脱獄の世界
通路を挟んで、二列の二段ベットが立ち並ぶ大きな部屋。窓とドアには鉄の柵がついていて、ここは牢獄だった。
ブーンと外から車が通る音がする。少し離れた場所で、車から修道女が三人降りてきた。低めの扉をくぐり、何かを唱えながら奥の部屋に入る。一枚のガラスを隔てた向こうで、長い首吊り縄に男がぶら下がっていた。アーメン。安らかな眠りを。修道女たちが男に群がって唱える。
天井の通気口でベルは眠そうに目を擦って起きた。死刑囚。最後にもう一度下の情景を覗き込んで、ベルはそっと大部屋に戻って行った。
この刑務所に来る人は多いらしい。この日は大きな音と共にヘリコプターが降りて来た。昼寝の時間、囚人たちはベットの上で布団を被ることを余儀なくされる。寝ることがつまらなくなった一人の囚人が腕で隣のベットを叩いた。
反応がなかった。上半身を起こしてベットを覗き込む。真ん中の盛り上がったところを思いっきり叩いた。感触がおかしい。手を伸ばして布団を捲る。中には丸められた毛布しか入っていなかった。
突然、止んで間もないヘリコプターの音がまた聞こえた。一緒に聞こえたのは怒り狂った看守の怒号。脱獄だ。全員がそう思った。
ルールなどもうお構いなし、囚人たちはベットから飛び降りて窓に手をかけた。ヘリコプターが飛んでいく、中には囚人服の姿が六人。強者たちだ。囚人たちの目には、尊敬の色があった。
「速く。もっと遠くまで飛ばないと、ただじゃ置かない」
削って尖らせた鉄の首を操縦者の首に押し当てて、ベルは遠くなっていく牢獄を見下ろした。喜びに顔を綻ばせる五人は、全員ベルの脱獄を手伝ってくれた仲間だ。
「もっと速く」
やっと手に入れた自由、絶対に失うわけには行かない。ただ、このヘリコプターは四人載り、操縦者以外には後三人しか載れないはずだった。加重の乗り物はコントロールを失いやすい。墜落するまでそんなに時間は掛からなかった。
もっと遠くへ行かないと。六人は近くにあった車を抉じ開けた。この車もすこし小さい。やっとのことでエンジンがかかった。ベルは急いでドアを開けて中に乗り込む。運転席に一人、助手席に一人、後に三人座って、焦った囚人はアクセルを踏んでしまった。
詰めて座る時間なんてない。間一髪のところで最後の一人が車の中に飛び込む。三人の膝に寝るようにしてなんとか乗り込んだ。
「この道じゃない!」
しばらく走って、ベルは突然気がついた。この道の上り坂の先は行き止まり、さっき曲がる場所を間違えたんだ。引き返さないと町を出れない。でも、追ってはもうすぐそこまで来ていた。すぐ後、もう車が止まって人が降りてくるのが見える。
「川に飛び込んで!」
道の横に流れるのは大きな大河。流れも急で、水も深い。でも他に道なんてない。四人が目を瞑って飛び込んだ。ベルも足がしびれて動けない囚人を横に担いで飛び込んだ。
流れが直ぐに六人を引き離す。どこにいるのかまったく分からなかった。呼吸ができな感覚もない。不思議に思ってベルは目をあけた。水の中にいる。でも、苦しくはなかった。ここにいるのも悪くない。岸に上がらないまま、ベルは他の仲間を探すことにした。