背が低くて高校出
貝照、成増、寺井は顔を見合わせた。全員狐につままれたような表情であった。
まさか本当に入会希望者が来るとは、それもTwitterで募集をかけた直後にというのは誰も予想しえなかったからだ。
貝照は背後に控える二人に目配せをして、バックドラフトを警戒する消防士のような姿勢でドアを開けた。
そこに立っていたのは狐などではなく、小柄な女性だった。
貝照と女性の間に沈黙が生まれたが、先にその気まずさを破ったのは彼女の方だった。
「あ、あのう、ここって小説文芸研究会さんですよね?Twitterに活動場所はここだってか、書いてあったんですけど」
「あ、はい。そうです。そ、そのサークルです」
彼女のオドオドした話し方を受けて、貝照も同じような話し方になってしまった。彼には女性との初対面で失敗する悪癖が有った。
この男はこの歳まで女性と深い関係になったことはない。これは彼が友人関係を成立させた女性以外には、いつも通りの調子を出せないことと深い関係が有った。
「入会希望ですか?」見かねて寺井が助け舟を出した。
寺井は気の利く人間である。此度も、同じ女性が声をかけた方が落ち着くに違いない、と気を利かせたのだろう。
「そうです。前から気になってたんですけど、もう募集締め切ってるのかなって思ってたんです。でもTwitter見たらまだ入れるって聞いて」
女性もいくらか調子を取り戻したと見えて、先程よりしっかりした口調になっていた
「うちはいつでも新人募集中だよ。中途採用でもいいよ」
と成増もいかにも女子受けしそうな笑顔を浮かべて言った。彼はこの笑顔で何人ものうら若き乙女を泣かせた過去がある。彼はそうした女性関係に疲れ、人のいなそうな(事実いない)このサークルに逃げてきたのである。
「ま、まあ入ってよ。寺井、入会用紙を出してくれ。俺は会長の貝照です。きみ名前は?」
貝照が女性を部屋へ迎え入れながら問うた。
「鳴尾鶴代です。一年です」
鳴尾は貝照とははっきり目を合わせなかった。
髪は背中を覆うほど長く、性格もあまり明るい方ではないようで、寺井とは対照的といえる。
既存会員の三人は口々に自己紹介と挨拶をした。
全員多少の戸惑いはあれど、会員が増えることに喜びと少しの興奮を覚えていた。
鳴尾が入会用紙を書き終えると、貝照がそれを受け取った。用紙を学校に提出するのも会長の役割だからだ。
「これで君も小説文芸研究会の会員だ。歓迎しよう」
貝照は芝居がかった様子でそう言った。鳴尾に多少慣れたようでいつもの態度を取り戻しつつあった。
「早速歓迎をしないとね。寿鳥ちゃんどこ行くかいい案ある?」
成増が聞く。
「うーん、鳴尾さんは未成年だよね。いつもの居酒屋はまずいか。この時間だとこの辺の料理屋は学生で混むし……」
寺井は学校の近くに一人暮らしをしているため学校近辺の店には詳しかった。
成増も貝照も一人暮らしだが、二人は大学の最寄り駅から一駅離れた所に居を構えていた。
そのため大学のそばで食事をする時には、二人は寺井の従者になっていた。
「鳴尾さんは帰るのに時間かかる?」
「いえ、数駅隣りです。そんなに時間はかかりませんよ」
「じゃあ夜まで待って鳥晩かフクフクかな、と私は思うけど」
鳥晩は串焼き屋で成増ひいきの店だ。成増は特に白レバーを好んで食すが、全体的に高い。裕福な学生と社会人が多い店だった。
フクフクは正式名称をフクフク食堂といい、この大学に通う学生をターゲットとした定食屋でとにかくものすごい量が出てくる。それでいて味もまあまあという、貧乏学生からすると食料庫とも形容すべき場所であった。こちらは貝照御用達である。
「あ、フクフクさん美味しいですよね。この前行きました」
「わかるか!フクフクは我ら貧者の味方なのだ!俺は毎食フクフクの定食で良いと思っているぞ」
「会長ってフクフクに通ってるのに全然太くなりませんね。ずっとガリガリだし、内臓が弱いんですよきっと」
成増が笑いながら貝照をからかった。
「じゃあフクフクにする?」
寺井が決を採ると満場一致で賛成だった。
夜まで待つのは面倒という流れになったので彼らはさっさとサークル棟を出た。
大学をあとにし、そばのアーケード街に入り、そのまま一本路地裏へ出るとそこに白い看板のある木造の家屋が見えた。ここがフクフク食堂である。しかし軒先にはその人気を証明するように学生たちによる長い列が生まれていた。
列はかなり長く四軒隣りの家前まで伸びている。
「まるで炊き出しだな」と貝照が毒づいた。
「仕方ないですよ。やっぱりこの時間は学生で混んじゃいますって。鳴尾さんごめんね、多分今日はフクフク無理だと思う」と成増が苦笑を混じえて言った。
「やっぱり夕方はすごい人気なんですね。私、そんな歓迎とかして貰わなくて全然いいですよ。気を使わせちゃうのも悪いし」
「否!同じ釜の飯を食った仲と言うじゃないか。新入生を歓迎するのは我々の伝統なのだ」
貝照は周囲の目線を気にせず声を張り上げる。
しかしアーケード街から流れてくる音楽や騒音に紛れたのか大した注目は浴びなかった。
「そう言ってこの人自分が飲みたいだけなんだ。会長は飲むとうるさいから飲ませちゃ駄目だよ」
成増は貝照を取り押さえつつ言ったが、内心で成増・寺井両名が「貝照は飲まなくてもうるさい」と思っているだろうことはっきりしていた。
目的を失い手持ち無沙汰になった四人はアーケード街で目についたファミレスに入った。
「ごめんね。今日はこんなんで勘弁して、明日ちゃんと歓迎会するから」寺井が気を利かせて鳴尾に謝罪した。
「いえ、全然気にしません」
「そうだ。我々の歓迎したさをこんなものだと思ってもらっては困る。楽しみにしていると良い」
「この人の言うことは気にしないでよ。でも新入生コンパみたいなのをやってみたいってのは本当だから」
席に案内され、各人が各々の注文を終えると、会話は今後のサークルの存続と小説についてになった。
「えっこのサークル消えちゃうんですか!」
鳴尾が驚く。入会初日にこんな話をされたら当然の反応である。
「まあ来年度まで何もしなかったらだけどね。とりあえず小説の賞を取りたいねって話が出てるとこ」
寺井が届いたばかりのアラビアータにフォークを刺しながら補足する。
「しかし我々は今まで小説を書いたことがない。そこで素人でも賞が取れるほど超面白いアイデアを募集したということだ。鳴尾さんは何のためにこのサークルに入ったのかね」
グラタンをさっさと食べ終えてコーヒーを飲んでいる貝照が会話を継いだ。
成増はかに雑炊と格闘していた。
「私は高校で文学部に所属してたんです。それで小説について何かできそうなサークルに入りたかったんですけど、全然見つからなくて」
貝照が鼻を鳴らした。
「うちの学生は文学に無理解だからな」
「それはわかりませんけど……このサークルのアカウントは知ってたので見てたんです。この学校で小説の話ができそうなところだったから。でも活動場所がわからなくて。今日ツイートに活動場所が書いてあったのでやっと入会できました」
「へえ、そうか場所を書いてなかったのは気づかなかった。失敗だよ」
と雑炊と戦い終えた成増が言った。
「高校の文学部ではどんなことしたの?」
「ええと、皆で月に一回作品を書いて評価し合ったり、できた小説を本にして文化祭で頒布したりしましたね」
「もしかして小説が書けるのか!?」
貝照は身を乗り出していた。