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02 異世界転生したのに無双というにはちょっと… ─アインの章─(7)

流木のようなもの!


ここ数日は木材のことばかり考えていたので、思わず走り出してしまう。

生死がかかっていたとは言えないが、砂漠でオアシスを見つけた人間の気持ちが分かるレベルの興奮だ。


2メートル程の大きな枝一本だが、ちょっとした道具なら3点くらい製作できそうだ。

膝くらいの流れの中に、ザブザブと音を立てて入り込む。

白っぽい石で覆われた川底に足を滑らせかけて、慌ててバランスを取る。

冷たいが、気持ちよく感じられるほどにテンションは高い。


さらに近づくと、流木の脇には白骨化してバラバラになった獣の死骸と、人型の骨がキレイに一体分…。

こんなのさっき見えたか?


カラカラ、という音と共に、その白骨が立ち上がる。

スケルトンかよ!

慌てて石の剣を抜くが、これはヤバい。


案の定、スケルトンは弓のようなものを構えている。

実際には体の一部で、飛ばして来るのも矢のような何かだ。

際限なく射てくるが、弓や矢を回収したりは出来ないらしい。


そして、この足場。

流れを横切らなければ近づけないが、滑りやすい上に、川底に光が乱反射しているせいで、どれくらい深いかも分からない。

どう考えても走って距離を詰めるのは難しい。


迷っている一瞬に、スケルトンが矢を放つ。

しゃがみこんで避けようとするが、肩を掠める。

いてぇ。


無理無理無理無理、ムゥリィィィと脳内で絶叫しながら退却を開始する。

いや、退却じゃない、戦略的撤退だ。

水から上がれば、走って引き剥がせる。


落ち着け、俺はボッチじゃない。

仲間がいる、パーティーがあるのだ。

パリピなリア充になるのだ…!


イッシキさーん!どこー!?


目に入った松明の光に向かって走ると、それは洞窟への接続部に残したものだった。

それに気づいてから改めて見回しても、イッシキの松明の明かりは見当たらない。

遠くまで行っているのか、崖際の見通しの効かない場所を探索しているのか。


どうする!?

洞窟に逃げ込めば、スケルトンと殴り合う分にはやりやすくなるが、イッシキに向かってしまったら…

イッシキも、かわして逃げるだけなら出来ると思うが、スケルトンの接近に気付けるかどうか。


さっきの場所は上から差し込んだ光で比較的広い範囲が明るかったが、おそらくスケルトンがこちらを感知できる範囲や射程は松明で照らせる範囲よりも長い。

暗闇から突然飛んでくる矢を、気づいてから回避するのは不可能だろう。


といって、ここで俺が大声でスケルトンの存在を知らせたとする。

俺の位置もばれるし、下手したらほかの怪物まで呼び寄せかねないから、移動せざるを得ない。

だが、イッシキがどの方向にいるかさえ分からないまま走り出すのでは、ますます合流が難しくなる。


仕方ない、肚を決めろ。

剣を持ってるのはイッシキじゃなくて俺だ。

そういうことだろ?


呼吸を整え、気持ちを落ち着ける。

この前のゾンビ戦に比べれば、色々と手は増えてる。

足場の悪い水辺からアイツを引っ張り出せていれば、戦えないこともないはずだ。

俺は知っている。地味なはずの土魔術による足止めを中心に大成した伝説的な魔術師の物語を。


耳を澄ます。

水音だけが聞こえる。

剣の代わりに、右手に松明を握る。

左手には土の小精霊をいくつか。


逃げてきた方向に、じりじりと足を進めていく。

さっきの場所は照らされているが、そこまでの中間地点は真っ暗だ。

松明の明かりではなく、敵の気配だけが問題となる。

息を詰めているせいか、自分の鼓動が大きく感じられる。


カラ…

幽かな音を聞くなり、左手の小精霊を複数目の前の地面に叩きつけると同時に、「戻れ!」と命令する。

体は投げ出して、生み出された土壁の背後に。

土壁に何かが当たった音がする。


松明を壁越しに放り投げ、脇から一瞬だけ覗くと、15メートルほどの距離でスケルトンがたたずんでいる。闘争中の生き物のような、興奮や衝動の気配は感じられない。だが、手にしている弓からは、怨念が矢のように放たれるのだ。


こちらを捕捉しているが、射程には入っているため近づいてくることはない。

ゾンビやスケルトンのような怪物は、大した知性はないから罠や駆け引きを仕掛けてくることはないが、疲れや空腹はなく、時間の経過で行動を変えることもないと聞いている。

膠着状態はいつまでも解消されない。


つまり、こちらから行くしかない。

一回か、おそらく二回の攻撃をなんとかする必要がある。

もう少し接近してから土壁を作って攻撃をやり過ごし、その後は突貫して接近戦に持ち込む。

横方向に回り込みながら、手数で押して弓の狙いを付けさせなければ、連続して打撃を受ける可能性は低いはずだ。


素人なりの戦術を組み立て、再び呼吸を整える。

土壁を積み増し、立ち上がれる高さにする。

石の剣を抜き、左手の小精霊の数を確認してから、土壁を飛び出して走り出す。


走り出して2歩も行かないうちに、左肩に強烈な衝撃を受けて体がぐるん、と振り回される。

ほとんど距離を詰められていないのに、走る勢いも殺されている。

想定が甘すぎた!

次の瞬間に訪れた激痛に呼吸が止まりつつ、左手の小精霊を少しでも前に放る。

土の柱を形成し、そこに張り付く。

体は酸素を欲しているが、痛みとショックのせいでうまく息が吸えない。


4メートル、いや3メートルは詰められたか…。

先ほどの土壁が、数歩離れた背後に見えている。

この距離と引き換えの、このダメージ。

まだ行ける。

だが、あと何度これを繰り返すんだ…?

心が折れそうになる。


いや、いつから俺は熱血突撃キャラになったんだよ。

冷静になれ。

俺は弱い。

役回りだって戦闘系じゃないし、イッシキの方がはるかに立ち回りが上手そうなことだって分かってる。

俺がすべきことは、無事に自分の身を守ることだ。

そもそもスケルトンを倒すことなど目標じゃない。

貴重な木材が手に入るってのも、収穫ではあるが命と引き換えってものでもない。

ここには、ちょっとした訓練と偵察に来たようなものだ。

状況を確認して引き返す、それで十分に目的を達成している。


それでも。

それでも。

言ってみたかった。

倒してしまって、構わないんだろう?とか。

やってみたかった。

最弱のキャラが、思わぬ形で敵を倒してしまう、そんなシーンの再現を。


そして、いま気づく。

探索に出ようと決心した。

なのに、戦うための訓練をしなかった。

弱いと分かっていた。

なのに、集落の人々を巻き込まなかった。


主人公補正に期待していたわけじゃない。

そういう場面が展開することによって、俺が主人公であることを、確かめられるんじゃないか。

そんな倒錯した期待をしていたということに。

ジャイアント・キリングを成すためには、自分が底辺でいなければならないという呪縛に。


そしてどうやら、その呪縛こそが俺のアイデンティティであるということに。


もう一度、走る。

それでダメなら、もう一度。

剣は要らない。

小精霊だけを両手に握り、覚悟を決める。


先ほど投げた松明の光が揺らめいて影が形を変えている。

そして俺は、柱の影から走り出す。

スケルトンの虚ろな眼窩がこちらを捉え、弓を構え、矢を射ようとする。



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