バカなやつを好きになったバカな俺 前編
今日は卒業式。卒業式が終わりあちこちで人だかりが出来ていた。
かくいう俺も部活のやつらと卒業生を囲む輪の中にいた。
隣にいる女子の視線の先に何があるのかわかって、俺はため息を吐きそうになった。
もう一度ちろりと彼女の顔を見て、俺はため息を飲み込んだ。
ほんと、なんでこんなやつを俺は好きになってしまったのだろう。
◇
高校に入学した俺は、入る部活を決めていた。この学校にはサイエンス部なるものがあると聞いていた。そこに入り思いっきり合法的に実験をしまくりたいと思っていた。
それなのに何を間違ったのか、俺が入った部活は天文部だった。間違っても部活説明会の時の先輩方がかっこよく見えたからじゃない。
部活説明で確かに興味は持った。だから見学するだけにしようと思っていた。それが入試で隣の席になった彼女を見つけてしまったら・・・。
気がつくと仮入部して、そのまま本入部までしていた。
彼女も天体観測なんか興味がなさそうなのに、なんでこの部活に入ったのだろう。
入試で会った彼女を覚えていたのには、もちろん理由がある。前日に念入りに準備をしたはずなのに、俺の筆箱の中には消しゴムが入っていなかった。そのことに気がついたのは試験が始まる直前だった。手元にある消しゴムはシャープペンの消しゴムだけ。
最初の試験は理科だった。この問題はあまり消しゴムを使わないで済んだ。一教科目が終わり俺はどうしようかと思った。同じ学校のやつに理由を話して、消しゴムを借りるか。だけど二つ持ってきているような奴はいないだろう。
どうしようかと思ったら、おずおずと隣から消しゴムが差し出された。
「あの、よかったら」
みると普通の半分くらいの大きさだった。持っていた消しゴムを半分に切ってくれたのだろう。
「えーと、いいのかい」
「はい。その、お互いに頑張りましょう」
そう言って恥ずかしそうにはにかんだ笑顔が可愛いと思った。その後の試験は順調に解くことが出来た。試験が終わり翌日の面接のことを話し終わると、試験官の先生は出て行った。俺は隣の女子にお礼を言ってなかったと話しかけようとしたら、同じ学校のやつらが来た。彼らと話しているうちに、女子は帰ってしまっていた。
翌日の面接の待ち時間。女子に話しかけたかったけど、話しかけることはできなかった。
合格発表の日。友達と嬉しそうに笑っている姿を見かけた。お互い合格したんだなと思った。
この日から入学するのが待ち遠しかった。
入学式の日。俺は密かにガッツポーズをした。彼女と一緒のクラスになれたからだ。だけど席は遠く離れている。苗字が『あ』から始まる彼女と、『わ』から始まる俺。どうやって仲良くなろうか。
と、思うまでもなかった。彼女は俺のことを覚えていてくれて、そっと話しかけてくれたんだ。
「よかったです。合格していたんですね。これからよろしくお願いします」
消しゴムを忘れた俺が動揺して、試験に集中出来ていなかったのではと、気にしていてくれたようだ。
おとなし気な彼女が男子に話しかけるのは、勇気がいったことだろう。俺はそのことに感動したんだよな~。今となってはその気持ちを返せと言いたいけど。
部活も一緒になり、ついでに先輩から紹介されたバイトも、彼女と一緒になった。彼女と一緒にいられるのがうれしかったけど、これだけ接点があると彼女の本当の姿が見えてきた。
おとなし気な彼女・・・全然おとなしくない。最初は人見知りだとかで、静かにしていただけだった。親しくなると、彼女がかなりアグレッシブだと分かった。積極的なのはいいけど、意外と攻撃的だ。
天文部の先輩達。目立つ人たちだから、1年生の中でも憧れている人が多いっぽい。部活の後輩だから彼女が先輩たちと話していてもおかしくないのに、やっかんだ女子が彼女に嫌味を言った。見た目おとなしそうな彼女だから、きつい言い方をされたら泣きだすとでも思っていたのだろう。
それがキッと睨みつけたと思ったら、かなりの毒舌でその女子たちをやり込めた。同じ中学からの友達らしい女子がやれやれという顔で、その様子を見ていた。俺はその女子のそばに行って訊いてみた。
「もしかして彼女ってやられたらやり返す人?」
「そう。それも、倍返しどころか3倍4倍は当たり前。下手したら10倍返しで周りにまで被害甚大なこともある」
楽しそうにそういう友達は、ぜんぜん慌てていない。というか、それって大丈夫だったのか?
俺の顔を見た友達が小声で付け足すように言った。
「あの子は見た目ああだから、意地の悪いやつに目をつけられやすいんだよね。でも、あの子は負けないし、周りもあの子のほうが正しいのはわかっているからさ、味方は多いんだよね。あっちの見た目に騙されるおバカ達じゃなくて、本当の見る目がある人達。あの子は否定するけど、バックには学校内の実力者揃いがつくのよ。だけど、あの子はそれを当たり前だと思っていないの。虎の威を借るなんてしたくないやつだからさ。それをわかっているから、バックの方々も表立っては彼女を庇わない。でも、裏ではね」
「おっかねえな」
どんな先輩方に気に入られているのかと思ったら、自然と言葉が口をついて出た。俺の言葉に友達は笑った。
「裏ったって、せいぜいが自分が所属する部活の後輩にくぎを刺すくらいよ。でも、君は苦労するかもね。その人たちに認められないと彼氏にはなれないから」
「マジか」
「マジよ。中学の時には撃退された奴が何人いたかしら? まあ、本人が撃退したのもあったけど。ああ、君は大丈夫かもね。あの子が素を見せているみたいだし、頑張ってみれば」
俺は墓穴を掘ったことを悟った。つり橋効果かもしれけど、ピンチの俺に自分の消しゴムを半分にしてくれた彼女。おとなしい感じの容姿も好みのストライクで一目惚れをした。誰にも気づかれない自信があったのに、もうバレてしまったとは。
「ああ、心配しないで。他の人は気がついてないわよ」
そう言われたけど俺は居心地の悪さを感じて、彼女たちから離れたのだった。
◇
7月に入ると何故か俺は視線を感じるようになった。それも俺に対するのと彼女に対するものを。その理由は彼女が友達と話していることでわかった。どうやら彼女も家でちゃんとガチに基礎トレをしていたようだ。俺ももちろんしていた。そのおかげか、少しは筋肉がついてきたと思う。
俺は彼女のことをそっと見つめた。確かに彼女も入学した時よりもスッとした感じに見える。それとおとなし気な中にも凛としたものを感じるようになった。その様子が他の男どもの視線を集めるようになったのだろう。
まあ、俺はヒョロヒョロ感がなくなった違和感で見られているんだろうな。
夏合宿。いやー、ガチ登山だった。テントや資材を持っての登山ってこんななのか。初体験に俺は密かに興奮していた。
だけど、合宿が終わり下山する時に、俺は彼女の変化に気がついた。彼女はある人を意識するようになっていた。というか、もう恋してんだろうな。
だけど、俺はそのことは楽観視していた。だって彼女が好きになった相手には、もうつき合っている人がいたのだから。叶わない恋だってわかっているのだから、彼女も早々に諦めるだろうと思っていた。
それよりも、俺はもっと気になることがあった。たまたま気がついてしまったけど、部長はもしかしたらどこか悪いのではないだろうか。他の3年生たちもうまくフォローしているけど、かなり無理をしているように見える。
下山した時に部長の担任だという顧問がホッとした顔をしていたことも気にかかった。だけど、そのことを一部活の後輩である俺が聞けることじゃない。もやもやとしたまま俺は残りの夏休みを過ごした。