唇にコーヒー
「こっちへ行こう」
健次が私に手招きする。
「うん?」
私は下を向いていた。
乾いたアスファルトに降り積もった枯葉。一枚パキリと踏んで私は健次の方に行った。
イチョウの葉が積もった人気のない公園に入った。
そこは小さな公園で、ジャングルジムとか、ブランコも何もなくて、閑散とした中に、コンクリート作りのベンチがひとつ備えられてた。
「ここで食べよう」
健次は言って、ベンチに腰掛けた。左隣にケーキの箱を置く。
右隣に私が座ろうとしたら、彼はベンチにこぼれていた砂ぼこりを払ってくれた。
買ったケーキをどこで食べようか、悩んでいたのだ、私たちは。
こんな公園で食べることになるなんて。私は黙ってうなだれた。
神戸のケーキ屋へ行こうと誘ったのは私だった。
店内で食べられると思ったら、テイクアウト専門店だったのだ。
手際の悪い、女の子だって思われたかな……
私は少し泣きたくなった。
「ちょっと待ってて」
ふと、健次が立ち上がった。向こうの住宅街の一角に見えるコンビニに、走って行ってしまった。
「うん……?」
健次が遠くに行ってしまってから、ようやく私はあいまいに返事した。
そのまま、私はうつむいて、新調したてのウエスタンブーツの先をじっと見つめた。
そのままじっと、健次を待った。
今日が健次と付き合いだしてから、二回目のデートだった。
だから、私は勢いこんで、私の友達がケーキ屋さんに勤めているということで、京都からはるばる神戸のその店に、足を運んできたのだった。
ケーキ屋さんを見つけるまでに、二時間かかった。
行ってみたら、テイクアウト専門店。食べる場所が見つからず、さっきまで神戸の田舎をぐるぐるとさ迷い歩いていた。そしてこうして閑散とした公園でケーキを食べることに。
「呆れられちゃったかな……」
私は小さくつぶやいた。外はもう、冬に近い秋の午後で、私は少し肌寒さを覚えた。
ほほが少し熱くなった。
「寒い?」
いつの間にか、彼が私の前に来ていて、私はあわてて顔を上げた。
「ううん」
「そ。よかった」
健次は言って、缶コーヒーをひとつくれた。
ホットで、素手ではちょっと熱いくらいだった。
指先から缶の熱が伝わり、しびれるような温もりが足先まではしった。
「まだ開いてなかったの?」
健次がケーキ箱を指差した。
「うん」
二人一緒に箱を開いた。
健次はシュークリームで私はモンブランだった。
かさかさと落ち葉が舞う中、黄色のイチョウの葉を眺めながら、私たちはケーキを食べた。
「うまいね」
「うん」
健次はシュークリームをほおばった。
甘いものが好きだったんだ。
彼は私のモンブランも一口食べた。
私は、コーヒー缶を開いて口をつけた。上唇のあたりから、こおばしい香が広がった。
「こんなデートもいいよなぁ」
健次は言って、自分のコーヒー缶をベンチに置いた。
「一口ちょーだい」
健次が私の手に触れた。
コーヒー缶を持つ私の左手に、健次の右手が重なる。
「うん」
私と健次はコーヒーを味わった。
一缶のコーヒーを二人で飲んだ。
「うまいね」
「うん」
コーヒーの香が、お互いの口からもれる。
鼻先を健次の鼻先に近づけたまま、私はもう一口、コーヒーを味わう。