バカなやつを好きになったバカな俺 後編
9月。3年生は体育祭まで顔を出した。と、いっても体育祭で行われる部活対抗リレーのためだそうだ。このリレーは各学年から2名ずつ選ばれて走るらしい。
1年からは俺と彼女、2年は去年も走ったという先輩達。3年は部長と女子の先輩だった。俺は部長が走ることに不安を覚えたけど、部長は体育祭では伝説の人になっているそうで、走らないわけにはいかないらしい。それならば部長に楽をさせるように頑張ろうと思った。
体育祭当日。部活対抗リレーになった。トップバッターは3年の女子の先輩。次が俺。先輩の走りはそんなに悪くなかったけど、バトンであるリュックを外すのに手間取った。「なんで。これじゃあ、立候補した意味がないじゃない」と、震える声で先輩は言った。
俺はビリで走り出した。だけど、さっきの先輩の言葉が気になってしょうがなかった。嫌な考えが浮かんできた。彼女の所に辿り着いてリュックを渡そうと留め金を外そうとしたけど、手が震えてうまく外せない。さっきの先輩と同じだ。何とか彼女に渡して、彼女が走り出した。
前の部活のやつと距離が開いてしまい、彼女の足でも追いつけない。ビリのまま彼女は2年男子の所に辿り着いた。彼女から2年男子の先輩へのバトンはうまく繋がった。先輩が走りだした。
すごい。あっという間に前を走る人に追いつき、抜き去って行った。5人を抜いて2年女子の先輩に渡した。女子の先輩が走りだした。前を走る陸上部の女子の先輩にぐんぐん迫っていった。並んだけど、相手も陸上部の意地なのか、抜かさせることはなかった。次は部長の番。
部長は真剣なまなざしで前を向いて走り出した。俺の気のせいか。部長の顔色が白い気がするのは。陸上部より先に走り出し、前を走っていた野球部にも追いつき、直線になったところで抜き去ってゴールした。
荒く息をつく部長。俺たちの所に戻ってきて笑顔を見せたけど、なんだろう、部長がすごく儚く見える気がした。
リレーの後は昼休憩になる。俺は気にかかって仕方がないから、自分の席に戻らずに部長の後をつけて行った。
校舎の角を曲がり俺も曲がろうとしたら、肩に手がかかった。同じ部活の3年男子の先輩だった。
「どこに行くんだ。こっちには何もないだろう」
「あっ、いえ、その」
なんと答えようか迷った時に、小さな悲鳴が聞こえてきた。先輩はハッとしたような顔をして「お前は席に戻れ」と言って走り出した。俺は嫌な予感のままに後をついていった。
校舎の陰になるところで倒れている部長と、その部長の頭を抱えている女子の先輩がいた。先輩の顔を見た女子の先輩が泣きそうな顔をして言った。
「早く、保健室に」
「ああ」
先輩は後ろを向いて俺がいるのを確認すると「運ぶから手伝え」と言った。先輩が頭のほうを持ち、俺が足のほうを持つ。数歩しか歩かないうちに足音が聞こえてきて、部長を持ち上げる手が増えた。
保健室に運び込まれた部長はすぐに病院に運ばれることになったようだ。サイレンを鳴らさずに教師が使う通用門のほうから救急車は入ってきた。それを見送った後、俺はこのことを口止めされた。それが部長の意思だそうだ。
部長は数日して学校に復帰した。ようだ。3年生が部活最後の日。部長も顔を出したから。
次の部長を決めて「後のことは任せたぞ」と爽やかに笑っていたけど、夏前より部長が痩せたような気がして仕方がなかった。
3年生が来なくなり新体制に慣れた頃、彼女が新部長と副部長の様子を伺っていることに気がついた。まだあきらめてなかったのか、バカなやつと俺は思った。
だけど、彼女を観察するついでに先輩たちを見ていたら、どうにも違和感を感じる。本当にこの二人はつき合っているのだろうか。男の先輩は女の先輩の事を好きなのだろう。だけど、女の先輩の視線は、どう見ても部長・・・いや、元部長に向いていた。
なんだ、これは。
それから、もう一つ気がついた。元部長も女の先輩のことをそっと見つめていることに。女の先輩からの視線には気がつかない振りをして、視線が外れると見つめるってなんだよ。
わけがわからないまま、月日は過ぎていった。
◇
バレンタインに俺は義理チョコを何個かもらった。本気チョコは受け取らなかった。その子達には悪いと思ったけど、好きなやつがいるのに受け取れないと突っぱねた。
彼女はクラスでも部活でも大袋に入ったピーチョコを持ってきていた。クラス全員に分けたら一人二個にしかならなかった。
部活ではみんなで女子たちが用意してくれたお菓子を、話しながら食べた。
そこで部長と副部長の馴れ初め話が飛び出した。話をしたのは当事者である先輩達ではなくて、副部長と同じ中学だった1年生だった。
二人は中学が違ったけど、どちらも陸上部で学校を超えての公認のカップルだったそうだ。競技場で二人が話していたことで仲が発覚したらしい。それから二人の間には悲しい出来ことが起こったそうだ。中3の時に全国大会に進んだのに、事故に遭い出場が叶わなくなったそうだ。高校が一緒になって同じクラス同じ部活という状況らしい。
あと、女子が盛り上がったのは副部長が事故により、一時記憶喪失になったこと。これを『愛の試練だ』と喜んでもてはやしていた。そのことに先輩たちは困ったように笑うだけだった。
この事実に彼女は非常にショックを受けたようだ。顔には出さないようにしていたけど、どうも帰りが心配になったので、家に着くまであとをつけてしまった。無事に帰りついてくれたことに、俺はホッと胸をなでおろした。
これで彼女の目が覚めることを願わずにはいられない。
◇
卒業式後に会った元部長は、やはりかなり痩せてしまったように思う。だけど、誰もそれに気がついていないようだった。
いや、もしかしたら副部長は気がついているのか。なにやら気づかわしげに元部長のことを見ている。
その元部長が「悪い」と言って俺たちの輪から外れて、前に体育祭の時に会った女子の先輩のほうに行った。
そして・・・みんなが見ている前で告白をした。女子の先輩は恥ずかしそうに告白を受け入れていたけど、元部長に抱きしめられる時に見えた顔が、悲しそうに見えたのは気のせいだろうか。
副部長の顔から色がなくなった気がした。それでも元部長にお祝いの言葉を笑顔で言っていた。その顔が痛々しくて見ていられない。
他のやつらが元部長に祝福を言っている間に、副部長と部長は静かに去って行った。
元部長はその姿を横目で見てから彼女になった女子の先輩と帰って行った。二人の後ろ姿を見つめたその顔に、寂しさが浮かんでいるように見えるのは気のせいだと思いたい。
彼女は去っていく部長たちの姿を見つめていた。見つめる彼女の目に涙が光っていた。
本当にバカなやつ。部長が副部長のことを好きなのは、見ていれば一目両全なのにさ。
ここに、
お前の隣に、
俺がいるんだぞ。
早く気づけよ。
この、バカなやつめ。