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伝えられなかった恋心 後編 

それにしても先輩も覚えていてくれたんですね。私と最初に会った時のことを。楠木君より先に会っていたことを。私の初恋は先輩だったんですよ。先輩が引っ越して会えなくなってしまった時は、とても悲しかったです。


楠木君と初めて会った時、私は先輩と会った時を思い出したんです。同じようにジョギングであの公園を訪れて。先輩と一緒に走れたのは半年くらいでしかなかったですけどね。


そのあと私は考えました。先輩に会うためにどうしたらいいのかと。少しでも近づきたくて陸上を始めることにしたんです。学校が違っても競技会で会えるだけでもいいって思っていました。


あっ、でも、これは知っていましたよね。別れる時に私も宣言しましたもの。先輩なら約束を果たすために何をすることが一番いいのか、わかっていましたよね。


だから市の大会で先輩と会えて、県大会まで私も進んだからそこでも会えた。でも学年は違うし学校も違うから、話し掛けるのを躊躇してしまったのよ。


そのことをあとからすごく後悔したわ。まさか先輩が陸上界からいなくなってしまうとは思わなかったもの。


高校の見学に行った時に先輩の姿を見つけた時は本当に驚いたの。それで、私にとってはワンランク上の学校だったけど、頑張って勉強をしたのよ。合格できた時にはうれしかったわ。これで先輩に話し掛けることが出来るって。


でも、先輩は完璧にだましてくれましたよね。私のことは知らない。高校で初めて会ったって。


まあ、これはもういいです。手紙で謝罪してくれましたし。


ああ、そうそう。もう一つの誤解も解かないと。先輩は私が中3の時の楠木君の影を先輩に見ていたと思っていたようですが、それは全くの逆です。先輩が引っ越すまでいた小学校って楠木君と同じところでしたよね。それと、同じ陸上クラブに所属していたって知っていました?


知らないですよね。先輩が引っ越した後に楠木君はそのクラブに顔を出すようになったみたいでしたから。だからね、同じコーチに習っていたんですよ。そうしたら教えた人の癖みたいなものが二人に伝わって、走り方とか似るに決まっているじゃないですか。


わかってくれましたか、先輩。


あっ。そうでした。私、先輩に謝らないといけないことがあるんです。


先輩からもらった手紙なんですが、最初の1枚目以外はみんなに見せてしまいました。

怒りました?


でも、私にもらったものですもの。好きにしていいですよね。

まあ、先輩がそう言っていたからというのも、あったのですけどね。


手紙を読んだみんなの反応ですが・・・松下先輩は怒っていました。それはもう、怒髪天という言葉が似合いそうなくらいに。


他のみんなも似たような反応でしたけどね。でも、最後にはみんな泣き笑いの顔になっていましたよ。松下先輩のいとこさんは最後までショックが抜けきらない顔をしていましたけど。


えーと、そうですね、それからのことは、何があったかしら。


夏休みにはちゃんと夏合宿をしましたよ。今年は参加者が多かったです。OBの方たちがかなり多く参加してくれました。それにしても、いまにして思うと、天文部っておかしな部活でしたよね。天体観測をするために登山をするなんて。それもOBの方も参加してサポートしてくれるなんてね。でも、それだから初心者の1年生たちを連れて山登りが出来たんですよね。それにこの合宿でくっつくカップルが多いんでしたよね。まあ、社会人になられた方から高校生まで。いえ、もっと上の年代の方もいらっしゃいましたもの。部員が20名以下なのに、他の方が30名以上参加するなんて、OBだからという理由だけじゃなかったと思ったもの。


みんなで星空を眺めながら、宇土先輩のことを話しましたよ。先輩が1年生の時の話も聞きました。私が知っている先輩は落ち着いて見えましたけど、かなりやんちゃしてたみたいですね。


体育祭は今年の1年が頑張りました。2年は芦原さんと綿貫君、3年は楠木君と私。去年と2、3年は同じメンバーが走ったの。もちろん天文部が勝ったのよ。1年の藤井君がアンカーを務めて陸上部の先輩を抜いてトップでゴール。宇土先輩の再来だって言われていたわ。


次の部長は初めて女子の部長になったのよ。最初、綿貫君を指名したのだけど、綿貫君が辞退したの。芦原さんが部長をするのなら自分は副部長になると言ったから、芦原さんは渋々受け入れていたわ。


あとは、そうそう松下先輩だけど、松下先輩のことは心配いらないです。宇土先輩の双子の弟さん。英二さんが松下先輩のことを気にかけていて、今度デートすることになったようですよ。


それにしても驚きましたよ。先輩が双子だったなんて。棒高跳びの宇土英二さんがそうだとは誰も知らなかったですよ。二卵性であまり顔が似ていなかったのが大きいと思いましたし、先輩はトラック競技だったことも、双子だとは思われなかったようでしたね。でも、珍しい苗字だったから誰かに聞かれましたよね。「宇土英二と親戚ですか」と。「親戚だよ」ってしれっと答えてましたよね。間違った答えじゃなかったけど、相手はどうとでも受け取れますもの。あの時の彼は事実を知って悔しそうにしていました。


後、話していないことは何かしら。


ああ、そうでした。宇土先輩が気にしていた、私と楠木君とのことを話してなかったですね。


私、夏合宿で楠木君に告白されました。「桜井のことが好きだった」って。ひどいと思いません。過去形ですよ。


でも、これは彼なりのけじめでした。彼に言われたのはこれだけではないの。合宿が終わって下山して、家に帰る前に家のそばの公園に誘われたの。そこでね、改めて言われたのよ。


「俺は桜井のことが好きだった。宇土先輩を想うその姿にもう一度好きになった。宇土先輩のことを忘れなくてもいいから、俺とのことを考えてくれ」


私の先輩への想いごと受け止めてくれようとしてくれているのよ。なんかかっこいいよね。


この返事は保留中です。楠木君に言われたのよ。すぐには考えられないと思うから、卒業式の後に返事をくれって。本当はすべての受験が終わってからのほうがいいのだろうけど、今日この後会ってくるの。


まだ迷っているのよ。


楠木君はいい人だから。


ずっと何も言わずに私に寄り添うようにそばにいてくれたの。


断るなんて彼に悪いかしら。

それとも彼とつき合うほうが悪いのかしら。


帰るまでに決めることにするわね。


私は目を瞑って一度深呼吸をした。それから目を明けてきっと睨むようにお墓を見つめたの。


宇土新一(うどしんいち)さん。言わせてくれなかったあの時の言葉を、聞いてください。私はあなたのことが好きです。本当に大好きでした。辛くてもいいから最後までそばにいたかった」


私はもう一度深呼吸をしてから笑みを浮かべた。


「また、来ます。その時も話を聞いてくださいね」


私はきびすを返すとお墓に背を向けて歩き出した。



バスの乗り換えの時間を使って楠木君に電話を掛けた。この後、いつもの公園で落ち合うことにした。


私は電話を切った後、足元を見つめてバスを待っていた。


バスが来た。私は顔を上げて真直ぐに前を見て、バスに乗り込んだのでした。



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