偽りの告白を受けて 後編
私は彼と彼らのことを見つめ続けた。私から見ると奇妙な三角関係。でも、他の人は全く気がついていないみたい。
彼に訊きたいけど訊けない日々。訊くことで彼との関係を壊したくなかったから。
また、体育祭がやってきた。彼は去年のことがあったから、いくつかの競技に出場することになった。それも走るものばかり。私はハラハラしながら見守っていた。
部活対抗リレーにまたアンカーで出場した彼。また、彼の活躍で天文部は勝つことが出来た。
昼休み、友人に何かを言ってまたどこかに行こうとする彼の姿を見つけた。私も自分の友人に断って彼の後を追った。また、人気のないところで倒れこむ彼の姿を見つけた。そばに寄ったら私の顔を見て「お前か」と言った。
私は去年と同じように彼の頭を腿に乗せた。もし誰かに見られたとしても、恋人同士の逢引きに見えるだろう。
なんでここまで無理をするの。たかが体育祭じゃない。
言いたい言葉は一杯あったけど、私はただ彼の顔を見つめていただけだった。
昼休憩が終わって応援合戦が始まった。彼は「悪いけど」と言った。彼に肩を貸して保健室に行った。養護教員は彼のことを見て顔色を変えた。彼をベッドに寝かせたあと、私に担任への伝言とこの後の競技で彼の代わりを出すように伝えるようにと言われて、私は保健室を追い出された。
担任に伝言を伝えたら、一緒にクラスのところまで行ってくれた。先生が、彼がこの後の競技に出られなくなったことをみんなに伝えてくれた。クラスメートの何人かは彼の事情を知っていたのか、すぐに彼の代わりが決まった。
彼は体育祭が終わる前に迎えが来て帰ったと、体育祭終了後に担任が話した。それから、彼の病名も。普段は心配ないけど、運動時には気をつけなければならないと言っていた。本当は体育は見学したほうがいいとも、ポツリと付け足した。彼が言うことを聞かないのだろう。
体育祭後の彼は以前と変わらなかった。クラスメートも彼に対して今までと変らず接していた。その様子に彼はほっとしていたようだ。
彼は天文部の部長になった。彼のことを知っている3年生が、ちゃんとフォローをしているみたいだった。
◇
季節は移ろい私たちは3年生になった。彼は普通にしていれば何事もなく学校生活を送れていた。部活も順調に部長を務めているようだ。
ただ、彼は浮かない顔をすることが増えていた。
そんなある日いとこに家に来いと、呼び出された。家に着くと、何も言わずにいとこのクローゼットに押し込められた。いいと言うまで出てくるな。物音を立てるなとも言われた。
しばらくしたら彼が来た。いとこに彼が話した内容はすべてが聞けたわけじゃないけど、大体の内容はわかった。
彼が好きな後輩の女子。それからその子とつき合っていると噂の後輩の男の子。二人の事故による悲しいすれ違いの恋心。彼に対する気持ちはその男の子との思い出によるものらしい。二人はそれぞれ思い合っているのに、お互いに気がついてない。女子の勘違いを利用して、何度告白しようと思ったことか。でも、女子がつき合いだしてから思い出して、彼に別れを告げることになったらと思うと、何もできない。
親友であるいとこに吐露して、彼は幾分落ち着いたようだった。
彼が帰ったあと、いとこに「今の話を聞いてどう思った」と言われた。
「意味がわからない」と答えたけど、もとよりいとこには私の気持ちはお見通しだったようだ。いとこは続けて言った。
「お前には酷なことがこの先に起こるかもしれないけど、あいつのことが好きなら協力してやってくれ」
と。
私は「なんのことよ」と、笑おうとしたけど、笑えなかった。優しい彼の気持ちを思うと、涙があふれてきた。泣き出した私に、いとこは労わるように頭を撫でながら言った。
「悪いな。一応、応援はしていたんだけどな。だけどあいつは別の恋を見つけてしまった。あいつは優しいから相手を傷つけるくらいなら、自分が悪者になることを選ぶだろう。その時に同じ学校じゃない俺は協力してやれないからさ。辛いだろうけど、お前に頼むしかないんだ」
泣きながら、私は思った。そうか。いとこがたまに私を家に呼び出した時に彼も来ていたのは、いとこが気を使ってくれていたのか。私が自覚する前に、いとこには私の気持ちがバレていたのか。
思いっきり泣いて、私は気持ちを決めた。彼の力になることを。
それからも私はそっと彼の様子を見守り続けた。いつ彼から協力を頼まれてもいいように。
◇
彼から頼み事をされたのは、卒業式の数日前。その頼みごとを聞いて意味がわからないという風に私は返した。
『自分に卒業式で告白しようとしている後輩がいるけど、告白をさせたくないから茶番につき合ってくれだなんて、自意識過剰じゃないの』
彼は私の言葉に対して、真剣に言ってくる。それでも、私は疑わしそうにしたまま。見かねたようにいとこまで協力してくれと、頭を下げてきた。渋々と言う感じに頷いたら、彼はほっとした顔をした。
それから、いつどんな風に芝居をするのか決めて、彼は帰って行った。
彼が帰ったあと、いとこが私の顔を見つめてきた。
「大丈夫だな」
念を押さなくても大丈夫だってば。だって私は決めたのだもの。それにね、お芝居とはいえ、彼に好きだっていってもらえるのよ。それだけでも役得じゃん!
そう笑ったら、いとこは私の頭を乱暴に撫でたのだった。
◇
校門を出て二人で歩いて行く。歩いて行く先は私の家がある方向。
周りに同じ学校の生徒がいなくなったところで、彼は私の肩から手を離した。
「こんなことにつき合わせて、本当に悪かった。俺にできることならなんでもするから言ってくれ」
彼は真面目な顔で言ってきた。きっとそう言うだろうと思っていた私は、彼の顔を見ながら訊いてみた。
「別にいいのだけどね。でも、ひとつ聞きたいかな」
「何かな」
「この後どうするの?」
私の質問に彼は戸惑った顔をした。やっぱり先のことを考えてなかったか。
「えーと、どうって」
「だから、あれだけ派手に告白して、つき合わないのはおかしくない」
彼は言葉に詰まったようだった。しばらくして口を開いた。
「無理につき合わせるのは悪いし」
「いや、無理につき合う気はないけどね。でも、同じ大学で顔を会わせることがあるだろうけど、そのまま知らんふりはねえ」
「同じ大学?」
彼が衝撃を受けたような顔をした。そうか、やっぱり気がついてなかったか。
「そうなのよ」
私が笑顔で答えたら、しばらく黙り込んだ彼。それから、おずおずと彼は口を開いた。
「悪い。友人の何人かは同じ大学だ。あんな事しておいて、大学に入って別れました、じゃすまないよな。もうしばらく頼んでいいか」
「いいよ」
私の言葉に複雑な表情を浮かべる彼。だから彼に負い目を感じさせないためにもう一言付け加えた。
「いとこも一緒に3人で会いましょう」
いとこのことを出したら途端に安堵した彼。
その顔を見て私は思ったの。早く彼の心の傷が癒えますようにと。