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ロマンヌの癒し日記  作者: ほか
第1話 たやすく光らない姫
6/89

5 おしゃべり療法

 「『名前はメディス。貴族で若くて最近新しい恋人ができたばかりでいけ好かねぇ性格』……か」

 エルネストは今、ロジェの言った個人情報を直接話法で繰り返しました。

 「残念だが、いくらオレの情報網をもってしても、それだけだと見つけ出せるかどうかわからないな」

 「……やっぱそうか」

 予想していた答えなのか、ロジェはさしてがっかりした様子もなく答えました。

 「それで、捜索の目的はなんだ」

 「ちょっと、仇討にな」

 そう言うと、エルネストは眉を顰め、

 「奥様に、なにかあったのか」

 「いや」

 「まさか、ロマンヌやレアに?!」

 「違うよ」

 エルネストは細く息を吐くと、

 「驚かすな。お前がそう穏やかじゃないことを言いだすのも珍しいからな。よっぽどのことがあったんじゃないかと」

 「あのな」

 ロジェは常日頃思っていることを口にしました。

 「ついでだか言わしてもらうけど、うちの娘に害があるとすれば、一番の原因はお前だよ、お前」

 「……?」

 「覚えないか?ロマンヌにだ」

 「……」

 もちろんロジェはロマンヌが彼に、主治医以上の気持ちを抱いていることを言っているのですが、当のエルネストは、全く自覚がないらしく、

 「仲の良い親友同士のつもりだが、何か問題でもあるのか」

 「だーかーらー」

 思わず本当のことを言いかけて、ロジェは口をつぐみました。

 「いや、やっぱいい」

 いくら娘のものとは言え、いいえ、娘のものであればこそ、大切な大切な気持ちです。こちらで無碍にどうこうすることは許されません。大切にとっておいて、見守ってあげなければ。

 ……しかし。とは言うものの。どこか悔しさを拭いきれないロジェでした。

 「あのさ、エルネスト。お前、好きな奴とかいないのか」

 「なんだそれは。幸せいっぱいのお前からの俺へのあてつけか」

 「ひねくれてんなー、相変わらず」

 エルネストは紅茶を啜ってから。

 「いないな。今は患者を診ることで精一杯」

 バシッという音がします。

 ふらついたエルネストが、あわててテーブルの家の両手をついて、倒れかけた自分を支えたのです。

 ロジェはその表情を歪めました。

 「エルネスト―」

 「悪い」

 エルネストは顔を上げて、ロジェのほうを見ました。

 「少し眠気がしただけだ。ここのところ、診療が夜中までだからな」

 「……本当に、それだけか」

 お気付きでしょうか。エルネストが倒れそうになったときのロジェの反応に、“驚き”がすっぽりと抜け落ちていることに。つまりまるで初めからそれを予測していたかのようだったのです。

 「エルネスト。お前――」

 そのときでした。

 「ただいまで~しゅ」

 「ただいま」

 ダイニングに二つに小さな影が登場しました。レアとロマンヌです。

 「おー、お帰り」

 「お帰り、ふたりとも」

 レアはお友達と遊ぶ約束があるとか言ってカバンを置きに2階へとバタバタと上がっていってしまいましたが、ロマンヌはその場に残り、エルネストの前まで来て言いました。

 「先生、ちょっとお話してもいいですか?」

 エルネストはいつも通り、穏やかに微笑んでくれました。

 「えぇ、もちろん」

 気をきかしてか、そのときにはもうロジェはエルネストと向かい合って座っていたテーブルを離れて仕事に戻っていました。

 ところがタイミングの悪いことに、そのとき、それまで買い物に出ていたセシルが店に帰ってきてしまっていたのです。

 セシルのことを話そうにも、こうなってしまっては、相談のしようがありません。

 どうしようかと思って、キョロキョロとロマンヌが落ち着かずにいると、それを察したのでしょう、エルネストが、

「少し外に出ましょうか」

と言ってくれたので、ロマンヌは救われた気持ちで頷いたのでした。


 話してもいいものかどうか悩みましたが、結局ロマンヌはエルネストにセシルのことをすべて打ち明けました。もちろん、秘密だということを約束してもらってから。

 緑色のパラソルの下、カフェのアウトサイド席で。

 「先生」

 ロマンヌはまっすぐな瞳で訴えました。

 「わたし、セシルお姉ちゃんのために、なにかできることはないでしょうか」

 それはきっぱりした口調でした。

 「何回考えてもできることは、なにもないような気がして……。でも、そんな結論じゃ、終わりたくないんです」

 エルネスト先生はすぐに答えてくれました。

 「そうですね。おそらく、なにも浮かばなくなってしまうのは」

 エルネスト先生はじっと前を見つめていました。

 「セシルさんの悩みを、ロマンヌがすべて解決してあげようとしているからでしょう」 

 「……どういうことですか?」

 「わかりませんか?」

 エルネスト先生に微笑みかけられて、ロマンヌはうーんと、先生が今言った言葉を心の中で反芻してみました。セシルお姉ちゃんの悩みを、ロマンヌがすべて解決してあげようとしている。ここにある問題とは、一体なんでしょう、――すべて。

 「あっ」

 「わかったようですね」

 「はい」

 すべて問題を解決する。それはロマンヌでなくてセシルのすることでしょう。

 「わたしがしてあげられることは、解決の手助け……」

 「えぇ。そんなたいそれたことでなくてもいいんです」

 エルネスト先生が、髪を風にもてあそばれるままにして言いました。

 「例えば解決の方向に目が向かなくなっている人の背中を、そちらの方向にポンと押してあげるとか」

 これも簡単なことではありませんがね、と、先生は苦笑して付け加えました。

 「でも、ロマンヌになら、できるかもしれない。悩んでいる人というのは、一つの方向に目がいきがちなんです。ただ少し向きを変えるだけで、景色は随分違って見えてくるものなんですよ」


 ロマンヌはエルネスト先生にお礼を言って別れました。ロマンヌはとにかくセシルと話してみることにしました。まずはそれが第一だと思ったからです。そうすることによって、セシルがどの方向で動けなくなっているのかを、はっきり掴もうという手法です。

 おしゃべり療法というわけですね、と、エルネスト先生は笑っていました。話をするだけでも、人の心は変わりますよ、そういう療法をする人が、今後何十年かしたら出てくるかもしれないと思っているくらいです、と。

 しかしいざ話そうとすると、なかなか難しいものです。緊張して身構えてしまうのか、セシルを見つけても、ロマンヌはなかなか声をかけることができませんでした。

 そうこうするうちに、チャンスは向こうから訪れました。セシルが一緒に買い出しに行かない? 後で喫茶店でケーキでもおごるし、と言ってきてくれたのです。


 「ロマンヌ。訊いてもいいかしら」

 セシルの悩みについてなんと切り出そうかと悩んでいるところへ、セシルから話題を持ち出されてしましました。

 「あっ、う、うん。……なに?」

 「ロマンヌはいつから、エルネスト先生のことが好きなの?」

 ロマンヌは思わず持っていたティーカップを取り落としそうになりました。

 「なっ……え、ど、どうしてセシルお姉ちゃん、私が、エルネスト先生のこと好きって―」

 「わかるわよ」

 例によって少し疲れた笑みを浮かべてセシルは言いました。

 「あの先生が“スピルト”に入ってくると、ロマンヌ、赤くなってうつむくか、パッと色づいた顔するでしょ。いつもは恥ずかしがりやなのに、彼と話すと、口数も増えるし」

 「そ、そうなの……?」

 言われてみれば、確かに自分でも、思い当たる節もなくはありません。

 いつからエルネストが好きか。……セシルお姉ちゃんになら打ち明けても言いと思いました。いいえ、話せるような気がしたのです。

 ロマンヌは胸に手を当てて、自身の大切にしまっている思い出に、想いを巡らせました。

 「エルネスト先生は、パパのお友達だけど……」

 目を閉じて、その想いを慈しみました。

 「わたしが1番最初に会ったのは、偶然からだったの。ママとパパと一緒にモン・サン・ミッシェルに行ったとき。わたし、中で迷子になっちゃって。そのとき見たの。エルネスト先生を。

 最初はね、すごくきれいだけど、怖いなって思ったの。先生は周りの囚人からなにか汚い言葉を浴びせかけられてたけど、それなのになにも感じないように通り過ぎてたから。でもね先生じゃないほかの人が侮辱されて、エルネスト先生は初めて怒ったの。それで手近にあった剣をとって、囚人の人みんなを倒しちゃったの。それで最後の一人を倒したあとにね」

ロマンヌは俯いてスカートの裾を揉みながら続けました。

「初めてわたしのほうを見てくれて。それで言ったの。『すみません。女性に見せるような代物ではありませんでしたね』って――」

「そう」

セシルは目を細めました。

 「あとから知ったんでけど、先生はモン・サン・ミッシェルに、昔そこで亡くなった大切な人のお墓を建ててもらうように、お願いにきていたんだって。だけど、受け入れてもらえなくて。囚人の人に怒ったのも、その大切な人を汚すようなことを言ったからだって言ってた。……そう聞いたとき、不思議だったの。初めて聞く話なのに、へぇ、とかふぅんとかちっとも思わなかった。そんなこと、もうとっくに知ってるみたいに」

 「エルネスト先生の姿が、全部を物語っていたってわけね」

 「そう!」

 ロマンヌは思わず人差し指をセシルのほうに向け(ぴったりの表現だったのです)慌ててその手をもう片方の手でいさめました。

 「いいな、わたしも、もっとその人の心自身を丸ごと好きになれるようなことがあったら」

 「セシルお姉ちゃんは、そうじゃなかったの?」

 セシルはロマンヌのその問いかけに、ちょっぴり驚いた顔をしましたが、すぐに目を伏せると、

 「うん。……そうじゃなかったんだろうな」

 寂しそうに言いました。

 「わたしはただ、わたしを受け入れてくれる人がほしかったってだけで。本当に彼の心が好きだったわけじゃないの。そうね、紳士的なところとか、素敵だなと思ってドキドキしたりもしたわ。けどね、それは彼の心とは程遠いところにあった。残念だけど」

 「でも、セシルお姉ちゃんは、悪くないと思う」

 ロマンヌは静かに、しかしきっぱりと言いました。

 「受け入れられたいって思うことは、悪いことじゃないよ」

 「え……?」

 「わたしもなにか、そういうのが悪いことって思っちゃってたときがあったけど。パパが教えてくれたの。大人でも、ちゃんと自分のこと見て、自分の言葉に反応してくれる人がいないと、立っていられなくなるのは当たり前だって」

 「オーナーが、そんなこと……」

 セシルはしばらく遠くを見つめてからはっと我に返り、

 「ありがとうロマンヌ。話を聞いてくれて。ちょっと元気出たわ」

 と、話を締めくくるのした。

 しかし彼女が本当に元気になったようには見えなくて、まだまだ心配なロマンヌでした。


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