1 皇室からの招待状
――助けて…。助けて…。
まただ、とロマンヌは思いました。夢の中にいながらにして、これは夢だとわかるような、現に極めて近いところで、彼女は最近頻繁に漂うようになっていました。
――あなたは誰?なにに苦しんでいるの?
夢のなかの“誰か”にそうはっきりと聞くことができたのは、今回が初めてでした。
相手――女性です。苦しんでいるのに随分威厳があって、堂々とした雰囲気を持っています――は、少し黙ったあと、ほとんど聞き取れないくらいの声で言いました。
会わせて。わたくしの初恋の人、あなたの……に――。
ロマンヌは目覚めました。近頃夢を見るのに体力がいるようになってしまったのだから困りものです。息を一気に吐き出しながら何気なく視線をやった先は、ベッドにくっついている小さな本棚の上。そこに家族4人を描いた小さな絵が立てかけてありました。前面にはロマンヌと妹のレア、そして後方にはママとそして――。ロマンヌは目を擦りました。絵の中のパパが、なんだか困ったような顔で笑いかけてくるような気がしたのです。
ロジェはその金色で縁取りがしてある真っ白の封筒を何度となくひっくり返したり、持ち上げたりしてみたあとで、ふーっと溜息をつきました。
ロマンヌが例の夢を見ることとなる数時間前の真夜中。ロマンヌとレアがちょうど寝静まった頃、一階のダイニングのテーブルでのことです。
諦めたように、ロジェは口を開きました。
「こりゃ、どっからどう見ても本物だ」
青くなる彼とは対照的にテーブルを挟んで向かい側に座っている妻のプレヌはきゃっと興奮気味に声を漏らしました。
「やだ。どうしようー。皇室からのご招待だなんて。一体なに着てけばいいのかしら」
「落ち着けー、落ち着くんだ、オレ」
「あらロジェ。どうしたの?胸なんかさすっちゃって」
「……あのな。プレヌ」
ロジェは呆れ顔で説明しました。
「俺だって一応家を支える主なんだ。まだ監獄送りになるわけいかないし、その覚悟もできてねーんだよ」
「?」
プレヌは頭上に大きなハテナマークを浮かべました。
「ロジェ、なにかしたの?」
「プレヌ」
ロジェは青い顔のまま低い声で続けました。
「皇室だぞ。なんてったって皇室。そんな雲の上のようなところが、オレ達一般庶民に用って言ったら、一体なんだと思う?」
「もちろん」
プレヌは笑顔を崩さずに言いました。
「お茶とか、パーティーよね」
あ、もしましたら演劇とか見せてくれるかも。今、皇室では、ミュージカル・ショーが流行っているって言うしと、また長々と夢を述べたてるプレヌに、ロジェは頭を抱えました。そしてこちらも、でも俺、なんにもした覚えないし……もしかしてあれか、世に言う冤罪ってやつか、などとぶつくさと独り言ちるのでした。
「楽しみーっ」
「プレヌ…。オレの手に鎖がかけられるようなことがあったら、ロマンヌとレアのこと、頼んだ……」
「そうね。ふたりも一緒に連れて行きましょう。宛名は『ヴェルレーヌ様御一行』になってるし」
「ちょっと待て。家族全員がお縄ってやつか?ありかよそういうの」
かみ合わないながらもなんとか話し合った末、二人はこの問題を一時棚上げにすることにしました(招待の期限までまだ期日はあることですし)。
ここでみなさんは、おいちょっとそりゃまずいだろうと思われるかもしれません。しかしことは案外、時の流れが導いてくれるということもあるのです。