横恋慕の思い
今日は卒業式。卒業式が終わりあちこちで人だかりが出来ていた。
かくいう私も卒業生を囲む輪の中にいた。
私はそっとある2年女子の先輩のことを見つめていた。
彼女はとても綺麗な人。そして可愛い人。女の私でも、たまに先輩のことを見惚れてしまうの。性格も朗らかで誰にでも分け隔てなく接している。
彼女のことを嫌いな人なんていないんじゃないかと思う。
私も先輩のことは大好きだ。
けど、大っ嫌いでもある。
◇
高校に入学して、私は困ってしまった。部活をどこにしようかと。運動が苦手な私は運動部には入りたくない。文化系の部活にしようと決めてはいた。
部活の説明会で天文部が出てきたときに、1年生の中でざわめきが起こった。部長だろう3年男子の後ろに並ぶ部員たち。みんなすらりとした人ばかり。その中でも一人抜きんでた身長の男子とその隣に立つ女子の姿が目を引いた。部活紹介なんて耳に入ってこないくらいに、私は彼らのことを見つめ続けた。
私は天文部に見学に行って、そのまま仮入部。気がつくと本入部までしていた。
おかしい。私は週1活動のゆるい部活に入るつもりだったのに。なんでマジな基礎トレなんてしているのだろう。部活の先輩の紹介でバイトなんかも始めちゃったし。
いや、バイトはしてみたいと思っていたけど・・・。それは親から高校生になったのだから、自分が遊ぶためのお金は自分で稼げと言われていたのもあったから。
でも、バイトの理由がガチな登山有りの夏合宿のためっておかしいでしょ。
心の中で不満を言っていたって、周りから見れば楽しそうに見えていたみたいで、「リア充!」と、友人に言われてしまった。
でも確かに私の心は充実していたと思う。部活も楽しかったし、バイトも目的があるから頑張れた。
もうすぐ7月になるという頃に、中学からの友人に「痩せたんじゃない」と言われた。「そんなことないよ」と答えたけど、友人は納得してくれなかった。私が隠れてダイエットをしているのだと思ったようだ。でも、毎日体重計に乗っていて体重には大きな変化はないもの。1キロの変動なんて誤差のうちだし。
しつこく聞いてくるから、部活でやっている基礎トレの事を話したら「天文部って噂通りだったんだ」とのたまわれた。天文部はスレンダーな人が多くて、下手なダイエットをするくらいなら、天文部に入部したほうがきれいに痩せられるという噂があるそうなの。
私のことを頭のてっぺんから足の先まで見た友人が「惜しいことをしたわ。私も入ればよかった」と、言ったけど何かが違う気がする。
夏合宿。という名の登山をしての天体観測。とても綺麗な星空だった。
私は・・・この夏合宿で恋をした。でも、恋をしちゃいけない人を好きになった。その人にはもうつき合っている人がいたから。
私より1年先輩のその人は、部活紹介の時に目立っていた人。部活の時に会っても、挨拶くらいしかしたことはなかった。先輩は無口で無表情な人だった。だから近寄りがたく感じていたの。
それが、登山が初めての私達1年をさり気なくサポートしてくれて、それから私を助けてくれた。
私は二泊三日の合宿で、二日目の朝方眠れなくて早く目が覚めた。というよりもほとんど一睡もしていなかった。夜に見た星空のすばらしさに興奮しすぎたのだ。お花摘みから戻ってきた私は、フラフラした状態でテントに戻ろうとした。そこで石にけつまずいて転びそうになった。いや、先輩に腕をつかまれなければ、実際に転んで怪我をしたことだろう。引き寄せられた胸が固くて、女の子と違うと意識した。その後も下山するまで何くれとなく気を配ってくれた。
チョロいと言われたっていい。確かにつり橋効果があったかもしれない。でも、好きだと思った。
でも、先輩には彼女がいるんだから、見ているだけで良かった。
そう思っていたのに・・・だけど、私は気がついてしまった。
彼女は・・・女の先輩は、他の人を見つめていることに。すごく切なげな視線を3年の部長に向けていることを。
なんで? あんなに素敵な彼氏がいるのに、よそ見なんて出来るの?
何事もなかったように笑って話せるの。
それは先輩に対する裏切りじゃないの?
3年生は体育祭まで顔を出した。と、いっても体育祭で行われる部活対抗リレーのためだった。部長は体育祭では伝説の人になっていたそうなの。各学年から2名ずつ選ばれて走るそう。何故か、私も選ばれてしまった。
練習の時の走りでは部長はそんなにすごい人には見えなかった。それよりも2年の先輩方のほうがすごかった。なんで二人は運動部に入らなかったのだろう。なんでもできる女の先輩に嫉妬を覚えた。
体育祭当日。部活対抗リレーはまずは3年の女子の先輩。去年と一昨年は別の人が走っていたらしい。その先輩から1年男子へ。そして彼から私に。走るのはそれほど遅いとは思わなかったけど、何故かバトン代わりのリュックの受け渡しがうまくいかなかった。そのせいで天文部は私までビリだった。私は次に待つ先輩へつなげるために一生懸命に走った。結局少しは縮められたと思うけど、ビリのまま先輩に渡すことになった。申し訳ないという表情が顔にでていたのだろう、先輩は私に笑顔を見せると走りだした。
先輩はすごい。前を走る人たちに追いつき追い越して、5人抜いて3位で女の先輩に渡した。リュックを渡すときに何かを言われたらしい彼女は、笑顔を浮かべて走りだした。前を走るのは陸上部のはず。それなのに近づいて並び、抜き去ることはできなかったけど、同着で部長に渡した。
部長の走りもすごかった。タッチの差で先に走り出し、そのまま陸上部を置いて走って行った。前を走っていた野球部にも追いつき、直線になったところで抜き去ってゴールしてしまった。
私はその様子を、気がつくと2年女子の先輩と手を握りあって応援していた。
「くっそ~。なんであいつは陸上部に入ってくれなかったんだよ。3年連続で逆転勝ちってねえだろ」
男子の先輩が悔しそうに隣で言った。女の先輩と「すごいね~」と言いあってから、私は何をしているのだろうと思った。
リレーの後は昼休憩。私は席に戻る前にトイレに行った。出てきたところで、2年の先輩たちが歩いて行くのを見つけてしまった。他の人達から離れて歩いて行く二人。気になって後をつけた。
行った先は保健室。中に入らずに廊下で様子を伺うと、何やら先生に怒られているみたい。女の先輩はその前の競技で、軽く足を捻っていたらしい。それなのに手当てもせずにリレーに出ていたようだ。
「無茶するな。代わりに誰か頼めばよかっただろ」
「うん、ごめん。でも、私は出たかったの」
このあと保健室から出てきた二人を、また距離を置いて追いかけた。切れ切れに二人の会話が聞こえてきた。
ジョギング、続ける、事故、記憶喪失、思い出せない事
なんのことかはわからないけど、これが二人を結び付けていたんだ。
それから、私にとって衝撃の一言が聞こえてきた。
「噂はいつまでこのままにするの」
「今更訂正するのもめんどくさい。まあ、お互いに好きなやつが出来たら訂正すればいいか」
「そうだね」
私は追いかけるのをやめて立ち止まった。
今の何? 二人は本当はつき合っていないの。それなら私にも可能性はあるの。
そして3年生が引退する日。次の部長は大好きな先輩になった。その先輩に指名されて彼女が副部長に選ばれた。
私は先輩たちを見続けた。やはりどう見てもつき合っているようにしか見えない。
それなのに、たまに3年生とすれ違う時の彼女は、切ない視線を元部長に送っていた。
本当に意味わかんない。あんなにも部長に大切にされているのに、他の人のことを思う彼女のことが許せないと思った。
でも、何も言い出せずに悶々とした日々を私は過ごしていった。
◇
私が先輩たちに起こったことを知ったのは2月になった時。バレンタインに彼女が部活のみんなにとクッキーを作ってきてくれた。そのクッキーは正直美味しかった。また女子力の差を見せつけられた気がした。私なんて部長だけに渡せないから、受け狙いの大袋のピーチョコにしたのに。
飲み物を用意して、みんなでワイワイと話していた時に、誰かが部長たちの馴れ初めを聞きたがった。部長は無表情で聞き流し、彼女は困ったように笑っていたけど、1年の情報通の子が二人のことを話しだした。
二人は中学は違うけど、学校を超えての公認のカップルだったこと。二人とも陸上部で競技場でも仲睦まじい様子が見て取れた。二人は中3の時に全国大会に進めたのに、事故に遭い出場が叶わなかったこと。高校が一緒になり今現在に至る。
要約するとこんな感じだ。でも、ここにみんなが盛り上がった事実があった。事故の時に部長が彼女をかばったけどかばいきれなかったことと、事故により彼女が一時的に記憶喪失になってしまったこと。
そんな愛の試練を乗り越えた二人と、みんなは称賛した。それに二人は困ったような顔をしただけだった。
なによ、それ。部長が彼女のことをそんなに前から思っていたなんて。私が入り込む余地はないじゃない。まるっきり横恋慕じゃない。
この日、私はどうやって家に帰ったのか思い出せなかった。
◇
私は目の前で起こったことにしばし茫然とした。元部長が同じ卒業生の女生徒に告白をしたのだ。女生徒も恥ずかしそうにしながらOKしていた。
それを見ていた彼女はショックを受けた顔をしていた。
それを見た私はいい気味と思ったの。あんなに素敵な人をキープにしておいて、あわよくば自分の恋を叶えようとするなんて。
彼女が今日、元部長に告白するつもりなのはわかっていた。だから振られればいいと思っていたの。
だけど・・・だけどね。彼女が傷ついたことで部長があんな顔をするなんて思わなかったの。
まるで自分が失恋したみたいに、部長も辛そうな顔をしていた・・・。
みんなの輪からそっと外れて歩き出した彼女の後を、同じようにそっと離れた部長が後を追うように歩いて行くのを、私は潤んだ瞳で見つめていたのでした。