伝えられなかった恋心 前編
今日は卒業式。卒業式後、私達の周りには人だかりが出来ている。去年も一昨年も私は彼らと同じように、卒業する先輩たちを囲んだ。早いもので、もう私達が送られる側になった。私は、私達を取り囲む後輩たちを、感慨深く見つめていた。
いつまでも名残は尽きないけど、そろそろ行かないと遅くなってしまう。そっと腕時計に視線を向けたら、それに気がついたみたいで元部長の彼が言った。
「みんな、本当にありがとう。だけど、そろそろ俺たちは行くよ」
彼の言葉に後輩たちの目に涙が浮かんできた。だけど、それを振り払うように、部長になった女子が手をあげた。それを見て後輩たちがザッと整列をした。
「先輩方、本当にお世話になりました。またいつでも遊びに来てください」
『ご卒業おめでとうございます』
部長の言葉の後に後輩たちが声を揃えて言ってくれた。
『ありがとう』
私達、卒業生の声も揃った。そして顔を見合わせて、笑顔を見せあった。
後輩たちから離れて校門に向かって歩いて行った。
「じぁあな」
「元気でな」
「また会おう」
「連絡待ってるね」
みんなと別れて家に向かって歩いて行く。一人、また一人と別れ、最後はいつものように彼と二人になった。毎日ジョギングをしている公園の横を通るところで、彼に訊かれた。
「この後は・・・行くんだろ。俺も行こうか」
「ううん。私、一人で行って来ようと思ってるの」
そう答えたら「そうか」とだけ、返ってきた。そのまま無言でいつもの別れ道まで歩いた。
別れ道で立ち止まったら、彼も立ち止まった。
「じゃあ、ここで」
「ああ、また」
そのまま二人して立ち尽くす。俯いていた顔を上げた私は彼の顔を見つめた。
「戻ったら、電話してもいい?」
「ああ。待っている」
その言葉に少し口角を上げてから、私は歩き出した。
◇
一度家に戻り荷物を持ち替えると、私は制服のまま家を出た。バスを乗りて目的地を目指す。
私は・・・の前に立つと背筋を伸ばした。
「お久しぶりです、先輩。今日は卒業式でした。私もとうとう高校を卒業したんですよ。まだ国立の受験が残っていますけど、私立の大学には受かっているから、春からは大学生です」
唇が震えて、目には涙が浮かんできたけど、何とか押さえる。
「先輩は・・・」
だけど一言、言葉に出しただけで、堪えきれずに涙が一筋頬を伝って落ちた。私は一度大きく息を吸って吐き出した。
「先輩が卒業した後の1年。本当にいろいろあったんですよ。語りますから聞いてくださいね」
私は涙を流しながらも、微笑みを浮かべたのでした。
◇
1年前の卒業式のあと。公園に寄った私は東屋で泣いた。泣いたおかげで少しすっきりとした気分で、東屋をあとにした。そのまま池へと向かったの。この池の周りは整備されていて、私のお気に入りのジョギングコースなのよ。ううん。先輩も知っていますよね。
このまま家に戻ると大泣きしたことがバレるから、私は少しでも目の腫れが引くようにと、池に沿って歩き出したの。そのまま1周歩いてから家へと向かったわ。
彼・楠木君といつも別れていたところに来た時、前方からバイクが来るのが見えた。ここの道はカーブになっている関係上、速度を落とさないと事故を起こしやすい、『魔のカーブ』と言われているそうなの。私も中3の時に事故に遭ったのはここだったけど、まさかまた同じ場所で事故に遭いそうになるとは思わなかったのよ。
曲がり切れずに倒れたバイクが迫ってきたときに、助けてくれたのは楠木君だったの。動けなくなって立ち尽くしていた私の腕をつかんで5歩歩いたの。それだけでバイクに跳ね飛ばされずに済んだ。
そして、この時に私の中で欠けていた記憶がパズルのピースのようにぴたりとあったのよ。
この事故でまた私たちは学校内で有名になってしまったの。事故の時に楠木君は私を避けさせた後、すぐにバイクの人の所に行ったの。私は楠木君に「警察と消防に電話して」と言われて、その通りにしたわ。楠木君は大型バイクに右足を挟まれた人を助けようと、通りがかった人に声を掛けていた。バイクをどかして警察と救急車が来るまで、近所の人と共に待っていたのよ。そして警察と消防に事故の状況を聞かれたりしたわ。見たままのことを答えただけなのに、何故か私まで楠木君と共に、救助をしたとして表彰されることになってしまって。
ああ、このことはニュースにも取り上げられたから、先輩は知っていましたよね。でも、これで私と楠木君の関係は変わることはなかったです。
新年度が始まり、部活のほうは何事もなく順調に過ぎていったの。
そう、あの時までは。
先輩たちが卒業して3カ月が過ぎた日の事だったわ。今でもあの日のことははっきりと思い出せます。
廊下を走る足音が近づいてきて、部室のドアを開けたのが顧問の先生だったときは驚いたわ。先生は風紀を担当していたから、そういうことにはうるさい人だったから。そんな先生が我を忘れて駆け込んできたのよ。ドアを開けたところでドアに手をついて動かなくなった先生。その顔色は蒼白だったの。
「宇土が亡くなったと連絡が来た」
その一言を言って、顔をくしゃりと歪ませて涙を流しだした先生。一番に動いたのは部長である楠木君。先生のそばに行って肩をつかんで聞いたのよ。
「どういうことなんですか。宇土先輩が亡くなったなんて。先生は何を知っていたんですか」
この後、先生が話してくれたのは、先輩が心臓の病気だったことでした。本当なら部活対抗リレーなんか出れないはずだった。3年の夏合宿の時も登山が出来る状態じゃなかった。でも本人が望んだことだからと、保護者から先輩の好きにさせてほしいとお願いされていたと言ったのよ。
お通夜が金曜日で葬儀が土曜日でした。部活の2、3年だけでなく、OBの先輩方も数多くの方々が参列しました。もちろん先輩の同級生の人たちも。みんな泣いていましたよ。もちろん私も泣きました。
葬儀から2週間後に、先輩の彼女・松下先輩が私を訪ねてきました。雨の日だったから人気のない公園で話をしました。
私は松下先輩に詰られました。宇土先輩が卒業式に松下先輩に告白したことは、嘘だったと教えてもらいました。泣きながら話す松下先輩は、宇土先輩のことが本当に好きだったんだと感じました。
それでも、最後に松下先輩は私に、宇土先輩の手紙を渡してくれたんですよ。
私は松下先輩が帰られた後、その手紙を読みました。
ずるい人ですよね、宇土先輩は。あんな手紙をくれるつもりだったのなら、私に告白させてくれてもよかったじゃないですか。そうして振ってくれればよかったのに。それが出来ないのなら、そばにいさせてほしかったです。私はどんなことになろうと、見届ける覚悟はできていたんですよ。どれだけ私が先輩のことを見ていたと思っているんですか。
それに宇土先輩は誤解しています。私は本当に先輩のことが好きでした。楠木君のことは友人であり、ジョギング仲間でしかなかったんです。
ああ、でも、私もこの時すごく後悔をしたのでした。あんなことになるのなら、楠木君との噂を否定しておけばよかったと。言い訳にしかならないけど、私が楠木君とつき合っているという噂を放置していたのには理由があります。
中学の時に女子同士が集まると、恋バナで盛り上がるんですよ。私はそれがうっとうしかったんです。だって、先輩との約束を果たしたかったから。そのためには練習をするしかなかったのよ。そんな無駄なことに割く時間が惜しかったのです。
それに違う中学だったから楠木君と噂になっても、そこまで突っ込んでは聞かれなかったのよ。予防線ぐらいにしか思っていなかったの。その延長で高校でも噂になっても、否定しなかったんです。