1.代理屋の二人
お前たちがあの…… この街……… 普通に暮らせれば… こんな幼い……… ただの道具… 戻れないぞ。
『……大丈夫』
そう呟いて小さな手を握りかえす。 それに応えるように小さな手が反応する。
『お前が俺を守ってくれ』
幼い瞳が俺を見つめる。 それが、俺たちの絆だ。
♦︎♦︎♦︎
ジリリリリリ、ジリリリリリ!
「……あ〜い。 こちら安心安全代理屋ぁ……」
「てめぇぇ! ハル坊、まーだ寝てやがるのか⁉︎」
……モーニングコールにしてはいささかアグレッシブだな。 耳、痛いんだけど。 えーっと? この声は……
そう思って、俺は勢い良くソファーから身体を起こした。
「あー、ごめんおっさん! ちょっと遅れる許してね♪」
「ハル坊! てめ、来たらただじゃーー」
カチン!
……お説教コースだな、こりゃあ。 いやぁ、完全に忘れてた。 そういや一昨日連絡もらってたんだっけ。 そんなこと考えて、あくびを一つ。 まだ重たい目をこすって、無造作にかけてあるパーカーを引っ張り羽織る。
「…ばっくれようかな」
いやいや、でもおっさんは大事なお得意様だ。 ….… でも一回くらいどうってことないよな? いやでもお金欲しいし。 睡眠欲と私欲が頭ん中で喧嘩する。 それでもなんとか私欲を勝利させ、窓を開けて下に向かって叫んだ。
「美雨!」
俺らの城、廃てた商店。 入り口に置いてあるこれまた廃てたベンチに座る少女。 セミロングの白い髪、150cmほどの身長に、少しブカブカな作業用の白いツナギ。 赤と青のオッドアイが、無垢な表情で俺を見上げる。
「わり! これから急いでおっさんところ行くぞ! 準備しろ!」
「わーかったー。 またー、いらいー?」
「おう、なんでも裏通りで変な奴らが調子に乗ってるらしい!」
俺がそう言うと、美雨は頭を二、三度縦に振った。 なんともまぁ、楽しそうに……
「……まぁ、あいつらにそういうのは分からんよな」
一人呟いて。 机に置かれた薬と拳銃を手に取り、俺は部屋を出た。
♦︎♦︎♦︎
「おっちゃ〜ん。 またせてごめん……」
ゴン!
「てめぇ… 春輝ぃ。 一時間も遅刻たぁどういうこった‼︎」
「……っ。 なんで俺だけなん! 美雨も遅れたじゃん! なぁ?」
「わたし、おくれた!おっちゃん、ごめん!」
「美雨はいいんだよ、美雨は」
「………ロリコン刑事」
ボソッと呟いて、原のおっちゃんから再びゲンコツを食らった。 絶対贔屓だ。 なーんで俺は駄目で美雨はオッケーなのさ。 …って、そりゃそうか。
「おっちゃん、最近娘さんに嫌われて……」
「ハル坊ぉ…… なんだそんなに手錠かけられてぇか?」
……地雷だったか。 やべぇな、目がマジだ。 てか嫌われてるって話本当なんだな。 いやぁ、子持ちは大変だなぁ…… 親の心子知らずってやつかね?
などと、呑気に考えてたらおっちゃんの殺気がどんどん大きくなってた。 …あー、やっべえなこれ。 どう機嫌取るか………
「ねぇねぇ、おっちゃん、いらいは?」
「あ? お、おうそうだな。 ちょっと待ってろ……」
そう言って、おっちゃんは自分の車の中を漁り始めた。
「美雨」
「なぁに?」
「今日の晩飯はお前の好きなポテトサラダを作ってやろう」
「ほんと? やったぁ!」
いやいや、本当によく出来たやつだ。 俺一人ならおっちゃんの機嫌取るだけで一苦労だってのに。
喜びはしゃぐ美雨を眺めていると、頭を軽く何かで叩かれた。
「それが今回の依頼だ」
「あいよ〜。 ……ふーん、ようはゴロツキね」
「ああ。 ただ人数が多くてな、こっちで確認してるだけで23。 チンピラばかりだが、何人か前科持ちもいる」
「殺し?」
「……はぁ。 物取りだったらこっちも楽なんだがな」
「期待するだけ無駄でしょお。 この街で、しかも裏で生きてるやつらに、さ」
俺はそう言って煙草に火をつけた。 つられるようにおっちゃんも煙草を咥えた。
チラッと、美雨の方を見た。 おっちゃんの車に寄りかかり、空を見上げてる。
「美雨」
「なぁに?」
「これ。 今回の依頼だ。 顔覚えとけ」
「はーい」
そう答え、しゃがみ込んで俺の渡した資料を眺め始めた。 それを確認して、俺は原のおっさんに向き直す。
「……全部処理で?」
「……フゥゥ。 いや、片付けはこっちでやる。 まぁそこら辺にまとめといてくれ」
「警察も形無しだねぇ」
「仕方ねぇさ。 法ってぇやつが俺らにとっちゃ後ろ盾だからな。 単純な腕っぷしならお前らの方が断然上なんだよ」
「……同類、いんの?」
「…いや。 恐らくは」
それを聞いて、少しだけ安心した。
「オッケ。 とりあえず掃除だけね。 おーい、美雨。 行くぞぉ」
「はーい。 おっちゃんこれ。 わたし、がんばるね!」
「……ああ、気ぃつけてな。代理屋」
心配性なんだから、頼んだ本人のくせに。 俺は左手の人差し指と親指でマルを作り、おっちゃんに笑いかけた。
「分かったよ」その返事を聞ければ上等だな。俺は美雨の手を引いて、その場から歩き出した。
原さん、俺…… あいつの……….…
「もう、十年か………」
♦︎♦︎♦︎
「ねぇねぇ」
「お? なんだ美雨」
「てきさん、いっぱい?」
「んー、だなぁ」
「ぜんぶ、ころす?」
「あー、まぁおっちゃんに死体の山処理させんのもあれだしな。 まぁ、行ってから考える」
「りょーかーい」
鼻唄まじりに美雨は歩く。 これからすることを、さぞ楽しみにしているんだろうな。 ……それがどんな異常なことなのか、理解させるのはもう不可能だけれど。
ひと気のない路地を抜けたら見えた。 なんかの倉庫だろう、その入り口に三人ほどのチンピラ。 あそこで間違いはない、みたいだね。
「美雨」
名前を呼び、一粒の薬を手渡す。
「仕事開始だ」
「うん!」
そう言って、俺の渡した薬を口に含む。 それを確認して、俺は美雨に言った。
「命令だ。 お前は真正面から中へ入れ。 向かってくるやつは撃っていい。 そんで、いつも言ってるが一番の優先事項だ」
俺が言う前に、美雨は笑って答えた。
「あるじよりさきにしぬな。 あるじのききには、そのみをぎせいにしてでもまもれ。だね!」
「……上出来だ。 俺は裏から回る。 お前は好きにやれ」
「うん!」
笑顔で答える美雨の頭を撫で、俺たちは別れた。
「だりぃなぁ、見張りなんて」
「バカ。 リーダーに聞かれたらぶっ飛ばされっぞ」
「しかしなぁ。こんなとこ誰も……」
「こんにちは!」
背、みんな高い。 私より、高いなぁ。 いいなぁ、私もあんな風におっきくなりたいなぁ。 あ、そういえば急いで来たから洗濯物干すの忘れたなぁ……
「なに、この子供?」
「さぁ? 嬢ちゃん、迷子かな?」
「うっわ、お前ロリコンかよ!」
汚い笑い方、だなぁ。 汚いなぁ、汚い。 お兄ちゃんも、よく言ってる。 汚いのは、洗っても落ちないこともあるって。 この人たちは、落ちるかな? 美雨が、綺麗にしないと!
「ねぇねぇ」
「ん? なんだい?」
「きれいにしてあげるね?」
♦︎♦︎♦︎♦︎
ダダダダダダダダダダダダダダダダ!
「な、なんの音だ!」
「わ、わっかんねぇ! そ、外からだ!」
(……おーおー、美雨のやつ。 相変わらず手抜き知らずだなぁ。 じゃ、俺も……)
割れたガラス窓、そこから中へと入り込んだ。
ダンッ!
「は……」
「はー、びびった。 入ってすぐにいるとは思わなかった」
「な、なんだてめぇはぁぁぁ!」
二の、四の、六の、八の….… んー、やっぱ20はいるかぁ。 ちょいと骨折れるな、こりゃ。
俺一人、なら……ね。
ギ、ギギギギギギギ。
重たそうな倉庫の扉がゆっくりと開いた。
「あ、おにいちゃん。 そとのひと、かたづけたよ」
「おー、了解。 でも中にまだこんだけいるんだよなぁ」
「まかせて! わたしがぜんぶやるから!」
「おー、そんじゃお願い」
そう答えて、俺はそこらへんの木箱に座り、煙草を咥えた。
「なんなんだよ、てめぇらぁぁぁぁ!」
そう言って、ゴロツキどもは美雨の方へと向かって行く。 ……一人、二人なら俺の方に来ても良かったんだけどな。 不人気だね、まぁ別にいいけど。 それに………
「たかがゴロツキ20人に負けねぇよ。 うちの美雨ちゃんは」
ダダダダダダダダダダダダダダダダ!!
銃声の音、ゴロツキどもの悲鳴。 飛び散る血。 ……慣れちまった自分が、ちょっと嫌になるねぇ。
♦︎♦︎♦︎
「おわったよ!」
「見ればわかるよ。 はぁ、ったく。 原型とどめてねぇのもあんじゃん。 おっちゃん、ご苦労様だわ」
「ころさないほうがよかった?」
「いんや? 殺さないせいでこっちが殺されたら困る。 美雨、よくやった」
「えへへ」
俺が頭を撫でると、嬉しそうに笑う。 ……綺麗な白髪が少し赤く染まってる。 白いツナギにも返り血を浴びてる。 周りから見りゃ、狂ってんだろうね。
「さ、おっちゃんとこ戻るぞ」
「うん! …… ねぇ、おにいちゃん」
「ん?」
「おともだち、いなかったね」
「……いなくていいさ」
……こんな、人を殺すだけの存在。 本当なら、必要ないんだ。 ………だけど。
「美雨」
「なーに?」
「…俺のこと、守り続けてくれよ?」
「うん、もちろんだよ!」
その笑顔を見て安心できて、悲しくなる。 それでも俺に、悲しむ資格はねぇんだろうな。 ……償うために死ぬことも出来ない。 俺はずっと………
この小さな兵器に、守られ続けなきゃいけないんだから。




