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半妖の里  作者: 今田ナナシ
第一章
3/37

二 里への到着

 着いた駅も、また奇妙だった。


 奥深い森林に囲まれた、片面しかないプラットフォーム。

 人気はなく、聞こえるのは葉擦れの音のみ。

 そのくせ葉っぱ一枚落ちていない。

 電車の中と同じ。

 不自然に綺麗すぎる。

 あまりにもいき過ぎた人為は、逆に人らしさを喪失させるらしい。


 駅の外に目を向けても、舗装もされずにむき出しの土道に、迎えはまだ来ていない。


 道の向こうには湖があった。

 亡霊のように白い霧が、湖面から立ち上って這うように漂う。

 遠くに見える山々は、頭頂以外が霧で霞み、まるで死に装束を着ているよう。


 と、右手にある改札口付近に、人と思わしき男が一人立っているのに気付いた。

 人と思わしきもの。

 駅長姿をした、二メートルを超す巨体の男。

 深く窪んだ穴のような目が、見張るように睨んでくる。


 屋根付きベンチがあったので、その目を避けるようにして腰を降ろす。

 そこに座ると左の壁が、男との視線を遮ってくれた。

 嘆息して顔を上げる。


 左目。


 壁の横からこちらを覗く、半ばが隠れた顔の左目。

 その目と不意にかち合って、パッと逸らして正面を向く。


 忍び足の速度で時は流れ、身体の震えを全身で感じる。

 自分の意思では動けないのに、勝手に身体がブルッと来る。


 ついに唸りを上げるエンジン音が聞こえてきた時は、弾かれたようにベンチを飛び出し、改札口の前まで駆けた。


 バスだ。


 駅の前で止まった。

 窓ガラスはひび割れ、車体は凹み、塗装は所々剥げ落ち、タイヤは泥でまっ茶色。

 元は学校の送迎バスだったのか、校名らしきものが書かれているが、掠れて読めない。

 深く抉られた引っ掻き傷が、全体のあちこちに付いている。

 熊の大群にでも襲われない限り、こうはなるまい。


 「やあ! 待たせたかい?」


 五十過ぎくらいのガタイの良い男が、バスから降りて野太い声をかけてきた。

 白髪━━いや銀髪といった方が良いほどの、輝く頭髪をしている。


 「いやあおっきくなったねぇ! 昔とは見違えたよ!」

 テンプルな挨拶。

 どうやら彼が白山鉄雄おじさんらしい。


 「はあ、そうなん……ですか?」

 「ああ、お母さんからは何も聞かされずにいたんだったね。無理もない……でも大丈夫! 安心して良い。みんな君のことを歓迎してるよ。まあ最初のうちは少し戸惑うかも知れんが、すぐ慣れるさ」

おじさんは力強く肩を叩いて、バスの方へ案内してくれる。


 「お待ちください。切符がまだです」


 改札口を出た直後、後ろから声をかけられた。

 振り向くと駅長だ。


 「切符くらい捨て置け、我門」


 苦虫を噛み潰したような低音で、おじさんが駅長を睨み付ける。

 厳しく鋭い眼差しで、急に空気が変わった。


 「あ、あ、切符ですか!? ここですっ、はい」

 慌てて切符を取り出し、駅長に渡す。


 駅長はやけに恭しくそれを受け取り、丁重に穴を開け、慇懃にお辞儀をすると、やっと引っ込んで行った。


 「渡したね。さ、行こうか」

 おじさんも愛想の良い顔に戻る。


 「ところで、娘はちゃんとやってたかな?」


 さっきまでの雰囲気が嘘のように、おじさんが話しを振ってきた。


 「え、あのカツラの?」

 「ハッハッハッ! カツラなんて被ってるのか! まあ外じゃこの髪は目立つからなぁ」

 「娘さんだったんですね」

 「ああ、娘は外で修行しててね。こういう時にすぐ動けるのは便利なんだけどなぁ……」

 少し悲しそうにおじさんが言う。


 母が死んでから、一人の少女が訪ねてきた。

 まだ中学生くらいの歳なのに物怖じもせず、無表情にカツラを脱ぐ姿が、強く印象に残っている。

 地の髪の色は、おじさんと同じ銀髪だった。


 そして教えられたのだ。

 この里のことを。


 そこは遥か千年前に、人に仇なす魑魅魍魎を、隔離するために作られた里。


 ━━あなたはそこで生まれました。


 何でもないことのように、冷たく事務的に少女は告げた……


 ……と、バスに着いた。

 おじさんが飛び乗り、操縦席に座り込む。

 その後について乗り込むと、奥の席にもう一人、同い年くらいの少年がいた。

 顔は隠れて見えないが、彼もまた銀髪だ。


 「あの、あれ……」

 「ん? ああ! 忘れとったわ。おい銀司! お前も挨拶せい!」

 おじさんが振り返ってそう命じても、銀司と呼ばれた少年はピクリともしない。


 「クソッ! 全く! 忌々しい倅だ!」

 運転席から飛び出したおじさんは、早足で彼につめ寄ると、その頭部を思いきり殴り付けた。

 「この不良息子がっ! 挨拶しろと言ったんだぞ! 立て!」

 更にその銀髪を鷲掴みにすると、無理やり立ち上がらせる。

 「ほら、挨拶しろ!」

 そしてこちらへ乱暴に投げて寄越した。


 頭から前のめりに投げ出され、捕まれた銀髪を片手で押さえながら、ついに少年は顔を上げる。

 「……どうも」

 愛想の欠片もないポーカーフェイスで、銀司は一言だけ挨拶した。


 まず飛び込んできたのは、眼だ。

 どんな時でも揺らぎそうに見えない、大理石のような眼球。

 何か底知れない意思を宿した、力強い両眼。


 「あ、うん、どうも……」

 しどろもどろで挨拶を返すが、彼の視線は窓にさまよい、聞こえたのかも分からない。

 「な!? このバカ息子が! そんな挨拶があるか!」

 おじさんが叱っても返事もせず、近くの座席に座り込む始末。


 「ハッ! 本当にどこまでも癪に触るガキだなお前は! ああ、ごめんね。礼儀を知らん奴で。こいつは俺の息子で銀司って言うんだけど、どうしようもないバカに育っちまって」

 諦めたようにそう言いながら、銀司の頭をくしゃくしゃとおじさんは掻き回した。


 「いや、別に……構いませんが……」

 恐縮して答えると、申し訳なさそうにおじさんは笑い、運転席に戻っていく。

 相変わらず興味の無さそうな銀司は、側頭部を窓に押し付けて、湖の方を眺めていた。

 彼とは反対側の席に座り、ふと駅の方を見る。


 バスを睨み、凝と佇む駅長の姿。


 それからバスが発車して、もと来た道にUターンしたが、その姿が見えなくなるまで、ずっと駅長はバスを向いたまま立ち尽くしていた。

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