あまりの出来事に驚愕し、体が固まってしまう。

 そして、更に悪いことに、その落下先にはお爺さんがいた。


「あぶな――」


 硬直が解けた俺は、とっさにお爺さんを庇おうとして手を伸ばす。

 だが、お爺さんは結構動ける人だったのか、壁側に身を貼り付け、避けた。


あれ? これってヤバクないですか?


 お爺さんがいた場所に、俺の体が滑り込む。

 ニ人の女の子がぶつかり、俺の体が下に押し出される。

 必死に踏ん張り堪えようとする。女の子をその場に留めるだけで精一杯だった。

 足がずれて落ち、空中を踏む。

 支えをなくした俺の体は宙に放り出された。

 急激に立っていた場所が遠退く。

 女の子ニ人はその場に残された。

 お爺さんがこちらを見て、驚愕によって目を開く。


 俺は手を伸ばして何かを掴もうとする。

 だが、落下速度は速く、手摺てすりに触れた指は弾かれた。

 空を含む景色が斜め上へと流れる中、浮遊感と焦りだけが強くなっていく。


 そして、最初の衝撃が……。




 △▼△▼△▼△▼△▼△▼




 まず目に入ったのは鮮やかな緑色だった。

 暖かな日差しと、青々とした木々の色、そして頬を撫でる爽やかな風。


あれ? 俺って歩道橋の階段から落ちて……?


 周囲を見回す。

 鳥の鳴き声や、風に揺られる木の枝の音、擦れる葉っぱの音が聞こえる。


 視線が低いことから、自分が座っている姿勢だと気付く。

 下の状態を確認しようと、視線を落とした。

 そして、胴体があるべき場所に変なものを見つける。

 白いもの、隙間だらけで後ろが見えている。


 ――骨。


 等間隔に並ぶそれはどうやら肋骨のようだった。

 若い頃、中学くらいの時だったか、理科実験室にあった人の骨格標本。

 それが俺の胴体部分にあった。


 ~~しばし混乱中~~


ああ、俺、死んだのか……。


 視界に入っている骨格標本が俺の体であると認識する。

 何故なら自分の意思で動くから。

 右手を上げてみる。

 どこからどう見ても、骨だけの右手が上がる。

 関節部分とかどうなっているのか分からないが、ちゃんと動くし隙間があるのに物理的に繋がっているらしい。

 

骨格標本は糸で繋がってるんだよな。


 左手を上げる。

 なんか持っていた。

 鎌だ。

 左手に付属品のようについてきたのは、死神が持つような大鎌だった。

 結構でかい、2メートルぐらいはあるだろう。

 それを片手で持っている。

 どうやら俺は力持ちになったみたいだ。


 鎌の尻を地面に突き立て、支えにして立ち上がる。

 しばし考える。

 俺は死んで骨になった。

 そして、周囲は森である。


 ここが死後の世界であることは間違いない。

 手に持っていた鎌は、きっと前世の罪を表す付属品だろう。

 そして、ここが死後の世界ならば、川がどこかにあるはずだ。


 前世の罪の重さを測るお婆さんがいたり、向こう岸へ渡してくれる船守がいたりするアレである。

 そこを通らないと、天国だか地獄だかに行けないことになっている。


 お婆さんの方ならきっと、この鎌の重さが俺の罪の重さになるはずだ。

 船守の方なら、渡し賃としてこの鎌を渡すのだろう。

 もしかしたら、火葬するときに家族が鎌を一緒に入れてくれたのかもしれない。


いや、鎌を棺桶に一緒に入れる家族ってなんだよ。


 自分の思考に自分で突っ込みを入れる。

 とにかくここは死後の世界だ、不思議な事の一つや二つあっても変じゃない。

 想像の範囲外にある出来事に直面した、人間の思考なんてこんなものだ。

 骨の体も死神のような鎌も、俺が今どうなっているかという疑問も、周囲に広がる森の風景も、脳味噌の外側を滑っていく。


あ、今の俺には脳味噌も無いのか?


 余計に混乱するので思考を停止して、あの世にいると勝手に決め付けた。

 あの世にいるなら川を渡らなければ。

 ゆっくりと適当な方向へ、川を探すように歩き出す。

 なんとなく歩いていたら、どこからか水の流れる音が聞こえてきた。


 そちらへ、鎌を引きずらないように両手で持ちながら、進む。

 川が見えた。

 結構、幅の広い川だ。

 川の前でしばし佇む。


 右を見る。そして、左を見る。

 どこにも船着場は無いし、枯れた木の隣に座っているお婆さんもいない。

 まあ、いいか。川に沿って移動していればどっちかにいるだろう。

 俺は流れが来る方向、上流へと足を進めた。


 それにしても長閑のどかな風景が続く。

 あの世って、もっとおどろおどろしいものだと思っていた。

 霧が立ち込めていたり、黒煙や蒸気が地面から噴き出していたり、周囲に死体が転がっていたりするものだと、なんとなく想像していたのだ。


 だが、頭上には太陽が輝いているし、周囲の木々は青々と茂っている。

 長閑かで安心できる。


 そんな暢気のんきなことを考えて、川に沿って移動していたら、足を滑らせた。

 トプンッと小さな音を立て、俺の隙間だらけの体が川に落ちる。


ヤバイッ!


 川の水の冷たさと焦りが一気に俺の体を襲う。

 鎌を片手に持ち替え必死に泳ごうとするが、骨の手では水を掻く事が出来ない。

 流され沈み、川の底に足が着く。

 そこで気がついた。


あ、俺、息しなくていいんだ。


 そもそも、息をするどころか、肺が無いじゃないか。

 もし、息をする必要があったとしても、隙間だらけのこの体では空気を留めることは出来やしないのだから、とっくに酸欠状態になっているはず。

 川の底の流れは緩やかで、落ち着いてみればその場に留まる事は容易だった。

 水の冷たさも凍えるほどではない。

 だが、いつまでも川の底を歩いて移動するわけにもいかない。

 一瞬このまま反対側の岸まで移動しようか、と考えたが正規のルートで入らないと天国か地獄に行けなくなるかもしれないと考え、止めておいた。


 落ちた側の岸に近付き、どうにか登れないかと思案する。

 持っている鎌を引っ掛けて登れないかと、試してみる。

 駄目だ。少し長さが足りない。


 その時、奇妙なことが起こった。

 鎌の柄が伸びたのだ。

 ニュルリと柄が伸びた鎌の刃を地面に引っ掛ける。

 すると今度はスルスルと柄が縮み、自動的に俺は岸へと上がる事ができた。

 岸に這い上がった後、しばし横になる。

 太陽が骨を照らす。

 体から湿気がとんでいくのを感じる


そっか、死んだのか……。


 川の底で息をせずに移動できたことが、死を実感させた。

 生きていた時の事を考える。




 別に無職ニートになりたいと、願ったわけじゃない。

 別に家族に迷惑をかけたいと、望んだわけじゃない。


 最初はしっかりと働いていた。

 だが、何かが上手くいかなかった。

 気づけば職を失っていた。

 食い繋ぐ為に派遣やバイトはしていた。

 だが唐突に、何でそんな事をしているのか分からなくなった。

 頑張ろうとする事を頑張れなくなっていった。

 そして、働く意欲が俺の中から消えた。

 そうなりたいと、望んだわけではないのに。

 結果として、両親に頼ることになってしまった。

 自分でも分からない事で、自分が思い通りにならない。


 自分が嫌いになった。


 自分をさげすみ、おとしめる毎日で尊厳プライドが失われていった。

 いや、自分で尊厳を手放した。

 そんなものを持っていても、生き辛くなるだけだったから。

 自分に嘘を吐いた。誤魔化すようになった。嘘が上手くなった。

 色々な事を考え、足掻き、心の中を掻き毟った。

 諦めに似た達観の中で、同じ毎日が過ぎていった。

 でも、一歩も前に進むことが出来なかった。


 そんな自分が、もっと嫌いになった。




……でも、もう終わった事だ。

 

 俺は死んだ。

 後は閻魔様に自分の人生を判断してもらうだけだ。

 閻魔様はいなかったとしても、何か偉い存在が俺を裁いてくれるだろう。

 あれだけ嫌いだった自分はもう終わったのだ。

 残るのはその事後処理だけ。


 ゆっくりと手を地面について立ち上がる。

 自然と視線が下を向く。

 俺の周囲にある草が枯れていた。


なんだ? 俺の周囲だけ草が枯れている。苔もだ。


 俺から八十センチほど離れた場所からは、緑色の普通の草が生えている。

 俺の周りの草だけ、生気を吸い取られたかのような……。

 

まあ、いいか。

 

 ここはあの世なのだ、不思議な事の一つ二つはあるだろう。

 俺は今まで歩いていた方向、川の上流へと進んでいった。


 どれぐらい歩いただろうか、前の方向から滝の音が聞こえるようになった。

 それに混じって女性の声も聞こえてくる。

 若い女性の声だ。

 少なくともお婆さんの声ではない。


 俺はそのまま歩みを進めた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ