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小説家になろうをぶっ潰せ!  作者: ゆりたろう
3/4

部屋の中心で叫ばなかったもの

貝照の大声は当然周囲の客から注目を集めた。

しかし貝照はそんな視線など、そよ風のようなものとしか思っていないようで、立ち上がったまま鳴尾を見つめていた。


「まあ会長、座って座って」

周囲の目から逃れたい成増が貝照をなだめて席に戻らせた。


「鳴尾くん、君が小説を書けるなら是非読みたい。今このサークルには即戦力が期待されている」

そう言って貝照はコーヒーを喉を鳴らして飲みこんだ。


「あ、はい。ご期待に添えるかわかりませんが、読みたいというなら明日私の作品が載った会誌を持ってきます」


「毎月一本を書いてたんだよね?どれくらい持ってくるの?」

寺井も良い笑顔をしていた。サークル存続の可能性が高まったことで上機嫌である。


「え、えーと、本の形になってるのは文化祭で頒布した三冊だけです。これはアパートの方に持ってきました。残りの作品は実家においてきたパソコンの中です」


「構わない。我々はとにかく君の作品を読みたいだけなのだ」


貝照はこれで鳴尾の実力を計り、サークル存続にどれだけ近づいたか確認するつもりでいた。

その気持ちは他の二人名も同様であろう。


鳴尾は快諾し、時計も既に9時を指していたため今日はこれで解散の流れとなった。

会計を済ましファミレスを出ると5月とはいえ、夜は未だ肌寒く、四人に何処か不安を覚えさせた。


「すいません先輩。今日会ったばかりなのにご馳走になっちゃって」

鳴尾がかしこまって貝照に頭を下げる。彼女の分の会計は貝照が代わりに持っていた。


「いや、新入生は奢られていればいいのだ。それがこのサークル流の歓迎法だ」

貝照が街の明るさで星も見えない夜空を見上げた。

「俺が入会したときも前会長に沢山奢られたものだ。その恩を後輩を介して返しているに過ぎない」


寒さのせいか口数も少なく貝照達は駅目指してアーケードを歩いた。幾度か居酒屋に誘い込もうとするキャッチがやってきたが、未成年がいることを伝えると彼らはすぐ引き下がった。

「あいつらは未成年がいると言うとすぐ追い払える。前会長に教えてもらった手法だがまだ外したことがないぞ」

貝照は誇らしげだったが、他の三人は、そりゃそうだといった顔をしていた。


アーケードを過ぎるとすぐ駅がある。ロータリーには帰宅する会社員を拾わんとするバスやタクシーが並んでいた。その上でケヤキが黄色じみた緑の葉を振っている。

「じゃ私はここで」

駅前のアパートに住んでいる寺井が手を振りながら言った。


「ああ」

「また明日」

「先輩おやすみなさい」

口々に別れの挨拶を済ますと、寺井はさっさと駅から離れていった。

貝照がその背中に「明日アイデアを忘れるな!」と声をかけると、彼女は振り返らず手を頭上で降って応えた。

「じゃあ僕達もいきますか。そろそろ電車来るし」

成増が提案すると三人は駅に入った。


ホームで夜の気温に対しての世間話をしていると、電車がホームにゆったりとした面持ちで入ってきた。これは貝照・成増の家の方向に向かう電車である。

二人は電車のドア前に並ぶと、鳴尾とも別れの挨拶を交わした。


「先輩方、おやすみなさい。明日小説持っていきますね」

鳴尾はやや俯きながら小さく微笑んだ。

成増も愛想よくそれに応えた。

別れ際に貝照は「俺のことは先輩ではなく会長と呼べ!」と言い残した。


電車がホームを出ると貝照と成増は早速新人の品定めを始める。

「成増、彼女のことどう思う」


「気に入りましたね。高校までの僕だったら即アタックかけてました。ちょっと気弱そうなところも庇護欲をそそられます」


「アホウ。そういうことを言っとるのではない。戦力としてだ」


「あ、なんだそっちか。まあ会長は恋愛では奥手ですもんね。この前裏切られたばかりだし」

成増が意地の悪い笑いでからかうと、貝照は手酷い失恋を思い出し奥歯を噛んで顔を歪めた。


その後、平静な顔を取り戻し会話の舵を戻す。

「その件はもう忘れた。で、鳴尾くん一人の力でサークルは存続できると思うか?」


「それはどうやってサークルを続けるかによりますよ。やっぱり賞を狙うってんならドンドン作品を作らなきゃいけませんし、批評も必要です。鳴尾ちゃん、生産力は僕達より有るみたいですし作品を産むことに関しては上手くいくかもしれません。ただ、どんなものを書いてるかは明日のお楽しみですね。僕としては期待したいなあ。顔もかわいい文学少女なんてものを見てみたかったんです」


「不純だな」


「不純ですね」


「まあ彼女一人におんぶに抱っこ、というのは現実的じゃないし俺も嫌だ。会長以前に男としてそれくらいの矜持はある。我々も何か執筆する必要はあるだろう」


そこで電車が停まり、そのドアを開け放った。車外の空気が流れ込み寒くなる。


「俺はここで降りる。また明日な。お前もウェブ小説で超受けそうなアイデア持ってこいよ」


「ええ、会長もね」


貝照はホームに降りる。

改札を通り、駅前のコンビニで水を買った。

月極の駐輪場から自転車を取り、家へ帰る。


電車を漕いでいる途中、貝照は胸の中に何かできものが出来たかのような感覚に襲われた。

自転車を漕ぐペースを早める。


彼の家は駅から少し離れた築二十年ほどのワンルームである。この部屋は万年床を中心に構成されている。壁には本棚がびっしりと置かれ、床にも本が溢れ出している。そのため部屋の中心しか自由が効く空間がないのである。

貝照がこの本の城に帰城するとシャワーを浴びるのももどかしく、部屋着に着替えると、直ちに六畳間の中央にある冷たい布団へと身体を潜らせた。


彼の胸に生まれたできものの正体は悔しさであった。

彼は、まだ小説を完成させたことがない自身が歯がゆかった。小説をいくつも書いたという鳴尾に対し羨む気持ちがあった。

そして22歳にして作品を創造したことのない自分には彼女に嫉妬する資格がないと強く自責していた。

そうした気持ちがやり場をなくし、行き場を失った塊となって、彼の胸、そして声帯を刺激していた。部屋の暗さは弱気を産む。貝照は叫び出しそうになったが、叫びだした自分を想像するとあまりに惨めだったので声を圧し殺した。

貝照はぎゅっと目をつぶると、布団を頭まで被り呻き声を上げながら緩やかに意識を手放した。



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