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生涯  作者: 優仁
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最近

共感とはなんだろうか。

孤独ではないとはどういう事だろうか。

私は、誰が知っているだろうか。


For I know the plans I have for you, “declares the Lord,  ”plans to prosper you and not to harm you, plans to give you hope and a future.


わたしはあなたがたのために立てている計画をよく知っているからだ。―主の御告げ―それはわざわいではなくて、平安を与える計画であり、あなたがたに将来と希望を与えるためのものだ。

(Jeremiah 29:11)



「敬礼、なおれ、お願いします。」

「お願いします!」

5階の教室からは、始業を合図する号令がかかる。

「何か聞きたい事ある?どんどん質問して。」

先生がいつも言うセリフである。

日比根(ひびね)先生はいつも授業をしに来るというより、こちらの質問に対して解答や解法を教えてくれるといった感じだ。

何をしに来ているのだ…と疑問に思う生徒は1人2人ではない。

それでもこのスタイルはずっと変わらない。

1年生の時からずっとこのままである。

「先生、これ分からん。裏ワザないのー?」

クラスで一番のチャラ男、谷中(やなか)(しん)()

しかし、就職試験が近いからか最近は彼が1番熱心に質問をし,勉強している。

こちらは焦るばかりである。

「何番?さー、みんなやるよー。ちょっと聞いてー。」

「…ページのー…」

真面目だ。

本当、不愉快なほど真面目である。

人がこれほどまでに変わるのかと不思議なほどだ。

不思議と言えば、最近、不思議な事がこれまで以上によく起こる。


始業5分前。

「来ない…まだ来ない…」

4階の実習室である女性を待っている女性が1人。

今、実習室で女性を待っているのがN短大臨床(りんしょう)学部(がくぶ)救急(きゅうきゅう)救命(きゅうめい)学科(がっか)3年の()()()()である。

羽音は今、同級生である小角(おすみ)八枝(やえ)を待っている。

いつも遅刻ギリギリ。しかし、今日は1限前に行っている就職対策講座に出ているので、学校にはもう来ているはずである。授業を行う教室の連絡もしてあるし、もう来てもよい頃なのだが、なかなか来ない…準備も1人でやるのは大変なため来て一緒に手伝ってほしいと羽音は心の内で思いながら、黙々と作業を続けていた。

始業2分前。足音がする。予想通り、小角だった。走ってきていた。当然だろう、もうすぐ授業が始まろうとしているのだから。羽音の顔色が悪い。本当に冷や冷やしていたようだ。それはそうだろう。準備も1人で行い、クラスメイトが遅刻をすれば大変な事になるからだ。それを彼女は分かっているのだろうか。と不思議でしかたなかった。理由は言うまでもなく、就職対策講座で使った教室の掃除である。谷中たちだけに任せるのが忍びなくて、手伝っているのだ。しかし、それでは羽音ばかりが大変である。教室は人数の多い彼らに任せて、1人で忙しく準備をしている羽音を手伝った方が配慮があると思うのだが、不思議な事に小角にはそういった配慮が欠けているらしい。確かに、以前から小角にはそういう配慮が欠けている所があった。

そういう日々が何日も続き、羽音がついに心身ともに参ったのか、見るからにして疲れて見える。それもそのはず。いつも朝早くから働き、学校に来ているのだ。小角も同じ夜学に通うので、条件は同じはずだから羽音の気持ちも分かるはずだと思うのだが、なぜだか噛み合わない。羽音が心底可哀そうに思える。1年生からずっと羽音が1人で走り回る事が多く、今もそれは変わらないからだ。最近の子に多い傾向である。何も考えずに、ただ人に良く見られたい、受け入れられたいという一心で、他のものが見えなくなる。1番に気に掛けるべき相手であるクラスメイトの事が完全にないがしろになっている。それが不思議で仕方がない。考えがないのか、小角が羽音を甘く見て、ないがしろにしているのか、あるいは谷中たちに悪く見られたくないだけなのか…。2人しかいないというのも考えものである。



 それからして、羽音は体調をくずしてしまった。それでも無理して学校に出てくる姿は、本当に無謀というものだ。熱心なのは構わないがあまりにも、無理しすぎである。しかし、彼女はいつもそうだった。どれだけ体調が悪く、熱があったとしても学校を休む事はなかった。おかげで2年間皆勤である。3年も皆勤を狙っているのだろうが、もつかどうか心配である。彼女の家族もそれをとても心配していた。

羽音伊央の家族はどこにでもいるような平凡な家族である。両親と、姉が一人、弟が一人である。1つだけ違うのは、彼女は誰よりも才能がなかったことである。姉はなんでも器用にこなし、勉強もそれなりにでき、仕事もできる人間で、若くして役職に就いている。

また、弟はそれこそ勉強はできないが、人当りがとてもよく会社でも上司に気に入られ、顧客にも気に入られているので業績が優秀ということもあって、今度は店長補佐に就任するといった具合である。それに比べ、次女である羽音伊央は、勉強は人並で性格もそれほど良いという訳でもなく、これといった特徴がない。若干短気ではあるが、物事はとてもクールに考える主義なのだ。それがいいのか、悪いのかは分からないが、彼女をよく見てくれる人と、疎ましく思う人とがはっきりと分かれる。本人はそれを最近自覚し始めているらしく、悩みの1つみたいだ。



N短大の春、担任が発表されるオリエンテーションでは、クラスのみんなが落ち着かずにそわそわしていた。

その中で羽音と小角は変に落ち着いていた。落ち着いていたというより、失意に満ちていた。それもそのはず。彼女たちはすでに自分たちの担任が誰か分かっていた。

今、誰よりも関わりを絶ちたいと願っていた学科主任の鞍井(くらい)(さかえ)である。

彼のミスにより、彼女たちの単位が事実上不認定になってしまったからである。

書類上は認定されており、進級できているし卒業もできるのだが、そういう問題ではない。これは、立派な隠蔽(いんぺい)であり、彼女たちとしては受け入れがたい事実である。

特に、羽音はこの事実を受け入れられずにずっと悩んでいた。

誰にも相談できず、ずっと一人で抱え、小角に話しても小角は何も考えておらず、全くどうしようもなかったのだ。


どうして。

なんで。

私が何をしたっていうの?

毎日休まず学校に行って、テストだって一度も不認定の点数なんて取ったことない。

さぼった事だってない。

先生のわがままにだって、だまって従った。

それなのに、どうして。

どうしてこんなことになるの。

なんで…


この行き場のない思いの処理の仕方が分からず途方にくれていた羽音。

気づいたら彼女は新舞子に来ていた。


新舞子は愛知県の南の方にある海で、昔はとても汚れていて臭いもひどく観光できたものではなかった。しかし、今は結婚式場もあり新舞子マリンパークという公園もできて、デートスポットやファミリーのレジャー施設としてよく利用されている。


「来ちゃった…。」

「しかも一人で…。」

一人で新舞子に来た伊央は何をするわけでもなく、ただぼうーっと海を見つめ、海岸をただ歩いていた。

過ぎ行く人はカップルや家族が多く、子連れもいるというのに伊央は一人だった。たった一人だった。

デートスポットとしても有名な場所のせいか、伊央を見る人たちの視線が少し痛かった。

年頃の女の子が一人でいるのが不思議だったのだろう。

伊央自身、なぜここに来たのか不思議なのだから周りが不思議に思うのも無理はない。

伊央は時々海に来る。本人も理由なく海を訪れる。そのため、海に来るタイミングとか意味というものが不明である。

しかし、今まで海に来るといったら、彼女にとって悪いことが続いた時や、悲しいことや辛いことが続いて、苦しい時、疲れた時に来ているので、たぶん気晴らしやストレス発散のようなものなのだろう。


電話も鳴らない。誰からも連絡が来ない。誰からも声をかけられない。誰にも邪魔されない。

伊央にとって、必要な時間である反面、彼女をより孤独にさせる時間でもあった。

この世の誰も彼女の居場所を知らない。

羽音伊央がどこにいるのか、誰にも分からない。



()(もり)―、無線機の確認しろー!」

「はい!」

岐阜県にある瑞浪消防署では、朝の勤務交代で引き継ぎを行っている。

()(もり)(たき)()は昨年度から消防官として瑞浪消防署で働いている。伊央と同じN短大の卒業生で、伊央の尊敬する先輩である。

今年結婚を決めた伊森は伊央の片思いの相手であり、よき理解者でもある。

しかし、伊央が伊森に片思いをしていると気づいたのも本当に不思議な出来事で、本当に彼女は損をしているなと同情するほどである。

伊森から結婚を決めたと連絡があった日、嬉しくて喜びにあふれた伊央だった。

誰かの結婚をこれほど喜び、心から祝福できることに伊央自身とても満足していた。


メールのやり取りでも

「to 伊央

 11月くらいに結婚式する予定。伊央も来るか?」


「to 伊森先輩

 本当ですか?!行きます!!行きたいです!

 プロポーズされたんですね。嬉しいです。

 結婚式、楽しみにしています。」

「to 伊央

 じゃあ、招待状送るから式の2、3ヵ月前に住所送っといて。」

「to 伊森先輩

 はい。

 本当、おめでとうございます。

 結婚式、楽しみにしています。」


この時までは、伊央も伊森の結婚を素直に喜んでいた。

しかし、彼女の感情を動かした不思議なできごとがこの年の3月に起こった。


 伊森は国家試験の模試を受けに学校へ来ていた。

翌々日が国試だからである。

伊央と小角は、先輩方へ戦利品を渡しに模試をやっている教室の前で待っていた。

伊森がいるとは、知らずに…。

模試が終わり、教室に入ろうとした時、伊森が教室から出てきたのだ。

あまりの驚きと嬉しさで、伊央は思わず喜びの声をあげていた。

そして、この時伊央が感動のあまり泣きそうになっていた事は誰も知らない。


「伊森先輩!!」

「おー、おっつー。」

「先輩お見えになってたんですね。」

「伊央ちゃんと一緒に準備したんです!先輩もおひとつどうぞ。」

「おー。ありがと。」

「もう帰られるんですか…?」

「伊央ちゃん、伊森先輩にものすごく会いたがってたんですよ!」

小角の言葉に伊央は強くうなずいていた。

「たぶん、違う教室で勉強しとると思う。」

「じゃあ、帰りに寄りますね!絶対、絶対、帰っちゃだめですからね!!」

伊央の気迫に押されたのか、疲れていたのか、あるいはその両方なのか伊森は薄ら笑いで一言「できたらね。」とだけ言った。

きっとこの時だろう。

伊央が伊森に対する気持ちを自覚したのが。

今まで自分が伊森に対して抱いていたのは、尊敬や敬愛だけではなく、愛情である事を。

その日、伊央は大好きな斉藤先生の授業なのにも関わらず、全く集中できていなかった。その原因は、伊森先輩が帰ってしまうのではないかという心配と、早く終わってて伊森に会って話したいという思いでいっぱいだったからである。


「お願い。帰らないでー。」

伊央の切実な願いのこもった声に斉藤先生も気を取られたのだろう。

「何かあるんですか?」

「伊森先輩が来てるんです! 私、どうしても伊森先輩と会って話したいんです。」

「そうですか。伊森くん、懐かしいですね。去年の卒業式以来でしょうか。」

先生の言葉も、授業も全然頭にはいってこなかった。

伊森の事で頭がいっぱいだったのである。

ただでさえ、就職試験の勉強を頑張らねばならないのに、今日はそうもいかないようだ。



事実をもとに描いた小説です。

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